幕間:とある使用人の1日
ルイの使用人のベス視点のお話です。
ルイが猫をかぶるようになったきっかけのようなお話。
※ちょっと長いです。
使用人の朝は早い。朝日が昇ると同時に起きだし、二度寝へと誘惑してくる布団を何とか跳ね除けて、ようやく使用人であるベスの長い1日が始まる。
軽く身支度を整えて、キッチンへと向かい朝食の準備をあらかた済ますと、ベスが仕えている主人を起こしに部屋へと向かう。一度も返事が返ってきたことはないが、マナーとしてドアをノックし、案の定返ってこない返事に苦笑いしながらドアを開ける。
こんもりと膨らんだ毛布の中にくるまっているのはベスが使えている主人であるルイ・コレットだ。この国では王家の次に権力を持つコレット公爵家の次男であり、乳兄弟として幼い頃からベスと共に育った幼馴染でもある。
そんな幼馴染のような兄弟のような彼は、寝付きはいいくせに寝起きがすこぶる悪い。
今日も呻き声を上げながら中々ベッドから離れないルイを引っ張ったり、時には物理的に引っ叩いたりしながら何とか起こした。
そして時折かくんと頭が下がるたびに揺すり起こしながら朝食を取らせ、テキパキとルイの身支度を整えて、学園へと送り出す。
これらの仕事全てを使用人であるベス1人で行う。普通であれば、貴族令息となれば何人ものメイドや使用人が付きっきりで行うものであるが、ベスが行なってる理由としては、単純明快、当の本人であるルイの強い希望のためである。どちらかと言うとそう言った慣習やら常識といったことには従順なルイだが、専属の世話係についてはベス以外は認めないと頑として言い張った。
そのため、メイドでも執事でもなく一介の使用人でしかないベスが幼い頃から一緒であったとはいえ、公爵令息の面倒を朝から晩まで全てみていた。
それに加えて、使用人としての仕事も普通にあるため、ぶっちゃけベスの1日の予定はぎゅうぎゅうである。夜、全ての業務が終わった頃にはヘロヘロになってしまい、ベッドへと倒れ込むとおやすみ3秒な毎日。
それでも頑なにベスが一人で業務をこなすのは、ひとえに恐れ多くも家族同然に思っているルイたってのお願いだからである。目に入れても痛くないほど可愛がっていた弟分がベスがいいと言ってくれた。それだけでベスはとんでもない量の業務量を毎日完璧に終わらせることができる程度には頑張れるのである。
そうして、今日も今日とてルイを学園へと見送り出した後に爆速で自分の食事を終わらせると、公爵邸を右へ左へ駆け巡る。ルイの部屋の掃除にベッドメイキング、それが終わると屋敷内の掃除に洗濯、食事の買い出しに下準備。あっちこっちへと駆けずり回り、一つずつ仕事をこなしていく。
そんな業務の一つ、廊下の窓を汚れ一つ残さないように磨いていた時である。
窓越しに、ルイの父親であり現公爵であるリューク・コレットと、その息子であり次期公爵であるユリウス・コレットが見えた。思わずベスは掃除をしていた手を止め、2人をつい眺めてしまう。
どうやら外から帰ってきたらしく、しきりに何かを話しているようだった。しかしその表情は氷のように冷たく見え、とても親子の会話をしているとは思えない。もちろん公務に関することをにこにこと笑顔で話していることは褒められたことではないが、あの2人はいつも変わらない態度で接している。
その態度がベスにとってはひどく腹立たしいものに見えていた。彼ら2人はいつも変わらない。時折食卓を共にする時も、久しぶりに顔を合わせて言葉を交わした時も、ルイが話しかけている時も。家族の情など微塵も感じさせない顔で、突き放すような言葉を用いて。
ベスは知っている。
本人も自覚していないだろうが、ルイが彼らと話した後に、少しだけ寂しそうな顔をすることを。
ベスは知っている。
幼い頃のルイは誰に対しても猫を被ることなく、ありのままの自分としてのびのびと過ごしていたことを。
ベスは知っている。
ルイが寂しさを抱え、自分を押し殺して振る舞うようになった原因が彼らにあることを。
ルイのそばで全てを見てきたベスは知っている。
そんな凍りついてしまったルイの心を溶かすことができるのはベスではないことを。
気付かぬうちに強く握りしめていた拳をそっと開きながら、食い入るように屋敷へと入っていくリューク達を見つめる。
……あの人達は知っているのだろうか。まだ、あの子が、ルイが彼らからの愛を求めていることを。
もともとルイはあんなに立派な猫をかぶっていたわけでは無い。感情の赴くままに笑い、泣き、時々びっくりするほどの負けん気の強さでとんでもない行動にでたりして、のびのびと過ごしていた。
のびのびしすぎて使用人の悲鳴が上がったことは一度や二度では無い。否、1日に二度のペースで悲鳴は上がっていた。
「坊ちゃん!!!!その食器から手を離してくださいませ!!」
「あら、ノア。あなたその食器、気に入っていたのではなくて?」
「奥様!そんなことは今は置いといてください!あれは、あれは、陛下より賜った茶器にございます!!!」
ガシャーン!!!
