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巻き戻った悪役令息の被ってた猫  作者: いいはな


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 「いい加減に泣き止みなさいったら!公爵家ともあろう貴方がそんなに泣いてていいんですの!?」

「うっ、うっ、ごめ……ごめんな゛さ゛い゛。」

「ああ、もうっ!謝る前にまずはその顔をどうにかしてはいかが!?ぐちゃぐちゃじゃない!」

 そう言って、言葉の強さとは裏腹に取り出したハンカチを優しくルイの目に当てたエミリーの顔には、ありありとこんなはずじゃなかったと書いてあった。

 溢れてしまったルイの涙はなかなか止まることはなく、ようやく止まったと思った時にはルイもエミリーも息も絶え絶えな上にとっくに昼の時間を過ぎてしまっていた。

「はあ、貴方のせいで授業をサボることになってしまいましたわ。全く、カミル様に付きまとうだけじゃなくてわたくしにまで迷惑をかけるなんて。」

「えっと、その、本当にごめんなさい……。」

「……もう、そんなに素直に謝られたら、これ以上怒れないじゃない。」

 そう言ってルイの隣に腰掛けたエミリーは少し頬を膨らませた後、影を落としたように暗くなった顔をして俯く。

「わたくし、もしかしたら貴方のこと少し誤解していたかもしれませんわ。噂を鵜呑みにして、馬鹿正直に信じ込むなんて、淑女としてよろしくありませんでした。……わたくしも、噂に振り回されていたというのに。」

「……ハートベル嬢も?」

「……先ほども言いましたけど、わたくしの家は元は平民で商人上がりの男爵家ですの。事業がたまたまうまくいって莫大な財産を得たために爵位を賜った、所詮は成金貴族。それでも最初は貴族の仲間入りだと浮かれていたのですが、学園に入ってからわたくしに向けられるのは、軽蔑や馬鹿にしたような視線ばかり。こちらの身分が低いことをいいことにあることないこと噂されましてよ。それで、すっかりこの学園では孤立してしまいました。ふふ、実はわたくし、学園の嫌われ者としては貴方より少し先輩なんですよ?」

 そう言っておどけたように、しかし自嘲気味に笑う彼女の表情には暗く影が落ちており、人を慰めたことなどないルイはこんな時どのような言葉をかけるべきかが分からなかった。

「ですが、これはただの言い訳でしてよ。頭に血が昇っていたとはいえ、ろくな事実確認もせずに一方的に言葉でなじるなんて、浅はかな真似をしてしまいましたわ。謝って済む問題でもありませんが、せめて謝罪をさせてくださいませ。」

 ルイが慰めの言葉を考えているうちにあっという間に気持ちを切り替えた彼女は、先ほどの態度を自分に非があると認め、謝罪を申し出てきた。

 その潔さに、彼女は普段はあんな風に一方的に意見を押し付けてくるような女性ではなかったことが伺える。

 ルイはそんな彼女とは対照的にオロオロとしてしまった。今回彼女が言ったことは、意図的にルイを傷つけるような言葉選びをしたのは確かだが、概ね事実である。ルイがカミルといることで彼に悪影響が及ぶことも、ルイは彼との付き合い方を見直さなければならないことも、全てルイが見て見ぬ振りをし続けてきた問題であった。

「……貴方が謝罪をするようなことでは……。」

「いいえ、わたくしの気がすみませんの。」

「そこまで言うようでしたら……。貴方の謝罪を受け入れます。」

「感謝いたしますわ。この度はコレット様に対しての数々の無礼、誠に申し訳ありませんでした。この処罰は何なりと受け入れましてよ。」

 そう言って静々と罪を受け入れる罪人のように頭を垂れるエミリーの姿に慌てふためいたのはルイである。何が悲しくてわざわざルイへと警告をしにきてくれた彼女を罰さなければいけないのか。

「しょ、処罰!?処罰なんて、そんなこと……!むしろ、僕は貴方に感謝するべきなんです。貴方が言ってくれなければ、きっと僕は今が楽しくて見て見ぬ振りをした。もしかしたら取り返しのつかないような問題を起こしてしまっていたかも知れないし……。だから……えーと、その、つまり……ありがとう、ハートベル嬢。貴方のおかげで僕はカミルと向き合う覚悟が決まりました。」

 そう言って少しだけ微笑んだルイを眩しいものを見たような顔で見つめたエミリーは、くしゃりと後悔で顔を歪める。

「ですが、わたくしはあなたを傷つけましたわ。泣かせてしまうほど。」

「あ、いや、あの……泣いちゃったのは、傷ついたからではなくて……。その、この歳にもなって情けないんだけど、カミルともう仲良くできないと思ったら悲しくなっちゃって……。ええっと、恥ずかしいことにカミルは僕の初めての友達で……。うう、甘えただって否定できないじゃないか……。」

 いつかの朝にからかうように言われた言葉を否定できないことに恥ずかしくなり、友人との別れが辛くて泣いてしまったことにさらに恥ずかしくなり、支離滅裂なことをもごもごと言い訳のように連ねるルイの顔は真っ赤に染まっていた。

