第6話 ダメ王子再教育計画
「朝です。とっとと起きてください」
いつもとまるで違う朝にエドワードは驚きを隠しきれないという顔で目覚めた。何しろベッドが違う。起こしに来たのが侍女ではない。部屋の中が殺風景だ。朝日の入り方がまるで違う。
そして考える。
ここは何処だろう?こいつは誰だろう?
「寝ぼけてるんですか?とりあえずお茶だけは入れましたから。さあ、飲んで」
目の前に差し出されたカップはなんとも貧租なものだった。毎朝モーニングティーを飲んでいたカップは白磁に季節の花が描かれた高級品だった。鼻にたどり着いた香りはまあそこそこ。
「悪くはない」
そう言ってカップを受け取り一口飲むと、昨日のことがはっきりと思い出された。
「あ」
そこでようやくエドワードはどうして体が痛いのか気がついた。寝台が変わった。王族の別邸として用意された館の寝台であるから、それはそれなりに品質はいい。だが、エドワードが王城で暮らしていた時に使っていた物に比べれば劣る。要するに、生まれてから使い続けてきた寝台と違うからなのだが、エドワードにはそこまで考えはいたらなかった。まぁ、とにかく寝台が変わったから寝心地が違う。エドワードにとってはその事実だけで十分だった。
「思い出しましたか?今日も仕事ですよ。言っておきますけど、今月は赤字ですから食事は出せません。昨日と同じように三食王城の食堂でとってもらいます」
寝癖だらけのエドワードと違い、仁王立ちするアルゲオは綺麗に整えられた髪型にシワひとつないお仕着せを着ていた。もちろんエドワードが着ている物とは種類が違う。
「わかった」
とりあえず朝の身支度を済ませようとエドワードは立ち上がった。が、そのさきが分からない。洗面所はどこにあるのだろう?
「コチラです」
アルゲオは唯一の寝室に繋がる洗面所にエドワードを連れていった。
「赤字ですけど水は使えます。要するにタダです。魔石が付いていますからお湯も出ます。ただ、交換は実費になります。結構いい魔石がついていますから、当面交換の心配は無いでしょう。なにしろあなたが王族として最低限の品位を保てるようになっていますから」
アルゲオの若干嫌味の含まれた説明を聴きながら、エドワードは顔を洗いそこにあった櫛を使って髪をとかした。さすがにそのくらいはできる。たったそれだけで、鏡に映るエドワードは王子様らしい見た目になった。
「さっさと脱いで」
現実にもどるとアルゲオが全く優しくない着替えの手伝いをしてくれた。まぁ、オトナの男が成人したての男の着替えを手伝うなんてふざけてる。だが仕方がない。アルゲオはエドワードのフットマンなのだ。エドワードの世話をする唯一の存在なのだ。
「まったく、あなたは昨夜の私の話を聞いていましたか?聞いてなかったですよね?」
「なぜそう思う」
「なぜって?私、昨夜言いましたよね。脱いだ制服はハンガーにかけてくださいって」
「かけただろう?」
確かにアルゲオはハンガーからエドワードの着替えのお仕着せをはずして渡してきた。つまりハンガーにかけられている。
「かけたの私です」
「は?お前、今日から仕えるからと言っただろう」
そこは覚えていたエドワードである。
「ええ、言いました。あなたそんなところは覚えているくせに、肝心な事は聞き流したんですね」
「何を言う。肝心なことはちゃんと聞いていただろう。お前は今日から俺の侍従なんだろう?だから昨夜は何もしてくれなかったじゃないか」
おかげでものすごく寝づらかったのだ。何しろエドワードは生まれてこの方ベッドメイクなんてした事が無いのだ。だからシーツをどうしたらいいのかわからず、とりあえず広げてそこに寝たのだ。
「ですからね。今日からですから、キッチリ今日からあなたのお世話をしたんですよ」
そう言ってアルゲオは時計を指さした。壁にかけられたとけいはまだ、6時を過ぎばかりだ。それを見て、エドワードはまさかと思いつつもアルゲオの顔を見た。
「12時ぴったりにこの部屋に入って片付けをしたのは私です。椅子の背もたれにかけられた制服をハンガーにかけ直し、あなたのぐちゃぐちゃな布団をかけ直したのは私です」
生まれた時から誰かに世話をされて生きてきたエドワードであるが、この歳になって誰かが寝室に入ってきたことに気づきもせずに寝ていたとは不覚にも程がある。昨日失ったばかりとはいえ、王位継承権を持っていた男である。それなのに、人の気配に気づけなかったとは情けない。
「まぁ、なれない仕事で疲れていたこともあるでしょう。それに、昨日も言いましたが、私は元騎士です。仕える相手に気づかれないように部屋を片付けることぐらいできます」
よく分からないがアルゲオが、ドヤ顔で言ってきたので、エドワードは素直に褒めることにした。昨日からいろいろありすぎて、もう考えるのが面倒なのだ。
「さぁ、馬車に乗ってください。王城に出勤です」
いくら王位継承権が無くなった男子とはいえ、エドワードの身支度にかけさせられた時間が短すぎる。しかも、外に出たら目の前に馬車が停まっていた。
「そんなに遠いのか?」
馬車に乗り込みエドワードはアルゲオに尋ねた。最低限の品位を保つ程度の援助しかないのだから、馬車なんて乗れるわけが無い。エドワードはそう思っていたのだ。ソレなのに馬車に乗って出勤するということは、エドワードに与えられた白雪の館は相当王城から離れていることになる。
「近いですよ。貴族街の中にあります。言ったでしょ?王族としての品位を保つ程度の援助があるって」
「この待遇が?」
「そうです。いくらなんでも王族が王城に出勤するのに徒歩なんて有り得ませんよ。品位が損なわれます。いくら早朝とはいえ、王城には常に門番が立っていますからね。歩いて出勤したなんて、いい笑いものです」
「俺の品位がこれ以上下がるとは思えないが」
「だからです。最低限の品位を保つって言いましたよね?これ以上下げられたら私が困るんです。もう下げないでください。これ1ミリも!」
何故か馬車で隣に座るアルゲオに怒られて、エドワードは思わず姿勢を正した。王族としての品位と言われると、確かに下げまくった自覚はある。
そうしてエドワードはアルゲオに連れられて食堂に入った。朝食はパターンが決まっているのか、焼きたてのパンは食べ放題で、具だくさんのスープは昨日と同じ味付けだ。早朝とあって席についている人はまばらで、割と静かだった。
「思ったより人が少ないな」
エドワードが思ったことを口にすると、アルゲオが解説してくれた。
「朝食を食べに来る騎士はまだですからね。この時間はまだ夜勤が終わっていません。反対に、侍女たちは仕事が終わっていま朝食を食べ王城内の自室に戻っていくんですよ」
「門番はまだ仕事が終わらないのか?」
「あなた何言ってるんですか?門番は騎士ではありません。兵士です」
「そうなのか」
「そもそも騎士は騎士団に専用の食堂があります。体力が必要ですから、量が多いんです。ただ昼食しか出ないんです。騎士によっては自宅から通っている者の多いですからね」
さすがは元騎士団所属なだけあって、アルゲオは詳しかった。その他にもいろいろ説明せてくれたおかげで、エドワードは退屈せずに朝食の時間を過ごすことができた。
「誰かと食べるのは、やはり、いいな」
「それはよかったですね」
アルゲオは半分聞き流しながら返事をしていた。