「ああああああ!!!!」
そんなことが日常茶飯事で、真っ二つに割れた食器を手にした鬼のような形相のメイド長がルイを探して走り回っていたことが良くあった。
そんなルイと乳兄弟として育ったベスは言うまでもなくルイに振り回された。
晴れた日はベスの手を引いて庭を駆け回り、雨の日はベスを布団の中に引っ張り込み、2人で一緒に物語を読んだ。イタズラをした時にベスを囮にしてルイだけが逃げ切ったこともある。それでも、楽しくてたまらないと全身を使って声を上げて笑うルイの姿が好きだった。
ああ、今思えば、この頃は公爵様もまだマシだったな。
言葉遣いなどは変わらないが、今のような冷たい雰囲気ではなかった。ルイとユリウスのことを自分の息子として普通……よりも言葉は足りないが、それなりに可愛がっているようにも見えた。
それが崩れ始めたのは、リュークの妻であり、ルイと兄の母親であるロゼッタが亡くなった頃からである。
ロゼッタとリュークは政略結婚ではあったものの、互いに良きパートナーとして暮らしていた。真面目で言葉足らずのリュークに対して、明るく朗らかでおしゃべりが好きなロゼッタ。あの頃の公爵邸は騒がしくも明るく、時折笑い声がどこからか聞こえてくるような、そんな暖かな場所だったのだ。
そんな公爵邸も流行り病であっけなくロゼッタが亡くなってしまった頃から、ひそひそと話す声さえ響くほどの静寂に満ちた、暗く冷たい空気の漂う場所となってしまった。
幼いルイが母親が亡くなった悲しみと寂しさから父親へと愛情を求めたのは当然の行動であるように思えるが、リュークからすれば、ロゼッタを介さない己の息子との触れ合いはどうにも難しいようであった。
リュークは自分を探す幼いルイの姿を見て見ぬふりをし、徹底的に避け始めた。そして、ルイよりも歳を重ねており、悲しみながらもまだ冷静さを持っていた兄の方にばかり関心が向くようになってしまった。
それでも諦めずになんとか2人から気を引きたいと些細なイタズラなどを繰り返していたルイだが、それをどうやら彼らは煩わしいと感じていたようだった。
そして、ついに、ルイが猫をかぶるようになってしまった決定的な出来事が起こってしまったのである。
その日、いつものようにリュークの執務室へと訪ねていったルイは泣きながら帰ってきた。
何度煩わしげに父親からあしらわれても、兄から冷たく突き放されても、今日こそは!と何度でも向かっていくほど負けん気の強く、滅多に泣かない幼馴染の涙にベスはあたふたとすることしかできなかった。
それから少し落ち着いたルイはぽつぽつと父親から言われたということを話してくれた。
「いつもみたいに父上の仕事部屋屋にいったらね、兄上もいて、2人から話があるって言われたの。僕、やっとお話ししてくれるんだって嬉しくなっちゃってね、ワクワクしてたんだけど、父上がすっごく怖い顔しててね。」
ひっく、ひっくと喉をしゃくり上げさせながら一生懸命にしゃべるルイの姿は可哀想で、痛々しげで。ベスは相槌を打ちながら、ルイの両手をぎゅうと握りしめることしかできなかった。
その後もつっかえながら話したルイの内容をまとめると、どうやらリュークからの話というのは、ルイの態度についてのものだったらしい。
いずれ公爵家の名を背負って社交界へと出るのだから、そのように張り上げた声を出すな、拙い話し方を改めろ、誰彼構わず声をかけるな、感情を全て自分で制御できるようになれ。
