日記04「倉本くんの謎④」
「……朔真?」
「うん、初めましてでいいのかな? ホントにそっくりだね。びっくりしたよ」
目の前に現れた倉本くんに、僕たちは一瞬、言葉を失った。
「倉本くん、どうしてここに?」
「昨日さ、君たちが話してたこと、ちょっと気になっちゃってさ」
倉本くんは、少しはにかむように笑った。
「僕ね、自分が養子で、双子の兄がいるってことは知ってたんだ。だからさ、もしかしてって思って駅に来てみたら……二人が、僕そっくりの人と一緒にいるのが見えて。間違いない、って思ったんだ。きっと、あれが……晴哉だって」
まだ実感が追いつかないまま、久瀬くんが立ち上がって前に出て尋ねる。
「いつから……どこまで、知ってたの?」
倉本くんはふっと口元に手を当てた。右手で。まるで――さっきの久瀬くんの仕草を鏡で映したかのように。
「僕が知ってるのは、自分が養子ってことと、双子の兄がいて、その名前が“晴哉”ってことだけ。それ以上は、うちの両親もよく分かってなかったみたいで。……だから、どうしようもなかったんだよね。会いたいと思っても」
そう言って、倉本くんは、ほんの少しだけ視線をそらし、照れたように笑った。
「……でも、思ったより近くにいたんだね。会えてよかったよ、晴哉」
すると久瀬くんも、どこか照れたように笑い返した。
「うん。僕も、会えて嬉しいよ。……朔真」
二人は、そっと手を伸ばし合って、握手を交わす。
ずっと離れ離れだった双子の兄弟が、ようやく再会を果たした瞬間だった。
「うんうん……!」
横で見ていたエリカが、涙ぐみながら感動している。
僕は、そんなエリカの肩をそっと押して、その場を離れた。メモだけを残して。
――たぶん、今は二人きりにしてあげた方がいい。
長い時間を越えて、ようやく結ばれた小さな絆。その空気を壊したくなかったんだ。
***
帰り道、僕とエリカは、家の近くの公園にいた。
「……公園、寄りたい」
エリカがそう呟いたので、僕たちは遠回りしてブランコのある広場へ向かった。
そこからずっと、エリカは無言だった。
いつもなら明るくて、元気で、テンションが高くて。けれど今は、まるで世界の音がすべて遠ざかったみたいに、黙ってブランコに揺られている。
……何を、考えてるんだろう。
沈黙のあと、唐突に彼女が立ち上がった。
「よしっ! 決めた!」
「……え?」
「部活を作る!」
「ぶ、部活?」
あまりの急展開に僕がきょとんとしていると、エリカはくるっと振り返って、真剣な目で僕を見つめてきた。
「今日のことを見て思ったの。世界には、まだまだ知らない“謎”がたくさんある。 でもね、それを解き明かすことで――誰かの心が救われたり、幸せになれるって、思ったの」
その瞳は、まっすぐだった。まるで星のきらめきをそのまま閉じ込めたように、輝いていた。
「わたし、今日の出来事、とっても綺麗だって思った。……もっと、見てみたい。もっと、感じてみたい」
エリカの笑顔は、いつもの天真爛漫なそれとは違っていた。やさしくて、あたたかくて、すべてを包み込むみたいな――そんな笑顔だった。
僕は、その笑顔に見とれていた。
「私ね、謎って、誰かの心にできた小さな影みたいなものだと思うの。それを見つけて、明かしてあげたら……世界がちょっとだけ、綺麗になるきがするの」
エリカは一度目を伏せ、決意を新たに振るように、うなずいた後。
「だから、部活を作る! “謎解き”を通して、みんなの悩みとか、不安とか、そういうのを少しでも晴らしてあげられるように!」
言い終えて、エリカは一瞬だけ目線をそらし、それから――まるで狙いすましたかのような上目遣いで、僕を見上げた。
「直央くんも、一緒にやろ?」
そんな筈はないのに、エリカは僕の想いに気付いているんじゃないかと思うくらい、あざとい表情、しぐさをする。
いや、たぶん無意識なのが、もっとタチが悪い。
「……わかったよ、エリカ。一緒にやろう」
その表情を見たら、もう逆らえなかった。
「やったー! “やっぱなし”はナシだよ? 約束だからね!」
「うん。約束するよ」
つくづく思う。
――僕は、エリカに弱い。
この笑顔には、勝てない。
こうして、探偵エリカとその助手である僕・雨宮直央の、“謎解き部”が誕生した。
きっとこれから、たくさんの事件や謎に巻き込まれていくんだろう。
楽しいことも、つらいこともあるかもしれない。
だけど、僕はなんとなく感じた。
変わらない現状を打ち破り、エリかを明日につれていくきっかけになるんじゃないかって。
【あとがき】
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
ep5までで気になってくれた方へ──
ここまでは、プロローグ。
ここからが、本当の「ひらめき探偵」のはじまりです。
少しだけ、この先もお付き合いいただけたら嬉しいです。