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「ルイ、本当に体調は大丈夫なんですの?」
「辛かったら寄りかかってもいいぞ。」
何とか2人のことを避けているという誤解を解くことはできたが、普通に体調を崩したルイを過剰に心配する過保護な友人が2人できてしまった。
先日は人1人分くらい空けて隣に座っていたはずのカミルは膝同士が触れ合うほど近くに座り、しきりにもたれかかるように肩を勧めてくるし、キリリと常に引き上がっているエミリーの瞳と眉は困ったように八の字になり、こちらもしきりにあたたかいお茶を勧めてくる。
何も悪いことはしていないはずだが、とっくに良くなった体調をここまで心配されると良くわからない罪悪感のようなものが湧いてきて、ソワソワと落ち着かない気持ちになる。
そうしてもぞもぞと落ち着かなく動くルイに、寒いのかと膝にかけられていたブランケットでルイを簀巻きにしようとしてくるカミルに、さらに追加のブランケットを持ってこようとするエミリー。ついに耐えきれなくなってルイは叫んだ。
「もー!大丈夫って言ってるでしょ!?寒くないから、簀巻きにしようとしないでカミル!エミリーも!1枚で十分だから!そもそも今日はそんなに寒くないよ!?」
こんなに過保護だったっけ?と思わず内心首を傾げてしまうほど過剰にルイの一挙一動に反応する2人。その姿がどことなくベスに重なって、んふっと耐えきれなかった笑いがでた。
「ふはっ、ふふっ、2人とも、僕は大丈夫だって。」
そうして綻ぶように笑うルイにカミルとエミリーは少しだけ頬を赤く染めながら、それでもようやく安心したように笑ってくれた。
気を取りなおすように紅茶を口に運び、一口飲む。ちょうどいい温度になった紅茶がゆっくりと体の中に落ちていく感覚にホッとしながら、ようやく今日の本題に入った。
「えーと……この前は突然泣き出したりして、ごめん。でも僕が言いたいことは変わらないし、これ以上言うなら本気で怒るからね。」
ぷくと頬を膨らませて、ルイなりに精一杯怒ってますよアピールをしたが、顔立ちがもともと幼いルイが頬を膨らませて眉間に皺を寄せたところで、あまり怒っているようには見えなかった。しかしルイに怒られたくない2人は、幼なげなその表情に思わずほんわりとなりそうな表情を引き締め、深刻そうな顔をして頷く。その表情にようやく納得したルイはうんうんと満足そうに頷いた後、改めて話を切り出す。それはルイが熱で苦しみながらも、ずっと考えていたこと。
「でもね、多分こう言ったところでエミリーは自分を許せないだろうし、カミルがエミリーを疑う気持ちも消えないでしょ?」
そう言って、少しだけ寂しそうに微笑んだルイにエミリーとカミルは気まずそうな顔をした。彼のいう通り、この場では納得したことにしても完全にわだかまりが無くなることはない。
エミリーは一時の衝動に任せて行った自分の愚かな行為のことを悔やみ続けるだろうし、カミルはルイを傷つけたエミリーのことを心から信頼することは難しい。
ルイは処刑から巻き戻って猫を被ることをやめてから、言葉だけでは変わらないことがたくさんあることを知った。
小説の中ではすぐに仲良くなれる魔法の言葉だった挨拶は、現実では会話の足掛かりにもならなかった。アーノルドとだって話せば分かるとわずかばかりの希望を抱いていたが、結果は惨敗。もし彼と今言葉を交わせるとしてもきっと和解はできない。
しかし何かを変えることができるのも、やはり言葉なのである。
ルイが言葉をかけて、カミルと友人になることができた。ルイの言葉でエミリーと和解ができた。カミルから言葉をかけられて、ルイは救われた。エミリーから言葉でもってぶん殴られてハッと目が覚めた。
様々な関わりの中でそのことを学んだルイだからこそ、言葉だけではなく、行動で彼らを説得してみることにした。
「だから、僕から提案があります。」
はい!と生徒の良い手本になりそうなほどまっすぐと伸ばされた腕にきょとんと首を傾げる2人。
「提案……ですか?」
「うん。僕なりに考えてきたんだ。エミリーの気持ちを軽くしてあげられて、ついでにカミルと少しは仲良くなれる方法!」
