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巻き戻った悪役令息の被ってた猫  作者: いいはな


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「カミル様!」

「……ああ、エミリーか。おはよう。」

「はい、おはようございます。それで……今日はルイは?」

 パタパタと淑女らしさをかなぐり捨てて隣のクラスからルイのクラスへと朝一に駆け込んできたエミリーは、カミルの元へと一直線に駆け寄るや否や朝の挨拶もそこそこにルイのことについて聞いた。

「いや、今日も来ていない。連絡も特に無かったな。」

「そう、ですか……。もう、2日ですわ。わたくしたちに連絡もなしにルイがこんなに休むなんて……。」

 カミルの返事に眉を下げて肩を落としたエミリーは心配そうにそう呟いた。

 2日前、校舎裏で2人の預かり知らぬところで何やらルイとミカエルが揉めたらしい日の翌日からルイが学園へと来なくなった。

 騒動があった翌日にその話を聞いたカミルとエミリーは、ルイにことの次第を問いただすつもりであったが、当の本人の音沙汰がなくなってしまった。

 何やらその場にはアーノルドも立ち会っていたとの話もあり、ルイが学園へと来ていないことからすっかり生徒たちの噂は尾鰭や背鰭をつけ、そのうち泳ぎ出してしまいそうであった。

 一刻も早く状況を把握したい2人であったが、そもそもその場面を目撃していた生徒がよく分からず、当事者であるミカエルも学園を休んでいる。その場にいたというアーノルドは唯一いつも通りに学園に来ているが、いち男爵令嬢では話しかけることもできず、隣国からの留学生であるカミルもかなり煩雑な手続きを踏めば会えないこともないが、そう気安く話しかけることができるような人物では無かった。

 どうにも手詰まり感を感じていたカミルとエミリーは、2人揃って暗い顔をする。

「やはり、直接公爵家に行ってみるか?」

「……わたくし達が行って、素直にルイのことを話してくださるとは思えませんが……。しかし、現状それしか方法がないことも事実ですわね……。」

 カミルから言われた方法をエミリーも考え付かなかったわけではない。だが、カミルが思っている以上にコレット公爵家というのはこの国で力を持っている。門前払いが関の山ではあるだろうが、最終手段として手掛かりが一切つかめなかった時のためのものだと考えていた。

 しばらく渋い顔で考え込んでいたエミリーだったが、すっとそのカーネリアンの瞳に決意を乗せ、カミルの提案に頷く。

「行ってみましょう、カミル様。年甲斐もなく地団駄を踏んででも、ルイのことをお話ししてもらいましょう!」

 そう言ってぐっと力強く拳を握りしめた彼女をカミルは心強い友人を持ったと頼もしく見ていた。


 そうして迎えた放課後。

 1日の授業の終わりを告げる鐘が鳴ると同時と言っても過言ではないほど素早く学園を離れた2人は、コレット公爵邸の前に立っていた。

 人と比べるとかなり背の高い方であるカミルの身長と比べても2倍はあるであろう高さの門に、王都の中でも王城の次に大きいのではないかと思うほどの荘厳な造りの屋敷が聳え立っている。

 並の人間ならその威圧感さえ感じさせる佇まいに怖気付いてしまいそうなほどであったが、カミルとエミリーは一切怯むことなく、門番の元へと颯爽と歩いていった。

「コレット公爵邸は初めて見ましたが、これがルイの家なのですね。わたくしの家がまるまる3つは入りそうですわねえ。」

「へえ、これがルイの家か。随分と大きいんだな。」

 友人のためであれば無敵になれる二人は、ルイの実家がちょっと豪華なだけでは今更動じなかった。二人の手にかかれば、城の次に贅を凝らした荘厳な屋敷もちょっと大きいだけのものになる。

 二人にとっては、どんなに豪華な家よりもルイのことの方が気になっている。スタスタと近づいてくる年若い二人の男女に警戒したような門番に、なるべく堂々と見えるようにふんぞり返ったエミリーが話しかける。

「ごきげんよう!わたくしエミリー・ハートベルと申しますわ。今日はコレット公爵家のご子息である、ルイ・コレット様にご用事があって伺いましたの。入れてくださる?」

 あくまでこの家に入ることは決まっていたことのように話しているが、エミリー達はルイとそんな約束一切していない。内心、心臓の鼓動を速めながらも一切顔には出さず、堂々としているエミリーに一瞬門番も流されそうになったものの、すぐに眉を寄せる。

「今日は来客があるなど聞いていない。お前達は何者だ。返答次第によっては憲兵に突き出すぞ。」

「オレ達はルイ……コレット様の友人だ。友人の家を訪ねるのにいちいち伺いを立てる必要があるのか?」

 正直にいえば、貴族社会ではどんなに親しい間柄であっても、プライベートな空間である家へとお邪魔するときは前々から予定を決めて、それはそれは丁寧にお伺いを立てる必要があるのだが、まるで伺いを立てないことなど常識だとばかりにカミルが尋ねる。

