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巻き戻った悪役令息の被ってた猫  作者: いいはな


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「ルイ、次はどっちだ!?」

「そこを右に曲がって!」

「分かった、右だな!」

 カミルの腕に抱えられたルイは、舌を噛まないように必死にカミルの首に縋り付きながら声を張り上げる。ルイの声に自信満々に返事をしたカミルは、そのまま曲がり角を勢いよく左に曲がっていった。

「逆!カミル、逆だよ!!そっちは左!!」

 慌てて軌道修正させようとしたルイだったが、後ろからの追手が迫っていることに気づいて、再び王城の地図を頭の中に広げて逃走ルートを考え始める。

 あれから、暫し再会に浸っていたルイとカミルだったが後ろから複数人の衛兵がドタバタとルイたちを追いかけていることに気づいてからは、王城を舞台にした壮大な鬼ごっこを繰り広げていた。

 カミルは早かった。

 軽いとはいえ、人一人を持ち上げて日頃から鍛えているであろう城の警備を担う衛兵から、一定の距離を空けて逃げ回れるくらいには。ルイも初めはそんなカミルの速さにこれならば楽に城から逃げ出せると考えてさえいた。

 だがしかし、ルイは完全に忘れていた。

 カミルは超がつく方向音痴であったことに。

 右と言えば左に行き、左と言えば右に行く。かと言ってわざと逆の方を指示すれば、不思議なことに指示通りに進む。全くもって意味がわからなかった。

 そもそも、なぜかミルが二階にいたのかと言うのも、窓が割れる音がしてすぐに上へと登ろうとしたが階段が見つからず、仕方なく二階をうろうろしていたところ、シーツを危なっかしく降りてくるルイをたまたま見つけたのだと言う。カミルがいたと聞いた部屋から階段までは、部屋を出て廊下を一直線に進めばたどり着くはずなのだが。

 そんな方向音痴のカミルにかかれば、そこまで複雑なつくりでもないこの城は、たちまち複雑難解な魔宮となるらしい。さっきから同じ場所をぐるぐると回りながら、追手を引き連れて走り回ること数十分。

 ようやく一階に繋がる階段へとカミルを誘導することができたルイは、抱えられているだけであったにも関わらず、げっそりと疲れていた。これだけ走り回ってもあまり息を切らしていないカミルとは対照的に、叫びすぎて肩で息をしているルイは息も絶え絶えといった様子で、そんなルイを不思議そうにカミルは眺めていた。

「おい、大丈夫か、ルイ?」

「……だ、だいじょうぶ……。」

 ルイは無事にここから逃げ出すことができたらカミルに徹底的に地図の読み方を教えようと固く心に誓い、カミルに階段を降りるように促した。

 なおもルイを心配そうに見つめながら階段を降り始めたカミルであったが、もう少しで一階へとたどり着く階段の踊り場のところでぴたりと足を止めた。

 警戒するようにじっと前方を見つめる肉食獣のような瞳を間近で見たルイは不安げにカミルへともたれかかりながら恐る恐る尋ねる。

「……カミル?どうしたの?」

「前から、来てる。」

 カミルがそう言ったのとほぼ同時に、ルイの耳にも聞こえるくらいの鎧の擦れる音がした。その音に、慌てて二階へとカミルに引き返すように伝えようとしたルイであったが、二階からも同様にこちらに向けて駆け降りてくる複数の足音が聞こえてきた。

 どうやら一階と二階から挟み撃ちにするつもりらしい。

 咄嗟に辺りを見回すが、この踊り場には窓が一つあるだけで、武器になるようなものはないし、抜け道があるわけでもない。

 まさに八方塞がり。

「ルイ。」

 どうしようとこの状況から抜け出すために再び頭を回そうとしていたルイの耳に静かに名前を呼ぶカミルの声が聞こえてきた。反射的に俯き気味であった顔を上げたルイはぱっちりと合ったその瞳が真っ直ぐ窓を見ていることに気づいて、なぜか少しだけ嫌な予感がした。

