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巻き戻った悪役令息の被ってた猫  作者: いいはな


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 「そっ、か……。」

 エミリーの背に情けなく隠れながら俯き、何とか声を震わせないようにそう返事をすることで精一杯だった。

 カミルは卒業パーティーが終わった次の日に祖国へと帰るらしい。

 ……では、このまままた繰り返しを行ったら?

 ルイの記憶はまた無くなって、かつてのどうしようもなくアーノルドへの執着を捨てきれないルイ・コレットへと逆戻りかもしれない。

 でも、もし、半分は主人公であるらしいルイの記憶が残って、そのまままた一年遡るとしたら?

 カミルとエミリーとの関係は無くなってしまうが、カミルと別れずに済む。

 彼らとの関係もまた一から作り直せばいい。大丈夫、一度ここまで上手くできたのだ。次はもっと上手くやれるはず。もしかしたら、カミルと思いを通じ合わせることだって夢じゃないかもしれない。

 そうしたら、僕はカミルとずっと一緒に……。

 そこまで考えたルイはハッとする。

 ……今、僕は何を考えていた?

 繰り返されるループに精神がすり減りかつてのルイのようになってしまったミカエルを見て、どうにかしたいと思った、これまでのルイとカミルたちの出会いが用意されたものかもしれないと知って許せないと思った。……自由に生きるためにこの繰り返しを終わらせるとあの時、確かに誓ったのだ。

 それを今ルイはカミルと別れたくないがためにあの時の覚悟さえ忘れて、全て投げ捨てようとした。

 ヒュッと息を飲んだルイは気づいたら教室を飛び出していつもの校舎裏にいた。

 ぎゅうと自分を抱きしめるように腕を回して小さく丸まる。微かに震える体を押さえ込むように力を込めて、そっと小さく呟く。

「……終わらせるんだ、ぜったい……」

 必ずこの繰り返しを終わらせると誓ったルイのまっさらな覚悟にポツンと小さな染みが広がった。











「ちょっと、聞いてる?」

 いつきても人気のない校舎裏。そこで約半年ぶりに集まった2人はいよいよ来週へと迫った卒業パーティーに向けて改めて作戦について話し合っていた。

 しかし、ふとした時にこの間の出来事が頭をよぎってついつい考え込んでしまうようになっていたルイは、ミカエルから不満げにそう聞かれてハッとなった。

「……え……あ、ごめん、ちょっとボーッとしちゃってた。何の話だったっけ?」

 ミカエルが何やら言っていたことは何となく覚えているが話の内容などが全く頭に入っていなかったルイは慌てて彼へと返事を返す。

 そのルイの何とも気の抜けた答えに眉を寄せたミカエルはキッと眉を釣り上げて口を開く。

「もう!1週間後の話に決まってるでしょ!?分かってる!?まさか作戦まで忘れたとかトンチンカンなこと言い出さないでよね!」

 ミカエルの顔はどちらかと言うと可愛いと評されるようなどこか丸みを帯びた作りである。実際に眉を釣り上げても可愛らしいと思わず思ってしまうのだが、恐ろしさを感じるほど迫力を帯びた声で迫られたルイは心底怖いと思いながらガクガクと頷く。

「も、もちろん!覚えてるよ!」

 限界までミカエルから離れるようにのけぞりながら必死に叫んだルイの声にようやくミカエルは怒りを収めてくれたらしい。

 ふんっと鼻を鳴らしながら腕を組んだミカエルはなおもルイのことをじとっとした視線で見つめながら、眉を寄せる。

「しっかりしてよね。悔しいけど卒業パーティーで自由に話せるのはルイだけ。それに、ちゃんとルイが()()()()()()()()、またループが始まるかもしれないんだから。」

「うん。分かってる。」

 湿度を含んだミカエルの視線を真正面から受け止めて、軽く微笑みすら浮かべながらそう頷くルイ。

 彼の話によると、卒業パーティーが始まるとミカエルは乗っ取られたように思うように動けなくなるらしい。どんなに抵抗したくとも攻略対象へと媚びるように体を寄せ、甘ったるい猫撫で声で相手のことを呼び、心底悪役令息であるルイのことが憎く思えてくると言っていた。

 そして、ルイが処刑されると正気に戻されたかのようにクリアな思考が戻ってきて、自由に動くことができるようになると言っていた。そしてそのままミカエルが知っている物語が進んでいき、彼が殺されると学園へと入学する日に巻き戻っていると言うわけだ。

 そんなことを何度も何度も繰り返してきたミカエルは、今回のルイの特異な状況を踏まえて、とある一点に注目して作戦を立てた。

 成功するかは五分五分。失敗すればルイは再びただ首を切られ、ミカエルはまた終わりの見えないループへと逆戻りかもしれない。

 それでも、何もやらないよりは百倍いいと2人で考えた一生一代の大博打。

「……僕が殿下に断罪されて、ちゃんと処刑されることが大前提の作戦だってこと、分かってる。成功すれば僕達は自由に生きることができるけど、失敗すればまた一から始まるってことも。」

