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第5話 断罪劇のあと始末の始まり


「埃っぽいな」


 唐突に仕事をさせられて、着の身着のまま新しい自宅に連れてこられたエドワードは、一歩中に踏み込んで開口一番に不満を漏らした。


「当たり前でしょう?何10年も誰も住んでいませんでしたからね」


 エドワードの背後から呆れたような声と盛大なため息が聞こえた。と、言うより頭上から落ちてきた。今朝までのエドワードであったなら、「無礼者」とでも怒鳴っていたことだろう。だが今は、そんな気力なかった。何しろ心身ともにかつてないほど疲れているからだ。

 なにしろエドワードは今日一日訳が分からない状態だった。最初に着替えだ。私物がほとんど没収されたから、着替えの服はお仕着せだった。なぜなら仕事をさせられたからだ。王位継承権がなくなったエドワードに内政の仕事を与えられないため、与えられた仕事は外交関係だった。しかも外国から届いた手紙の翻訳だった。きちんと学園で授業を受けていたのなら、多少は読めたであろうはずなのに、エドワードはろくに授業を受けず、王族としての仕事もしてこなかったから、手紙を見てもどこの国からの物かさえわからなかった。封筒の押されたスタンプを見て、どこの国から来たのかを確認して、辞書を探し出し一日かけてようやく一通の手紙を翻訳したのだった。朝一番に食費も残っていない赤字だと告げられたので、エドワードは三食王城の食堂で食べたのだった。王子であるエドワードが、下級役人から騎士までが利用する王城の地下食堂で食事をしたのだ。幸いなことにお仕着せを着ていたエドワードに誰も気づくことはなかった。しかも、三食目の夕飯を食べるときには疲れ切っていてエドワードも周りの目など気にしている余裕はなくなっていた。

 そんなわけで疲れ切っていたエドワードではあるが、王族としての品位を損なうわけにはいかないため、通勤には馬車が用意された。もちろん貸し出しである。それに、エドワードは新しい自分の住まいである白雪の館の場所なんて知らなかった。だから渡された鍵で玄関を開けたのだが、他に誰かがいるだなんて思わなかったのだ。


「お前、誰だ?」


 振り返って相手の顔を確認したエドワードであるが、まったく知らない顔だった。もとより、明かりが相手の持っているランプだけだったので、どちらかと言うとエドワードの顔の辺りが明るかった。


「王城から派遣されたフットマンです」


 だいぶ不機嫌な声で返事をされた。


「フットマン?」


 聞きなれないその言葉をエドワードはそのまま聞き返したが、相手は無言でエドワードを家の奥に引っ張っていった。


「座ってください。説明しますから」


 小さめのリビングに、簡単な応接セットがあって、そのソファーに無理やり座らされて、エドワードの向かい側にフットマンと名乗る男が座った。明かりのついたリビングで、ようやく相手の男の顔が見えた。


「まずは自己紹介からします。私の名前はアルゲオ・フィッシャー。もとは騎士団に所属していました。実家は子爵家、下位貴族ですね。結婚はしていませんが、兄が後を継いだので平民になりました。騎士団で事務処理を担当していたので今回あなたのフットマンに抜擢されました」

「ああ」


 アルゲオがやや早口だったので、エドワードはなんとか相槌をうつしかできなかった。たしか、王族の品位を保つ程度の人員しか派遣できないと聞いていたが、まさかフットマンが来るとは思ってもいなかった。つまり、本当に最低限の人員なのだ。


「私がフットマンということでお分かりいただけるかとは思いますが、侍女やメイド、まして料理人や護衛騎士なんてつきません。本当に必要最低限の人員なんです。子爵家ですがもとは貴族で騎士団に所属していたから護衛もできますし掃除洗濯料理もできます。なんなら着替えの手伝いもできます。ただ、残念なことにあなたの予算が赤字だから、掃除は出来ても洗濯も料理もできません」


 きっぱりと言われてエドワードは悟った。フットマンということは何でも屋だ。本来なら給仕や来客の相手をするポジションなのだが、予算がほぼない最低限の品位を保つためにあてがわれたフットマン、それが目の前にいるアルゲオ・フィッシャーなのだ。下位とは言えど、貴族家出身で騎士にもなった。つまりきちんと学園を卒業して品格や知識を持っているということだ。何にもしないで学園を卒業して、王位継承権をはく奪され無一文になって王城から放り出されたエドワードとは大違いなわけだ。しいていうなら、ギリギリ王族のエドワードに仕えることになったのはある意味出世したともいえるのかもしれない。


「あ、ああすまない」


 目の前に座るアルゲオが自分より大きく、年上だからなのか、今日一日で嫌というほど思い知らされたエドワードは、よくわからないけれど謝った。色々ひっくるめて、アルゲオに貧乏くじを引かせてしまったのだろう。


「すまないって、何がですか?食事が出ないことですか?給金は国から貰えますから安心してください。私はあなたの最低限の品位を保持するために派遣されたんです。ですから、明日から誠心誠意お勤めさせていただきます」

「明日から?」

「ええ、明日からです」

「なんで明日?」

「辞令です。ここに日付があるでしょう?明日から勤務なんです。だから明日からお世話をさせていただきます。あなたの寝室は二階です。二階に食堂もあります。あなたの生活空間は二階です。わかりましたか?」

「は、はい」

「寝台は何とか使えると思いますよ?新しいシーツが置いてありましたから」

「おいてあった?」

「ええ、置いてありました。あと、クローゼットにあなたの私服が何点か入っているようですから確認してください。とはいっても、明日もそのお仕着せで仕事に行きますから、脱いだらしわにならないようにハンガーにかけるのを忘れないでくださいね」


 アルゲオに一方的に話を終わらされて、エドワードは二階に追い立てられてしまった。二階にはエドワードがあらかじめランプをつけてくれていたので、エドワードは寝室にたどり着くことができた。そうして、本当に寝台の上にシーツが置かれているのをみて絶望した。だってエドワードは寝台の整え方なんて知らないのだ。


「とりあえず寝られればいい」


 人生で初めて仕事をしたエドワードは、脱いだお仕着せを椅子の背もたれにかけ、下着姿でぐちゃぐちゃな寝台にもぐりこみ、泥のように眠りについたのであった。

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