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巻き戻った悪役令息の被ってた猫  作者: いいはな


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 「おはよう!」

 友好の第一歩は挨拶であるとルイは信じている。だって昔読んだ本にそう書いてあったから。だからルイはまず隣に座っている男子生徒へと挨拶をしたのだ。

「……え?」

 案の定声をかけられた男子生徒はポカーンとしている。口はぱかりと開けられ、目なんか落ちてしまうのではないかと思うほど見開かれており、10人に聞いたら10人が驚いた顔だと答えるほど驚いた顔をしている。

 それはそうだろう。あの悪い意味で話題に上がることの多いコレット公爵家のルイが挨拶をしてきたのだ。それも普段のようにまるで誰にも興味がありませんとばかりに澄ました氷のような雰囲気を纏った彼ではなく、にこー!と効果音がつきそうなほど朗らかな笑みを浮かべ、好奇心を浮かべた人懐っこそうな青い瞳を柔らかく細めて。

 ガチ、と音がしたような錯覚に陥るほど綺麗に男子生徒は固まった。ついでにヒュッと音もしたのでおそらく呼吸まで止まっている。そんな彼の様子にルイはわたわたと慌て始める。

「あれ!?大丈夫?あっ、もしかしてごきげんようの方が良かった!?」

 見当違いなことを話すルイに男子生徒だけでなく、ルイのいるクラスもざわざわと騒ぎ始める。

 あの……あの鋼の貴公子が見たことない顔で笑ってる!?

 クライスメイトの気持ちが完全に一致した瞬間であった。

 公爵令息にしてはいささか厳つい呼び名は、実は学園内で密やかに広まっている。

 見たものの体感温度を2℃は下げるような鋼のように動かぬ冷たい美貌から誰かが勝手に名付けたのである。それに加えてここ一年程見たことないほど怖い顔をしているアーノルドのことなどお構いなしに付きまとうルイの姿に鋼メンタル……と呟いた生徒の発言が重なり、なんとも言い難いダブルミーニングを持っている呼び名にもなっている。因みにルイはこの呼び名のことを少しも知らない。知らぬは本人ばかりである。

 さて、そんな呼び名がつくほど自分が学園で有名なことなど露ほども知らないルイは、挨拶をしただけで呼吸さえ止めてしまったことに動揺する。何せ声をかけただけで相手を殺しかけている。かつて殺人未遂で処刑された身としては動揺しないわけにはいかない。どうしようどうしようと1人で静かにパニックに陥りかけたが、教室に教師が入ってきて授業が始まったことで、一旦の騒動が終わった。

 隣の席の生徒が無事に呼吸を始めたことで一安心したルイはようやく前へと向き直り、聞き覚えのある授業をぼうっと聞き始める。

 おかしい……。昔読んだ本ではこうやって挨拶すると主人公はすぐにみんなと仲良くなっていたんだけどな……?

 軽く首を傾げ悶々と考えるルイは一度放っておいて、そもそも何故ルイが今まで被っていたコレット公爵家のルイ・コレットの仮面を脱ぎ捨てたかを説明すると時は少し前に遡る。

 


 アーノルドに絶対零度の態度で対応され、ミカエルとも和解の可能性が望み薄になってしまったルイはもう処刑が目の前に来ていることを理解した。

 そして同時にある一つのことを決めた。

 ――――そうだ、猫、被るのやめよう。

 どうせ一年後には死ぬのだ。これまで10年以上誇りある公爵家の息子として、いついかなる場面でも感情を見せず常に腹に一物抱えているような薄笑いで生きてきたが、それも無意味になる。だってあと一年後にはルイは公爵令息どころか頭を切り飛ばされてただの物言わぬ肉の塊になる。ルイは知ってしまった。人間は死んだら権力も名誉も何もかもが無くなることを。

 だったら、もういいかなと思った。コレット公爵家のルイ・コレットとしてではなく、ただのルイとして生きても良いかなと思ってしまった。

 そうして猫を脱ぎ捨てることにしたルイにはたくさんのやりたいことがあった。

「何からしようかなあ。……あ、そうだ!友達をつくってみたいな。それで、友達と町に行って食べ歩きってやつをしてみたい!それから……」

 それから、僕が死んだ時に(ルイ)のことを覚えていてほしい!