「甘えた……?」

「あっ、いや、なんでもない!とにかく!あの、ハートベル嬢は悪くなくて、どっちかと言うと僕の評判が悪すぎることの方が問題というか……。ええと……。」

 うまく言葉に表すことができないルイはコロコロと表情を変える一人で百面相を行なっている。そんなルイの顔を見たエミリーはフッと力が抜けたように笑うと、何かが吹っ切れたように表情が明るくなる。

「エミリーでいいわ。」

 突然の言葉にうまく反応できなかったルイはポカンとエミリーを見つめる。その視線を受けて、恥ずかしげに少しだけ頬を染めたエミリーはぷいとルイから視線を外しながら、先ほどよりもぶっきらぼうに話を続ける。

「だから、呼び方。エミリーでいいって言ってるの。長いでしょう、ハートベル嬢なんて。それにクラスが違うから貴方は知らないかも知れないけれど、わたくしたち同い年でしてよ。」

「えっ、そうだったの?おしゃれで大人っぽいから、てっきり年上かと……。」

「……おしゃれ?わたくしが?」

 エミリーがまるで珍獣でも見つけたからのように驚いた顔をしたため、ルイは再び慌てふためく。

 も、もしかして、おしゃれのなんたるかを分からない素人なんかに言われるのは我慢ならない……とか?そういえば、さっきも50点て言われたし……。ああ!50点の人間に褒められるのは逆に乏してると思われる!?

「貴方、わたくしのこの格好を成金だとか、金持ちアピールとは思いませんでしたの?」

「えっ!?思わないよ!確かに高価な宝石や生地を使ってはいるけど、ギラギラしすぎない絶妙なバランスでまとまってると思ったんだけど……。」

「そう!そうなんですの!この宝石は単品だと輝きが強すぎて他の装飾品と合わせると浮いてしまうのですが、この生地の服に合わせることで互いが持つ魅力を最大限に発揮できますの!それに、こちらの宝石に施してある加工は少し特殊でこれがまた絶妙なバランスで全体のコントラストを引き締めてくれて……。あ、ご、ごめんなさい、つい悪い癖が……。」

 ルイが恐る恐る最初に彼女の服装を見た時に思ったことを素直に口に出すと、エミリーは怒号のような勢いで目を輝かせ始めて話し始めた。あまり詳しいことまでは理解できなかったが、彼女がアクセサリーやドレスなどのファッションのことについて人一倍情熱を持っていることは分かった。だからこそ、申し訳なさそうに話を濁すエミリーにルイは首を傾げる。

「悪い……?どうして?僕はあんまりおしゃれに詳しいわけじゃないから、全部は理解できなかったけど、ハートベ……エミリーが、おしゃれをすることがとっても好きなことは伝わってきたよ?好きなことを好きなように話しているだけなのに、何が悪いの?」

「……ええ……ええ、そうですわ。わたくしは別に値打ちのある宝石が好きなわけでも、お金が好きなわけでもないの。ただ、宝石を身に纏って、上質な生地の洋服を着て、普段より少しだけ自信を持てた素敵な自分になれることが好きなだけなの……。好きなことを好きと言って何が悪いのかしら。」

 ルイの問いにハッとしたようにエミリーはぽつぽつと話し始める。まるで自分自身に言い聞かせるかの如く噛み締めるように。そんなエミリーの答えにルイはうんうんと頷き満面の笑顔を浮かべる。生まれてこの方、勉強と王族の婚約者としての振る舞いばかりに夢中になっていたルイには、胸を張って言える好きなことも趣味も何もなかった。だからこそ、好きなことを好きだとまっすぐ言い切ったエミリーに憧れような、羨ましいような、そんな気持ちを抱く。それと同時に、ふわりと自信に満ちた笑みを浮かべたエミリーに自分のことのように嬉しい気持ちが止まらずに締まりのない顔でついつい笑ってしまった。

「はあ、わたくしってば本当に人を見る目がないわ。」

 そんなほわほわとした笑みを目を見開いて凝視したエミリーは、ため息をひとつ吐いてがっくりと項垂れる。

「え?」

「そんな風に笑う人間が、あんな噂通りのことをするはずがないじゃない。ああ、本当に馬鹿らしい。」

「……僕は、エミリーは人を見る目、あると思うけどな……?」

「あら、わたくしは自分の最も嫌う根も葉もない噂にまんまと踊らされたというのに、一体どうして?」

 そう言って、心底理解できないという視線をルイに投げかけてくるエミリー。

 しかしルイは、所詮は他人であるカミルのために男爵家の彼女にとっては雲の上の存在と言っても過言ではないほどの公爵家のルイ相手に正面から真摯に意見を申し立てた時から思っていたことを話す。

「エミリーは、カミルのこと好きなんでしょう?僕から見てもカミルはいい人だから、貴方の見る目はとても良いと思うけど……。」

「すっ、すす、好きっ!?ち、違いますわ!!いえ、あの、全く違うわけではありませんけど……!と、とにかく、変な勘違いはやめていただける!?」

 そう言って、顔を真っ赤にしてしまった彼女は今度こそ体ごとそっぽを向いてしまう。そのあまりの分かりやすさに、ついついルイは吹き出してしまい、小さく声を出して笑ってしまう。

 そんなルイの様子に、最初はむくれていたエミリーもやがて諦めたように、ルイと一緒になって小さく笑った。

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