 ちゃんと、分かってる。とまっすぐにそのサファイの瞳に強い光を宿してルイはミカエルを見つめる。

 その視線を受けたミカエルは、しばしそんなルイの瞳を食い入るように見ていたかと思うと、彼にしては珍しくクシャッと顔を歪めた。泣いてしまう一歩手前のような表情をあのミカエルがしていることにルイが戸惑っていると、徐にルイの手を取って軽く握った彼が何かを言いかけた、その時。

「ねえ、ルイ……。」

「へえ、それはいいことを聞いたね。」

 突然2人の間に第三者の声が響き渡った。

 聞き覚えのある穏やかながらも声だけでその場を制圧してしまうほどの力を持つその声にドッと嫌な汗をかいたルイは、錆だらけのブリキ人形のようにぎこちない動きで声の方を見た。ルイの肩越しにその声の人物を先に見ていたミカエルが顔を真っ青にしていることに気づいて、とてつもなく嫌な予感を抱きながら振り向いた先には、ルイが勘違いであって欲しいと思った人物が立っていた。

「アー、ノルド、殿下。」

「やあ、何だか久しぶりだね、ルイ。」

 かつては呼んで欲しいとあれほど願っていたルイの名前を久しぶりにアーノルドが呼んでくれたのに、かけらも嬉しさを感じない。むしろ、足がすくんでしまうほどの恐怖に支配されてしまったルイは、無意識のうちにミカエルに握られていた手をぎゅっと握り返していた。

 その小さなSOSのサインに気づいたのかは分からないが、ルイが何か言葉を言う前にミカエルがアーノルドからルイを隠すように立ち塞がる。

 そして、彼もまた額にじっとりと汗を浮かべながら、それでも主人公のミカエル・アーギュストとしてアーノルドへと媚びた声を上げた。

「アーノルド殿下、どうされたんですかぁ?ボク、ルイ様とちょっとお話ししててぇ……。」

 そう言って、うるっと潤ませた瞳でアーノルドを上目遣いで見上げるミカエル。

 そんな彼を見たアーノルドは、ゆったりと優雅な動作で2人のもとへと歩いてくる。柔らかな笑みを浮かべてにこやかなその表情は普段、アーノルドがミカエルといる時によくしていた表情でどこにも違和感はない。けれど、なぜこんなに恐怖のような嫌な予感が止まらないのだろうと考えたルイは、彼の瞳を見てその答えを得た。

「ミカがこそこそとここに向かっているのが見えたから、こっそりと跡をつけたんだけど……ふふ、思っていたよりもいい話をしていたみたいで、着いてきて良かったよ。」

 アーノルドのルビーのような深い赤色の瞳が一切ミカエルを見ていなかった。柔らかく微笑み、穏やかな口調で話すアーノルドはミカエルへと話しかけている体を取りながら、その瞳はじっとルイを見つめていた。

「……盗み聞きだなんて、ひどいですぅ。」

「盗み聞き?そんなものはしていないよ。私はただ、襲われていた想い人を助けただけなんだから。」

「は?何言って……!?」

 思わず媚びた口調も忘れて訝しげな表情をするミカエルへと近づいたアーノルドは、力任せに彼の服を引きちぎった。

 バツっと布が裂けた音と共に地面へと落ちたいくつかのボタンが跳ねるのを呆然と見ていたルイは、次の瞬間パンっと何かをぶった鈍い音が響き渡ったことで、ハッとする。

 下げてしまっていた目線を正面へと向けると、ボロボロになってしまった服をかろうじて肩に引っ掛け、目を見開いて赤くなった頬を押さえているミカエルの姿があった。

「……っ、ミカエル!」

 慌ててミカエルを自分の背後に押しやり、ルイはキッとアーノルドを睨みつける。

「殿下!一体どう言うことですか!なぜ……なぜこんなことを急に!!」

 アーノルドの行動の理由が全く分からず、混乱をおおいに含みながらも必死にそう叫ぶミカエルに、顔色ひとつ変えずにアーノルドはこう言った。

「なぜ?それは私の言葉だな、ルイ・コレット。君がミカにこんな無体を働いたんだろう?」

「……え?」

「私が駆けつけた時には、もうミカはこの状態だった。私のことをいまだに慕っていた君は、嫉妬のあまりミカに危害を加えたんだ。」

「な、一体、何を……言って……。」

 目の前にいる男が本当にかつての婚約者であったアーノルドと同一人物なのかわからない。

 彼は穏やかで、いつでもルイに優しくて……決してこんな、こんな昏い目でルイを見るような人ではなかった。

 あまりにも理不尽なことを言われて理解が追いつかずにいると、俄かに当たりがざわめいていることに気づく。

 ハッと辺りを見回すと、滅多に人など通ることのないこの場所にいつの間にか数人の生徒が集まっていた。遠巻きにルイたちをひそひそと話しながら見ていた生徒たちにルイは顔を青くする。

 いつの間に……、いや、今はそれよりも、この状況はまずい。このままだと、僕は()()になってしまう。

 慌てるルイへと近づいたアーノルドはそっと耳元へとこう呟いた。

「これで、ルイは俺のものだね。」

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