第2話 私は悪役令嬢なのよ!
「ここかっ」
バタンっと言う激しい音がして乱暴にドアが開けられた。飛び込んで来たのは兵士ではなく騎士だった。王城の騎士なのは、制服で判断出来たから、エレシアは睨むような目線をその騎士に向けた。兵士よりも存在が厄介なのだ。なぜなら、所属によってはあることないこと言われるかもしれないし、下手をすればアノ王子の私設騎士である可能性もあるからだ。あかりのほとんどない状態では、騎士服の微妙な色の違いなど分からない。
「は?え?な、なぜ?何故ここにエレシア様が?」
エレシアを確認した騎士はかなり驚いた様子で辺りを見渡した。そして暖炉に火がついていることを確認すると、ドアの外に向かって叫んだ。
「ここだ!ここに火がある」
その一声を聞いて、複数の足音が集まってきた。エレシアは短剣の存在を確認しつつ、優雅に椅子に座り直し騎士たちを迎えた。
「消火はっ」
そう叫びながら駆け込んできた複数の騎士は、暖炉の前で椅子に座るエレシアの姿を見てピタリと動きを止めた。
「「「エレシア様?」」」
どうやら人は驚きすぎると見たものをそのまま口に出してしまうらしい。
「騒々しいわね。なんの用かしら?」
空腹と寒さで声が震えそうだったけれど、エレシアはあくまでも優雅に公爵令嬢らしく振舞った。ここは勝負どころである。悪役令嬢としてのカンだけど。
「そ、それは、ですね。人気のない無憂宮に煙が上がっているのが見えたものですから……」
なるほど、もっともだとエレシアは思った。人を呼ぶのにこれ程最適な物はなかったのだ。火は便利だが、使い方を誤れば全てを失う。王城の騎士たちは賊よりも何よりも、火の手を一番恐れているのだ。その結果が今こうしてエレシアの前に現れていた。要は狼煙だ。エレシアは、意図しないままに狼煙を上げて、自分が無憂宮、つまりここにいることを知らしめたというわけだ。
「ちょうどいいわ。あなたたち、お父様を呼んでくださらないかしら?」
エレシアがそう告げると、直ぐに騎士が反応した。
「はっ、直ちに」
エレシアに、敬礼のような挨拶をして、キビキビと動いて部屋を後にする騎士。まぁ、伝達は一人で十分である。
「それとね。私喉が渇いてるの。お茶が飲みたいわ」
エレシアがそう言うと、また騎士が一人部屋を後にした。そのほかの騎士たちは何かを察したのか、無言で行動を開始した。大理石の床に騎士たちの硬い靴が当たる音が響き渡る。程なくして庭に灯りが見えた。騎士たちが無憂宮に貴人のいることを示したのだ。
「大変お待たせ致しました」
こんな時間に、まして一番奥にある離宮に呼び出されたにもかかわらず、侍女は表情一つ変えずにていねいな所作でお茶を入れてくれた。
「ごめんなさいね。こんなところに呼びつけてしまって」
エレシアは謝りながらもお茶を口に運んだ。何時間かぶりに口にする温かなお茶だ。まさに五臓六腑にしみ渡る温かなお茶なのだが、はしたない真似は出来ないためあくまでも優雅な姿勢は崩せない。
王城の侍女であるから、所作はともかくお茶のいれ方は完璧である。香り高く味わい深い。空腹であるからこそ、エレシアは余計にお茶を味わってしまった。
「とても美味しいわ。ありがとう」
エレシアが礼を述べると、侍女は無言の礼で返事を返す。優雅な姿勢を崩せないエレシアであったが、困ったことが起きた。温かなお茶が胃に入ったことにより、活動を始めてしまったのだ。これはまずいと思ったエレシアは、ふと思いついたかのように口を開いた。
「お父様はまだかしら?」
侍女はその問いかけに反応し、部屋を出て確認しに行ってくれた。お茶を入れるだけの侍女が来ていて、宰相閣下たる父親が来ないのはいかがなものか。と言ったところだ。まあ、理由はわかっている。まず、火事かと思ったらそこにいるはずのないエレシアがいて、騎士たちは宰相閣下を呼んでくれ。と言伝を受けたのだ。イレギュラーな事がいろいろとありすぎて、報告が立て込んでいるのだろう。エレシアの父である宰相閣下は忙しい身の上なのである。
クゥ
かわいらしい音をエレシアのお腹がたててきた。空腹なのだエレシアは。ごまかしようもなく、お腹が空いて仕方がないのだ。立食パーティーの食事はとてもおいしそうだった。サーモンとクリームチーズのサンドイッチを食べ損ねたことが悔やまれるエレシアなのである。
それに、寒さから体が発熱をしようとしているから、余計なエネルギーが消費されているのだろう。鳥肌は立たないけれど、それでも足元が寒くて仕方がない。暖炉側の足は何とかなっているが、逆側は冷たい。やっていいのなら、足をスリスリしたいところだ。
「お待たせいたしました。宰相閣下がお見えになられます」
侍女が報告を持ってきてくれた。どうやら先ぶれが来たらしい。ようやくである。
「そう、ありがとう」
エレシアは余裕のある顔をして、残りのお茶を飲み干した。エレシアがつけた暖炉の炎と、胃の中に入った温かなお茶のおかげで、ようやく体が温まったエレシアなのであった。もちろん、そんなことはお首にも出さないけれど。