 その堂々たるまるで王のような振る舞いにこれまた一瞬納得しかけてしまう門番であったが、すぐにハッとしたように頭を振ると、今度こそその腰に下げていた剣を抜いて二人へと向けた。

「先ほどからこちらを馬鹿にして何のつもりだ!とっととあっちに行け!これ以上変なことを言うようなら、ここで切り捨ててもいいんだぞ!!」

 流石に剣を抜かれてしまうと、二人にはどうしようもない。

 それでも、地団駄を踏んでルイの話を聞き出そうと企んでいたエミリーをカミルが引っ張って、二人は公爵邸から離れた。その可憐な見た目に反して、カミルが苦労するほどに地面に踏ん張っていたエミリーであったが、流石に鍛え上げられた筋肉の前では引きずられることしかできなかった。

「意外と、足腰が強いんだな。」

「元庶民を舐めないでくださいまし。女であろうと力仕事など当たり前の世界でしたから、否が応でも強くなりますわ。あと、淑女に対して足腰が強いなどと軽率に言うのはお控えになった方がよろしいかと。」

「……すまない……。」

 公爵邸で文字通り門前払いされてしまって、不服そうなエミリーはカミルの些細な疑問を100倍にして打ち返す。

 しゅんと体を小さくして、謝ることしかできなかったカミルに少しだけバツが悪そうな顔をしたあと、ピンと伸ばしていた背筋を少しだけ丸めて小さくため息をついた。

「わたくしもついムキになってしまいましたわ……。まさか、屋敷に入ることもできないなんて。」

 最終手段もうまくいかなかったことに、二人は揃って肩を落とす。

 またしても振り出しに戻ってしまったことで、どうしようかと次の策を考えていると、誰かが小走りでこちらへと向かってきているのが見えた。

「あの!」

「……はい?どちら様かしら?」

 高くもなく低くもない身長に、この国ではよく見かける焦げ茶色の髪に同じ色の瞳。大きく崩れてはいないが、整っているわけでもない、大衆に埋もれて次の日には忘れてしまうような何とも印象が薄い顔をしたその平凡な青年は、二人の元へと駆け寄ると息を整えるように数回深呼吸をしたあと、深く二人に向かって頭を下げた。突然頭を下げられて驚く二人に構わず、その青年は必死な声で話し始めた。

「ルイ様に使えている、使用人のベスと申します!お二人が門番と揉めているのをたまたま屋敷から見てしまい、後を追わせてもらいました。無礼を承知の上ではありますが、お二人はカミル様とエミリー様とお見受けして、お話があります。これから少し、お時間をいただくことはできますか?」

「ルイに?……分かった。要件は?」

 ベスが言った言葉にすぐさま反応したカミルは少し考えるそぶりを見せたあと、彼の話の続きを促した。

「はい、手短にお伝えさせていただきますが、ルイ様は今、王城に捕らわれております。」

「王城!?」

 ルイの使用人だと名乗るベスから王城という名前が出てきたことに流石の二人も驚く。しかも、捕らわれていると言った。彼の言っていることが本当なら、相当複雑な状況にルイは置かれているらしい。

「騒動があったその日に、アーノルド殿下のお名前で公爵邸にルイ様の身柄を預かったと通達が来ました。間の悪いことに公爵邸はご当主のリューク様と長男のユリウス様が領地の視察に出ておりまして……こちらもまだ混乱している状態であります。」

 そう言って、悔しそうに視線を伏せるベスの瞳には現状に対する苛立ちと歯痒さが燻っていた。

 その瞳を見たカミルとエミリーは、そっと目を合わせて頷く。おそらくベスは嘘をついていない。ルイは本当に王城に捕らわれて、コレット公爵家であってもいまだに正確な情報を掴むことができていない。

 そう結論づけた二人であったが、カミルはあることが気になっていた。

「なぜ、それをオレたちに教えてくれたんだ?」

「ルイ様は……ルイは、俺の乳兄弟です。幼い頃からずっと彼のことをそばで見ていましたが、最近、ルイはよく昔のように笑うようになりました。カミル様とエミリー様の名前をよく聞くようになってからは毎日楽しそうで……。きっと、ルイはお二人のことを世界中の誰よりも大事に思っていると、そう思いました。そして、ルイが大切に思っているからこそ、俺はあなた方に託したい。」

 そう言うと、再びベスはカミルとエミリーへと深く深く頭を下げて、ふり絞るような声を上げた。

「どうか……どうか、ルイを助けてください……!あの子が自由に笑えるように、どうか、どうか……!」

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