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日記07「教科書の謎②」

期末テストが終わり、明日からの部活再開を前に――僕たち四人は、打ち上げがてらカラオケに来ていた。


 七月に入る直前。外はしとしとと梅雨の雨。そんな天気の日に屋内で盛り上がれる場所といえば、ここしかない。


「よーし、俺の番だな!」

 真司がマイクを手に、立ち上がった。

「一番点数が低かったやつが、ポテト奢りな! 約束忘れてねえよな?」


「ふーん。ま、どうせあんたがビリだけどね。90点超えた試しあったっけ?」

 すでに一曲歌い終えていた茉莉花が、ソファに肘をついてニヤリと笑う。


 彼女が選んだのは、夕焼けみたいな色合いのラブソング。

 思い出の中の夏をそのまま閉じ込めたような、まっすぐな恋の歌。

 茉莉花の歌声は、風に髪をなびかせて笑う女の子のように、明るくて眩しくて――だけどどこか切なさを帯びていて。


 画面に表示された点数は、93点。納得の高得点だった。


「今に見てろよ。そっちが吠え面かく番だ」


 そう言って、真司は曲を決定する。

 選んだのは、ギターが火花を散らすようなイントロのロックナンバー。


 画面が切り替わると同時に、部屋の空気がピンと張り詰めた。


 マイクを握る手に力を込めて、真司は一気に歌い上げる。

 まるで戦いに挑むような声。衝動と葛藤を、そのままぶつけるような激しいメロディ。

 サビでは、立ち上がって片腕を突き上げる。カラオケのくせに本気すぎて、ちょっと笑えるけど、でも――熱かった。


 歌い終わって、画面に表示された点数は……83点。


「ぐおおおおおおお!? な、なんでだ!? 今の完璧だったろ!!」


「クセ強すぎて機械がびっくりしたんじゃないの?」

 茉莉花が腹を抱えて笑う。


「やったー! 私、ポテト逃れ確定!」


 二人とも昔から変わらない、その変わらない関係がとても心地よい。そんな二人のやり取りの横で、エリカがイヤホンを外して立ち上がる。


「じゃあ、つぎ私~!」


 エリカが選んだのは、静かな旋律に、胸の奥をそっと撫でるようなバラード。

 “もし、あのとき出会っていなかったら”――そんな問いかけから始まる、切ない“もしも”の物語。


 彼女の声は、どこか危うくて、でも澄んでいた。

 不安定な音の揺れが、むしろ言葉の重さを引き立てていく。

 やさしさと痛みが混ざり合ったような歌詞。

 “出会わなければよかった”という言葉の奥に、それでも“出会えてよかった”という想いが滲んでいた。


                   挿絵(By みてみん) 


 歌い終わる頃には、部屋の空気が静まり返っていた。


「エリカ、すご……あんた、そんな歌も歌えるんだ」

 茉莉花が小声でつぶやく。


「えへへ~。夢でね、なんか胸がきゅーってなって……それで、この曲思い出して。よくわかんないけど、今日はこういう気分だったの!」


 彼女の無邪気な笑顔に、僕たちは返す言葉を失った。


「エリカ……」

 僕が、言いかけたそのとき。


「はい、次は直央くんの番! どうぞどうぞ~!」


 有無を言わさずマイクを押しつけられた僕は、そのまま前に出る羽目になった。


 選んだのは、淡くて、優しくて、だけどどこか脆さを孕んだ歌。

 どこか脆くて、でも優しい――そんな歌だった。


 でも――声が上ずる。音程も、リズムもずれる。


 さっきのエリカの歌が言葉が、頭から離れなかった。

胸の奥に残る、あの声の余韻。夢の話。彼女の笑顔。


「直央、音外しすぎ~!」

 茉莉花が隣で笑ってる。その横で、エリカもけらけらと笑っている。


 ……そうだよな。

 「大丈夫、焦らなくていい」

 僕は心の中でそう呟いた。

 僕が支えていくって、決めたんだから。

 たとえ今、うまくいかなくても。僕が彼女の隣にいることだけは、ずっと変わらない


 そう思いながら、気持ちをこめて歌い直す。

 まっすぐで、飾らない声で。

 誰かに何かを証明するわけじゃない。ただ、今の自分をそのまま。


 サビの直前。ふとエリカを見ると、彼女は静かに笑っていた。


 その笑顔に、救われた気がした。


 ――最後の音が消えた瞬間、拍手が起こった。


  結果は、――ポテトは僕の奢り。

  でも、悪くない時間だった。


 ※※※

  熱々のポテトが運ばれてきたところで、ひとまず小休止。


 それぞれ好みのジュースを手に、ポテトをつまみながらゆるゆると談笑タイムに入る。


「……そういやさ」

 真司が、ふと思い出したように口を開いた。

「お前らにちょっと面白い話があるんだけどさ」


 その言葉に、エリカが即反応する。


「なにそれ!? 聞きたい聞きたいっ!」


 乗り出してくるエリカに、真司はやれやれと肩をすくめて、両手を広げた。


「ま、慌てんなって。うちの部活の後輩から聞いた話なんだけどよ。期末テストの期間中、ちょっとした怪奇現象があったらしい」


「怪奇現象……? どこが“いい話”なのよ、それ」


 ポテトをつまみながら茉莉花が眉をひそめる。


「そりゃ、お前。エリカにとっては最高の土産だろ。謎とき案件なんだからさ」


 にやりと笑いながら答える真司に、エリカは目を輝かせてさらに前のめりになる。


「謎とき!? それってどんなの!? ねぇ、もっと詳しく教えてっ!」


 テンションMAXで迫るエリカ。あまりにも距離が近すぎて、思わず僕はその腕をそっと引いた。


「……ちょ、エリカ。近いってば」


「ええ〜? 何、なおくん、もしかしてヤキモチぃ?」


 にやにやと楽しげにからかってくる茉莉花と真司の視線が痛い。

 僕は咳払いでごまかしながら、急いで話題を戻す。


「い、いいから。早く続き聞かせてよ」


「へいへい。じゃ、話すけどな。そいつ、教科書を家に忘れたはずなのに――」


 一呼吸置いて、真司が重々しく言った。


「――なぜか、次の授業で、その教科書が机の上に置かれてたんだと」


「え……?」


 テーブルの空気が、少しだけ静かになる。


「題して――『教科書の謎』ってわけだ」

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