「……カミル?」

 嫌な予感をひしひしと感じながら恐る恐るカミルの名前を呼んだルイに少しだけ口角を上げて微笑んでみせたカミルにルイは自分の予感が当たっていたことを悟った。

「舌、噛むなよ。」

 ふわり。

 そんな音が聞こえてきそうなほど軽やかに、しかし確かにルイの体は空を舞っていた。

「う、わあああああ!?」

 一切の躊躇いなく踊り場にあった唯一の窓からその身を投げ出したカミルは重力に従ってどんどんと地面へと近づく。

 窓から複数人の衛兵たちが驚いたようにこちらを見ているのを視界の端に捉えながら、近づいてくる地面にパニックになっていたルイは、必死にカミルに抱きついてぎゅっと目を瞑ることしかできなかった。

「ルイ、ルイ、もう大丈夫だ。ちょっと苦しい。」

「え、あ、い、いつの間に……。あ、ごめん!カミル、つい……。」

 わずかに体が沈み込むような感覚がしたが、そんなことに気づく余裕など無かったルイは、カミルから困ったように声をかけられてようやく地面に着地していることに気づく。慌てたようにカミルからできる限り体を離したルイは申し訳なさそうにカミルを見る。

「いや、オレこそ急に飛び降りて悪かった。時間がなかったからな。」

「……うん、今度は前もって言ってから飛び降りてくれるとありがたいかな……。あ、それはそうと、カミルは大丈夫?今ので怪我してない?」

「ん?ああ、これくらいで怪我をするほど柔じゃない。ルイも怪我はないか?」

「うん!大丈夫!」

 状況も忘れてホワホワと二人で会話を交わしていると俄かに頭上の方で騒がしい声が聞こえて、二人揃って上を見上げる。

 どうやら追手はまだ諦めていないらしい。矢継ぎ早に指示を出しているのを見てルイは表情を曇らせる。

「カミル、降ろしてもらってもいい?」

「……何するつもりだ?」

 突然のルイの提案に訝しげな表情をしたカミルは手を離すもんかとばかりにルイを抱き寄せる。むぎゅとカミルの鍛え上げられた胸筋に頬を押し潰されながら、何とかカミルの方へと顔を向けたルイは押し付けられたせいで喋りにくい口を必死に動かす。

「ここからは僕がカミルを案内するよ。」

「それならさっきみたいにオレに指示してくれればいいだろ。」

「そんなことしてたら日が暮れちゃう。ここなら追手がくるまで少し時間があるし、出口までなら僕でも走っていけるはず。」

 ルイの話に不満げな表情はしていたものの、先ほどの方向音痴ぶりに心当たりがないこともないのか、しぶしぶ……本当にしぶしぶと言ったら表情でルイを腕から降ろしてくれた。

 久しぶりに踏みしめた地面の感覚に少しばかり感動しながらもカミルの腕を引いて走り始めた。

 追手が追いついてきたらまたカミルに抱えてもらうおうと思っていたルイであったが、その後不思議なほどにルイたちを追いかけてくる衛兵たちは現れず、拍子抜けしてしまうほどあっさりと城から逃げ出すことができた。




 そうして城を抜け出したルイはカミルの腕を引いたまま、公爵邸へと向かって走っていた。

 どこまで話が回っているのかは分からないが、最悪ベスに助けてもらってでも無理矢理に公爵邸へと入る気満々だったルイだが、そのことをカミルへと話していると突然ぐっと腕を引かれる。思わずたたらを踏んで立ち止まったルイは、急に立ち止まったカミルを不思議そうに見る。

「カミル?どうしたの?」

「……公爵邸には行かない方がいい。」

「え、でも、それじゃあ他にどこに……。」

 険しい顔をして話すカミルにルイは戸惑う。こんな状況でなければカミルの話をじっくり聞くのだが、いかんせん今は時間がないし、今のところ公爵邸以外にルイに当てはない。

 戸惑うルイを落ち着かせるように繋がれた手のひらに、状況も戸惑いも吹き飛んだルイはどぎまぎと心臓の鼓動を早くする。そして、次にカミルに言われた言葉に、恥じらいも吹き飛んであんぐりと間抜けな顔をしてしまった。

「エミリーのところに行くぞ。」

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