今思えばリュークなりの息子への愛情だったのかもしれない。母親を亡くし、最も身近な礼儀作法を教えるものがいなくなり、常に誰かから評価される公爵家として社交界に出た時に、ルイが馬鹿にされないようにと懸念したもの。
だが、それを理解するにはルイは幼過ぎた。母親を亡くしたばかりの幼い子供にとってリュークから言われた数々の言葉は自分の全てを否定するもののように聞こえてしまった。父親の背後に控え、一度もルイを庇うことのなかった兄の姿もその考えを後押しした。
思い出して更に泣き出しそうになっていたルイだったが、何かをはっと思い出したように慌てて目元をゴシゴシと擦ったかと思うと無理やり口角を上げて笑った。プルプルと唇は震え、何度も鼻を啜り上げながら目元を擦ったため目元も鼻も真っ赤に染まって、とても笑顔とは言えなかったが、それまで赴くままに感情を表してきたルイの初めてのつくり笑いだった。あまりに痛々しいその顔に、たまらなくなってベスはルイを抱きしめる。
「……っ父上が、言ってたの。権力には、っう、義務が伴うんだって。よく、分からなかったけど……僕がもっともっと頑張って、父上に認めてもらえたら、父上と兄上ともっとおはなしできるかなあ……?」
「っああ、きっと……きっと公爵様もユリウス様もルイを認めてくれるよっ……!」
ベスはこの時のことをひどく後悔している。
後からどんな罰を与えられたとしても、ベスはこの時、ルイに頑張らなくてもいいと言ってあげるべきだったのだ。母親を亡くしたばかりで寂しい思いを抱えていた幼い子供にあんなに悲壮な覚悟など決めさせるべきでは無かったのだ。
あの日を境にして、ルイは外で笑わなくなってしまった。言葉遣いも貴族然とした言い回しや振る舞いを覚え、感情を感じさせない淡い笑みを貼り付け、決して涙を見せることはなかった。
ベスの前では前と変わらない笑顔を見せてくれることもあったが、ベスの手を引いて庭で駆け回ることも、毛布の中の秘密基地で2人で本を読むことも、些細なイタズラを仕掛けることも無くなった。……無くなってしまった。
たった一度だけ、婚約破棄をされた時はひどく落ち込んで泣いていたけど、それすらも3日で持ち直した。
あれだけ彼といる時間が楽しいと、ずっと一緒にいたいと、初恋なんだと恥ずかしそうに笑っていたのに。
ベスは怒っている。
ルイの心を凍り付かせてしまった公爵家に。
ベスは怒っている。
ルイの心を弄んで投げ捨てた元婚約者に。
ベスは怒っている。
そんなルイに気付きながら、ルイの心を救って欲しいと現れるかも分からない救世主を待ち望むことしかできない自分に。
だから、せめての贖罪としてベスはルイの世話を全て1人でこなす。
どれだけ忙しかろうと、どれだけ疲れていようと、ルイが望む限りはずっと。いつかまた、ルイがベスの手を引いて庭へと駆け出す日が来ることを夢見て。
「ベス!ただいま!」
「おかえりなさいませ、坊ちゃん」
ああ、願わくば、我が最愛の主人が心から笑うことのできる相手に出会えますように。
リクエストも頂いたので、ベス視点で書いてみました!
あんまりベスを喋らせてあげられなかったのが心残り……!
ルイ以外の視点も書いてて楽しかったので、ちょくちょくこんなお話を挟んでいこうかなと思います。
この人視点が見たい!などリクエストいただけると頑張って書きます。




