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あの後、結局ルイが泣き止んだ頃にはとっくに日が沈んでしまっていたため、今日はひとまずお開きにしてまた後日3人で話をする約束を取り付け、エミリーの家を後にした。最後までチラチラとルイの様子を伺っていた2人だが、年甲斐もなく人前で泣き喚いてしまった恥ずかしさと泣きすぎて腫れぼったくなってしまった自分の顔が大層見苦しいものである自覚があったので、まともに顔を合わせることはできなかった。
明らかに泣いた跡をつけて公爵邸へと帰ったルイを見た使用人のベスは絹を引き裂くような悲鳴をあげ、ルイを自室へと引きずり込んだ。
強制的に椅子へと座らさせたルイはテキパキと冷たいタオルを目元にあて、むくみをとるすっきりとしたお茶を淹れてくれたベスに、元気なくありがとう……と呟きどうせベスしかいないからとぐでーんとだらしなく背もたれに体重を預けた。
ひんやりと濡らされたタオルで目元を覆っているため真っ暗で何も見えないのに、ベスが心配げにルイのことを眺めている様子がありありと想像できて思わず小さく笑ってしまう。そして、ぽつりと呟く。
「ねえ、ベス。僕、友達ができたの。」
「……っ!そう、か。」
「うん。とっても頼もしい女の子でね。おしゃれが好きなんだって。……でもね、喧嘩しちゃったの。」
「うん。」
見えないけれど、優しく頷いてくれていることが分かったルイはその相槌に促されるように話し続ける。
「どうしたらいいかなあ。ただ僕は仲良くしたいだけなんだけど……。」
「……それをその子に伝えてみるといい。ルイが選んだんだ。きっとルイの話を聞いてくれる。」
使用人としてではなく、幼馴染として育ったベスとしてルイへと優しく答えてくれる彼にほうっと肩から力が抜ける。
「そう、だね。」
そう言った記憶を最後にして寝落ちてしまったルイは知らない。初めて喧嘩をすることができるほど心を開いた友人を作ったルイに嬉しさのあまり涙を滲ませながら優しくルイの頭を撫でたベスのことを。
そして、ルイは三日間学校を休んだ。
……弁明をさせてあげてほしい。
決してあんなに泣き喚いた後にあの2人と顔を合わせるのは気まずいからとか、喧嘩も初めてなら仲直りも初めてでどうすればいいか分からないからなどの理由ではない。
答えは単純、風邪を引いた。
あの2人と話をするぞ!と意気込んで朝から起きたルイは今日はやけに寒気がするなとまず思った。
そしてベスに準備を手伝ってもらいながら、何だか頭が痛いなと思った。食欲があまり湧かないな、とも。そして、服に手を通した時にやけに体が熱を持っており、体の節々が軋むような痛みがあることを自覚した。
自覚すると一気に体のだるさが襲ってきて、喉も少し痛むような気がして正直に恐る恐るそのことをベスに伝えると、ピシリと硬直したベスはそっとルイの額に手を置いた後、反射的に手を離した。
「あっつ!!!!」
医者を呼んできます!!!!