そう言って、胸のドキドキを抑えるために少し深呼吸をしたルイは、ずっとずっと夢に見ていたことを初めて口に出した。
「僕と!遊びに行きませんか!」
「は……?」
「遊び……?」
「うわあ、すごい!ねえ、エミリー!あれ何?美味しそう!」
「あれは、プルルのジュースですわ。程よい酸味があって後味がさっぱりしているということで今若い方を中心に平民の間で流行っている飲み物です。」
そう言ってエミリーが紹介してくれた屋台には、確かに若い男女が列を成しており、随分と賑わっていた。初めて屋台を見たルイのテンションは最高点にまで駆け上がり、サファイアの濃い青の瞳をキラキラと輝かせた。
その顔を微笑ましそうに見つめるエミリーと何が何だかよく分かっていないような顔でその2人を後ろから眺めていたカミルが思わずと言ったように呟く。
「……なんで、こうなった?」
そんなカミルの心の底からの呟きなど興奮で鼻息の荒いルイにはかけらも聞こえておらず、早速プルルのジュースが売っている屋台へと突撃しようとしていた。
「ほら、カミル!買いに行くよ!僕あれ飲んでみたい!」
「あ、ああ、わかった。ちゃんと前を見て歩け、ルイ。転ぶぞ。」
いつにない強引さでカミルの腕を引っ張り列に並ぶルイとカミル。その2人を見ていたエミリーは、この国でも権力の頂点近くにいる公爵家の子息と交易を始めたばかりの他国の留学生がこんな庶民的な屋台に並んでいるなど、知られたらとんでもないことになると背筋がヒヤリとしたが、ルイの心底ワクワクしている顔を見て、腹を括った。
覚悟がガン決まったエミリーは、屋台へと並ぶ2人に近づくと、他にも店を構える町の通りの説明を一つ一つルイへと聞かせていった。その説明を興味深そうに聞くルイを横目に、カミルはこの城下町へと至った経緯をぼんやりと思い返していた。
そう、彼ら3人は王都の城下町に来ていた。ルイがエミリーとカミルへと提案したものは3人で町で遊ばないかというもの。それも、貴族がよく行く高級街ではなく、平民などが大多数を占める少し離れた城下町。
それを聞いた2人は当初猛反対をした。
いくらなんでも危険すぎるし、万が一があってはいけないと懇切丁寧に懇々とルイへと言い聞かせたが、ルイはちゃんと変装もするし、危険だと判断したらすぐに帰ると頑として主張した。
そうして最終的に護衛もしっかりつけることと高級店が立ち並ぶ道に近い場所だけという約束の元、元平民であり城下町に馴染みのあるエミリーが案内を引き受けてくれた。
そうして、ベスに頼んで家族には内緒でこっそりと護衛をつけてもらったルイは、周囲を鋭く睨むエミリーとカミルに両脇を挟まれながら城下町へと降りてきた。
ルイはよくある黒髪なので、隠す必要はないと主張したが、警戒心が薄く顔立ちが幼いこともあり、心配した2人の猛プッシュの末帽子を被っていた。瞳の色は流石に目立ってしまうため黒縁の眼鏡をかけて、服も平民がよくきているような綿でできた肌触りが少し悪い量産品を来ていた。
エミリーも元平民ということもあり、平民へと紛れる変装はお手のものであったが、問題だったのはカミルである。
何せかなりガタイのいい体にどこにいても目立つ赤髪、極め付けに光っているようにさえ見えるトパーズの黄金の瞳である。帽子を被ろうが眼鏡をかけようが、そのどこか独特なオーラが隠しきれずに平民の中では浮いてしまうという結論に至った。
手を変え品を変え、ありとあらゆる変装をしてもどうにもならなかったカミルに疲れ切ったエミリーがヤケクソのようにいっそ何も手を加えずにいた方がよろしいのでは?などと言い出す始末であった。
結局、カミルはその体全てをフードですっぽりと覆っていた。町の中では大層浮く格好ではあるが、それでも全てをモロ出しにしているよりかはだいぶマシ、とのエミリー言葉である。
そうして出来上がった、やたらと町にはしゃぐ幼いが整った顔立ちの男とフードで全身を隠した大柄な怪しい男とどこにでもいるような平民らしい格好をした女のあやしい3人組が誕生したというわけである。
「いや……本当にどうしてこうなった?」
これまでの経緯を遠い目をしながら思い返していたカミルは再び同じような言葉を呟くこととなった。