 やりたいことがとめどなく溢れてくるルイの気持ちはどんどんと前向きに明るくなっていく。暗闇の中に一筋の光を見たように希望が湧いてくる。たとえ、一筋の光程度では暗闇に打ち勝つことなどできないことを知っていても。

 そうだ、どうせ死んでしまうんだ。だったら、最後くらいありのままの自分ってやつで生きてみたい。ただのルイとして友達を1人や2人、作ってみたい!

 今までルイには友達と呼べるような親しい人間はいなかった。素を見せられる唯一の人間であるベスはルイの味方だけど、あくまで彼は使用人である。ルイにとってベスは使用人以上にはなれないし、ベスにとってもルイは使える主人以上にはなれない。

 アーノルドも素は見せられなかったがルイと親しくはあった。だが、それも婚約者という打算や攻略によるものであったし、何より今は親しいとは対極の存在である。

 そんなこんなでルイは打算なしで付き合える気軽な友人という存在に憧れを持っていた。

「よし!そうと決まれば早速だれかに声をかけて……。確か、挨拶はコミュニケーションの始まりだったっけ?」

 そうと決まればいつも僕の隣に座っている男子生徒へと挨拶をしよう!

 以上のような経緯がルイのクラスメイトを呼吸困難に陥らせた出来事の発端である。

 ルイの敗因としては2点。

 ルイが思う以上にコレット公爵家の権力が絶大であったことと、ルイが自覚している以上にルイの悪名が学園内で広がっていたことである。




 渾身の挨拶が空振りに終わり少し落ち込んでいたルイだが、授業が終わればもう一度声をかけるチャンスがあるはずだと自分を励ます。

 やっぱり貴族の令息令嬢が通うんだから挨拶はごきげんよう、だよね。よし!気を取り直して次はお昼ご飯にでも誘ってみようかな!フレンドリーな感じで、無害そうな感じで……!

 そして授業の終了を告げるチャイムが鳴り、いざ再挑戦……!と意気込むのと同時にガタンっ!とけたたましい音を立てて隣の席の椅子が引かれ、瞬きの間に先ほど挨拶をした男子生徒が教室から出ていった。

 あまりの早技にポカンと口を開けるしかできないルイ。

 ……お、お腹が、痛かった……のかな?……いや、まさかとは思うけど……。

 無理やり理由を探そうとするが、それにしては切羽詰まっていた様子の生徒の姿に嫌な予感が止まらない。しばらく隣の席を凝視していたが、覚悟を決めて恐る恐る周りへと視線を巡らせる。

 ルイと視線が合いそうになった生徒はさっと顔を背ける。

「あ、あの……」

「…………」

 耳が痛いほどの沈黙。静かすぎてルイが思わず飲み込んだ唾液の音すら響いているような、緊張して張り詰めた空気。誰も彼もがルイとは視線を合わせず、しかし公爵家のルイを無視するという選択をしてしまったことに顔を青ざめさせて震えている。

 あまりの地獄の空気に耐えられずルイは校舎裏へと舞い戻った。戦略的撤退である。無念の敗走ともいうが。



「うっ、ううっ、まさかこんなに嫌われてたなんて……」

 そしてまたウジウジとのの字を書くだけになったルイはめそめそとしながら、先ほどのクラスでの出来事を思い出す。

 避けられている。あまりにも明確に。

 しかし考えてみれば当然である。カルタナ王国の王家と婚約をしていたのに、突然の婚約破棄、そしてストーカーへと昇格したルイが好意的に受け止められるわけがない。十中八九、婚約破棄の原因はルイにあると考える方が正当だろう。

 まさか友達も作れないなんて……。

 その後、結局ルイは次の授業をサボってしまい、誰かを誘ってみようとしていたランチも1人でもそもそと食べ終えた。

 その後もなけなしの勇気を振り絞って教室に戻り、その日はなんとか授業を受けたが、ふとした瞬間に疑うような警戒するような視線を向けられていることに気づいてからはろくに勉学に集中できるはずもなく。

 そうして散々な1日を終えたルイはめそめそと半べそをかきながら公爵家の馬車へと乗り込んで家へと帰った。

 今まで生きてきた年数より今日1日で泣いた回数の方が多いと思えるほどに泣き疲れ、落ち込んでしまっていたルイは気づけなかった。

 そんなルイの背中を物陰からじっと見つめる人間が1人いたことに。

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