第12話 ダメ王子現金を手に入れる
「喜んでください。現金が手に入りました」
鬼のような勢いで王城に帰ってくると、書記官のサムエルとアルゲオはすごい勢いで事務処理に取り掛かった。とにかく精算は一日でもか早い方がいい。即刻処分を下したルクスーク地方の領主のいとこの未亡人の件もサクッと処理されていた。取るに足らないことがらだが、やはり国からの支援金を横領した罪は大きい。シスターたちも山奥の修道院送りになることが決定した。確認者の欄に自分のサインをして、エドワードは改めて慰問の大切さを実感するのであった。
「こうやって小さな不正を暴く事が大きな不正を抑止するのです。地方だからと呑気に構えている連中に喝をいれなるのは王族の役割なんですよ」
そんなことを言いながら、アルゲオは帳簿を付け始めた。先程得た現金は、誰でも一律で支給される出張費の事で、慰問をしたエドワードに支払われたものである。そここら何やら細かい金額を差し引いて、残りの現金をエドワードの前にアルゲオは差し出した。
「こちらが今回の慰問でのあなたの取り分です。必要経費、具体的には孤児院でくばった飴の代金はわたしの持ち出しだったのでその分を頂きました」
何の話だろう。とエドワードは少し考えた。飴?飴なんか食べた覚えがない。そんなことをぼんやりと考えてふと思い出した。そうだった、子どもの顔と名前を確認する際、エドワードが名前を呼んで1人にひとつずつ何かを渡していたのだった。
「ああ、あれは飴だったのか」
よくよく考えてみれば、エドワードが飴を舐めたことなど記憶には無い。良くは覚えていないが、「はしたない」とか、そんな理由で母親から取り上げられて、それ以降飴を口にする機会が無くなったのだった。その代わり、お茶の時間にケーキをよく食べるようになった。作法の授業の一貫だったので、楽しくなかった思い出しかないのだけれど。
「なんだと思っていたんです?」
アルゲオがエドワードをじっと見つめた。これでも王子様であるから、庶民の食べ物に疎いのかもしれない。
「なにかの薬だと思っていた。予防薬みたいな。……あれは飴だったのかと思ってな」
ふと物思いにふけるように、目線がどこかにいくエドワードを見て、アルゲオの体のどこかがツキりと傷んだ。その痛みに気がつく前に、エドワードの腹がグゥと鳴る。
「ああ、もうこんな時間でしたね。市井の食堂で食事ぐらいできますよ?」
「いや、いい。疲れた。地下の食堂で食べて仮眠室で寝たい」
流石に疲れた顔を見せられて、アルゲオもその方がいいと思い直した。何しろ目の前にいるのは正真正銘の箱入り息子の王子様なのだ。
「分かりました。ではこれを金庫にしまいますからしばしお待ちを」
短く告げてアルゲオはこの部屋にある簡易金庫に帳簿と現金をしまうことにした。食堂はともかく、仮眠室に持ち込んでいいものではない。何しろ王族の帳簿だ。エドワードが赤字経営なのが丸わかりなのだ。そんな恥の履歴しかない帳簿はきちんとしまって置かなくてはならない。
「さぁ、行きましょ……う?」
アルゲオが振り返ると、エドワードは机に突っ伏して寝息を立てていた。相当疲れていたのだろう。息遣いが少々荒い。
「お腹がすいていたのではないのですか?」
揺さぶり起こそうとして、アルゲオの手が止まる。腐っても王子様、紛れもなく王族なのだエドワードは。そんな人が埃っぽい髪で風呂にも入らず疲れきった顔で寝ているのだ。叩き起して食堂と言う公共の場に連れていくのは危険だ。大いに危険である。
「全く」
アルゲオは他に誰もいないことを確認すると、執務室の奥にある扉を開いた。外交関係の役人が詰める執務室には仮眠室が付いていた。諸外国とのやり取りで徹夜を強いられることもあるからだ。
「まぁ、成人男性にしては軽い方ですね」
元騎士であるから、体力と腕力はそれなりに自信のあるアルゲオである。負傷者を運ぶことを考えたら、熟睡している王子様を仮眠室に運ぶことぐらいどうってことは無い。
「ああ、シワになる」
そう言って慣れた手つきでエドワードの服を脱がしにかかる。そもそも礼服は王城にいた時に仕立てたものだから、誰かに着せてもらうように作られていた。だから脱がしやすくて当たり前なのだ。
「王位継承権がなくても王族のあなたの子種を欲しがる女はいくらでもいるんですよ?ルクスーク地方でのことをもう忘れたんですか?」
無防備に下着姿で寝入っているエドワードを見て、アルゲオは呟いた。もっとも、エドワードをこんな姿にしたのはアルゲオなのであるのだが。
「鍵をかけて、軽食を貰って来るとしますか」
指に鍵を引っ掛けて、アルゲオはエドワードを残して食堂へと向かった。もちろん、エドワードが起きる気配はなかったから、自分は食堂で温かい食事をとるつもりである。
「ああ、忘れてましたね。王子様の柔肌の手当をしなくては」
思い出したように口にはしたが、先に自分の腹を満たしたいのである。椅子に座っていたから、エドワードの尻はそこまで酷くは無さそうだ。
「軟膏をぬるのが一番効くんですよね。滲みるかもしれないから、寝ているすきにぬるのが一番ですね」
塗ったときのエドワードの反応を想像しながらアルゲオはまずは食堂へと急ぐのであった。夕食の提供時間が差し迫っているからだ。注文口でエドワードの夜食を頼むのも忘れない。エドワードが起きなければアルゲオが食べればいい。何しろアルゲオはエドワードの唯一の侍従である。王城に泊まるからには護衛をしなくてはならないのだ。
「王子様の寝顔を眺めながら食べる夜食も美味しそうですね」