日記06「教科書の謎①」
兄弟の再会を見届けた、次の日のこと。
アンサンブルの一階席、お客さんがいないときはいつも僕たちが座る日当たりのいい席で、僕たち四人は昨日の出来事を振り返っていた。
「へぇ〜、そういうことだったんだぁ」
茉莉花がテーブルに肘をつきながら、顔を両手で支えるようにしてうなずく。興味津々といった様子で、瞳がきらきらしていた。
「んで、謎とき部? なんだそりゃ。よく思いついたな、エリカらしいっていうか……」
真司はソファにふんぞり返りながら、腕を組んで感心したような、呆れたような、微妙なトーンでつぶやいた。
「エリカの思いつきにしては、まあいつも通りというか。いったんやるって決めたら、止まらないタイプだしね
それに、僕にも、ちょっと考えがあってね」
僕がそう言うと、真司が怪訝そうな顔でこちらを見てきた。
「その活動で、あれか……きっかけをって考えてんのか?」
「うん。まあ、試してみようかなって」
「へぇ〜……そっか」
僕の答えに、真司は今度こそ納得したようにうなずく。さっきとは違って、妙に含みのある表情だった。
僕、茉莉花、真司。三人の間に、一瞬だけ気まずいような、でもどこか温かい空気が漂う。
──それをあっさりぶち壊してくるのが、やっぱりこの子だった。
「そういうわけで! ふたりとも、部活に入ってくれないかなっ? 今ならまだ正式に申請できるんだよ、部員四人でギリギリ!」
キラキラした目でエリカが身を乗り出してくる。必死というより、楽しげにワクワクがあふれている。
僕たちは顔を見合わせ、そしてそろって少しだけ眉間にシワをよせて笑った。
──まったく、彼女には敵わない。
「悪ぃ、サッカー部の練習はサボれねぇんだわ」
真司が苦笑いを浮かべつつ、軽く頭を下げる。
エリカはすぐさま、今度は茉莉花に期待の視線を向けた。
「ねえ、茉莉花ちゃん……」
「うっ……ごめん、エリカ。私もバスケ部が……その……」
言いにくそうに目をそらす茉莉花。けれど、エリカは引かない。
「茉莉花ちゃ〜ん……」
潤んだ瞳、下唇を噛みしめてこちらを見上げるその表情は──まるで捨てられた子犬。
守ってあげたくなるような、罪悪感をくすぐる視線に、茉莉花は顔をぎゅっと歪めて……。
「ううう……ホントにごめん! 無理なものは無理なのっ!」
エリカの懇願と、何より茉莉花が惹かれていたのだろう。
その思いを理性で振り払うかのように全力で、拒否した。
「む〜〜、ふたりともケチぃ!」
エリカはぷくーっと頬を膨らませて、不貞腐れたようにテーブルに突っ伏した。
そんな姿すら、正直、かわいくてしかたがないと思ってしまう僕は──自分の感情に、ひとりで苦笑いする。
「……ところでさ、みんな部活で忙しいのは分かるけど、もうすぐ期末テストだよ? 大丈夫なの?」
現実を直視せざるを得ない僕の言葉に、三人は一斉に固まった。
茉莉花とエリカは「うわ〜」と嫌そうな顔。
そして真司はというと……もはや、魂が抜けたような表情で天井を見上げていた。
※※※
――それから、しばらく時が流れて。
部活はテスト週間に突入し、活動は一時お休み。明日からいよいよ期末テストが始まるということで、僕たち四人は“追い込み”の真っ最中だった。
場所はもちろん、喫茶アンサンブル。いつもの日当たりのいい席で、それぞれがノートや教科書と格闘していた。
真司はというと――
「……グラマトン? グラマティカ……えーと、グラ……なんだっけ?」
虚ろな目で単語をぶつぶつ繰り返している。どうやら、昨日やっとテスト範囲のノートを写し終えたらしく、今日から本格的に暗記作業に入ったらしい。うん、自業自得だね。
一方、茉莉花はというと、ちょっと疲れた顔をしているものの、真司とは比べ物にならないくらい余裕がある。
すでに範囲の勉強は一通り終えていて、今はチェックテストや要点の確認。完全に“定着率フェーズ”だ。さすが体育会系のくせに(?)、やることはしっかりしてる。
僕はというと、まだ頭に入っていない初日の科目を、今まさに詰め込んでいる最中。黙々と暗記中……だけど、集中力がときどき切れて、ついエリカに視線がいってしまう。
……エリカはというと。
「ふんふふ〜ん♪」
鼻唄まじりに、明日のテスト範囲をサクサクと要点まとめ中。
しかもそのノート、びっくりするくらい的確で簡潔。だが、その量は膨大でテストの範囲を全て網羅していた。実はエリカ、僕たちの中でいちばん成績がいい。
「エリカ、ずるいよな〜。普段はちょっと“あれ”な感じなのに、実は頭いいとか。なんか毎回、裏切られてる気がするんだけど」
真司が肩を落としながら、苦々しくぼやく。
「たしかにね。漫画とかだと、エリカみたいな“あれ”な子ってテスト壊滅か、よくても普通レベルなはずなのに。エリカ、毎回上位だもんね」
「ふふーん♪ 私は天才だからね!教えるのは無理だけど!」
どや顔で胸を張るエリカ。……あながち冗談でもないのがすごい。
実際、彼女は学年でも常にトップ5。授業態度や小テストはひどいし、人に教えるのは絶望的。なのに――期末や中間はいつも、堂々の上位。
期末や中間の本番では、毎回成績がいい。
しかも、その勉強法が……。
テスト期間中に要点や範囲を整理して、当日の朝か直前にその膨大な情報量を一度に詰め込む。常人には無理な詰め込み方。でも、エリカにとってはそれが一番しっくりくるらしい。
「そうだね。エリカ、普段“あれ”なのに、ほんとすごいよ」
僕が素直に感心すると、エリカは途端にむくれた。
「ちょっとぉ! その“あれ”って何よっ!? なんか私、アホみたいに言われてない!? 本当に褒めてる!?」
僕たちは息を合わせたように、こう返した。
「「「褒めてるよ。……ただ、普段はアホ」」」
その瞬間、驚いたふりで目を見開いて、ゆっくりとテーブルに突っ伏す。あきらかに演技だけど、そういうところが、なんだか放っておけない。
「……しくしく。みんなひどい……」
明らかに芝居と分かる泣きマネをしながら、テーブルに額を押しつけるエリカ。
そんな姿を見て、僕たち三人はつい笑ってしまった。
そして茉莉花が、エリカの頭をぽんぽんと撫でながら――
「はい、ご褒美♪」
スッとポッキーを取り出して、エリカの口にそっと差し込んだ。
「……もぐっ」
口を動かしながら、しっぽでも生えていそうな満足げな顔をしていた。
エリカがもぐもぐとポッキーをかじる音だけが、静かな午後のアンサンブルに響いた。
【あとがき】
新章開幕です!
ここからが本当の『ひらめき探偵エリカは毎日が新鮮』のはじまりです!