ルイは今度こそ正しい理由で医者を呼ばれ、正当な理由でもってベッドの住民となった。
その後ルイは2日間高熱に苦しまされることとなり、熱が下がった後も大事をとって1日休んだため、3日もの間学園を休むこととなった。
一応ベスに頼んでカミルとエミリーには風邪で休むことを伝えてもらったが、2人がちゃんとそのままの意味で受け取ってくれたかだけが気がかりであった。喧嘩をした翌日に風邪を引いたと言って3日も学校を休む。よくある顔を合わせないための言い訳に聞こえる。ルイに限っては言葉の通りの意味なのだが。
そんなことを悶々と考えていたルイは、せめてあと1日!!!と叫ぶ過保護な使用人を振り切って学園へと向かっていた。
ガタゴトとわずかな振動を感じながら、考えることはカミルとエミリーの2人の友人のことと、高熱にうなされている中でみた不思議な夢のことだ。
最近は滅多に見ることの無かった卒業パーティーの断罪の瞬間。しかし、今回見た夢はルイの記憶とは少し違っていた。ミカエルがそっと寄り添っていたのは騎士団長の息子であり、ルイはその場で剣で持って切り捨てられた。罪状も同じなら、卒業パーティーという場所も同じなのに人とルイの処刑方法が違う。
そして、それに似たような夢を複数回見た。
そのどれもに共通しているのは、ルイを処刑する人物にミカエルが寄り添っていることと、卒業パーティーで断罪が行われること。逆に異なっていることは、ルイの処刑方法とミカエルが寄り添っている人物。宰相の息子の時は国外追放の上森の中で獣に噛み殺された。王家お抱えの暗殺部隊のエリートの彼の時は飲み物に混ぜられた毒に苦しみ悶えながら死んだ。
そうして何度も何度も死んで、気がつけばミカエルと彼が寄り添う人物に殺される。
その夢から目覚めたルイが1番に思ったことは、僕ってば小説家になれるんじゃない?ということである。
夢とはいえ、こんなに想像力豊かな場面をいくつも思いつけるなんて。後一年の間に本の一冊でもかけるくらいのボリュームだった。本の内容は自分の殺され方というサイコパスもびっくりな内容だったが。
高熱で侵されてしまったルイの頭は常にポワポワとしており、あまり深く夢の内容も考えることができず、何だか嫌な夢を見るなあ、で済ませてしまっていた。
ようやく熱が下がり、まともな思考回路が戻ってきたことで、夢にしてはやけに現実味を帯びたものだったなとふと思い立ったのだ。それに、改めて見た夢のことを考えると何かが引っかかる。
「宰相の息子に騎士団長の息子、暗殺部隊の若いエース……あっ。」
悶々と頭を抱えていたルイは、ふと最近見た光景を思い出した。
それは、ルイがまだアーノルドとミカエルとの関係を修復できないかと探っていた時。すっかりミカエルの周りにいた人物達に怯んだルイが見ていたその光景。
夢に出てきた人物とミカエルの周りにいた人物がぴたりと一致する。彼らだけでは無かったが、確かにミカエルと親しげに話していた。
遠い昔のようではあるが、あれからまだ3ヶ月ほどしか経っていない。怒涛の展開だったなあと改めてルイは振り返る。友達の1人もおらず、婚約破棄に自暴自棄になっていたルイは今や2人も友人を得て、人生で初めて喧嘩をした。少し前のルイだったら考えもつかないような経験をたくさんしている。彼らがいるなら、ルイは何だってできるようなそんな気がしていた。
夢のことだって、今は手がかりが少なすぎて何のことやら考えつかない。あと一つ大事なピースが嵌れば一気に全てが分かりそうなのにモヤモヤとして掴めない。でも、ルイには今は友人がいる。モヤモヤと抱え込むだけではなく、相談することのできる相手がいるのだ。こんなに恵まれてることってないなと鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌になったルイはニコニコとしていた。
そうして、久々に学校に登校したルイは、教室につくなり、深刻そうな表情を浮かべてルイの元へとやってきたカミルに相談しようと思っていたことなど吹っ飛ぶほど衝撃的なことを言われる。
「なあ、ルイ。オレのこと嫌いになったのか?」
「えええ!?」
どうやらカミルはルイが危惧していた通り、ルイが学校を休んだ理由を深読みして受け取っていたようだった。何とか誤解を解こうと本当に言葉の意味の通り風邪を引いていたと説明しても、カミルの表情は沈んでいくばかり。挙げ句の果てには、そんなに必死に誤魔化すほどオレと顔を合わせたく無かったのかとさらに落ち込んでいった。言葉の裏ばかりを読む貴族はこういう時にめんどくさい。
朝の時間を目一杯使ってもカミルの誤解を解くことができなかったルイは、一つ目の授業が終わった後の休み時間も使って説明をしたが、どこからか話を聞きつけて教室に来た深刻そうな表情のエミリーを見て、ここにも1人言葉の裏を深読みする人間が増えたことを悟った。
結局その日1日の時間をほとんどを犠牲にして彼らの誤解をとくことはできたが、ぐったりとしてしまったルイは夢のことを相談するという目的をすっかり忘れてしまっていた。




