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第10話 ダメ王子疾走する


「すごい、本当にパンに肉が挟まれているだけだ」


 トンネルの中の休憩所でエドワードは宿屋から出された弁当を見て驚いた。以前に食べたサンドイッチとは比べ物にならないぐらいにシンプルで、肉の味しかしなかった。多分塩はかかっているとは思うのだが、馬を走らせたから、必然的にエドワードも体力を使ったわけで、汗をかいた分塩分が欲しかったのかもしれない。たしかに、塩のためにルクスーク地方は手放せない。実感して切実にエドワードは思うのであった。

 馬は水場でゆっくりと水を飲み、体を休めている。空になった水筒に水を入れ、たっぷりと水分補給すると、出発の準備である。アルゲオの説明通り、トンネルの中の休憩所は広場のような造りをしていて、共同の水場はさして広くもなかった。トンネルの中であるから火を使うことは出来ないので、実際は夜にただ眠るだけなのだろう。天井に取り付けられた魔道具が、風を送り出しているからその風に乗って馬の移動はかなり楽だった。本当に日没ごろ、ルクスーク地方にたどり着いた。

 出口は商人や乗合馬車でごった返していたが、王族のエドワードの手続きは別枠でしてもらえたため、すんなりと終わった。

 そして、一番の問題は宿屋である。ルクスーク地方にも領主はいるが、領主館はこの街にはない。一つ先の街にある。もはや夜になりつつあるため、移動は無理なのだ。


「今夜はこの宿に泊まります。夕食は部屋に運ばせますから、くつろいでいてください。サムエル、私と一緒に行きますよ」


 そう言ってエドワードを部屋に残し、二人は出ていってしまった。しかも、ご丁寧に部屋の扉にしっかりと鍵をかけていったのだ。まったくもってエドワードを信用していない。というか、エドワードの扱いが雑だ。


「くつろぐと言っても、尻が痛い」


 昨夜はアルゲオがしてくれたけれど今はいない。仕方がないのでエドワードは下を脱ぎ、自分でタオルを濡らして尻に乗せた。


「冷たくて気持ちがいいな。……ああ、疲れた」


 そのままエドワードは眠りについてしまったのだった。そして、その後戻ってきたアルゲオが面倒だったのか起こしても起きなかったのかは定かではないが、エドワードが目を覚ますと、翌朝になっていた。ちなみに、この宿でもベッドが二つしかなかったため、二つつなげて男三人で寝たのであった。もちろん、最大限に配慮して、エドワードが落ちないように真ん中だったのは言うまでもない。


「こちらが今回手配した馬車です」


 宿で朝食を済ませると、エドワードが着替えさせられたのはお仕着せではなく礼服だった。浄化の魔石で綺麗にされて、髪型まで整えられたエドワードは正しく王子様だった。


「こちらに乗ってください」


 アルゲオに言われて馬車に乗り込んだが、座席が片側にしかついていなかった。


「え?」


 戸惑うエドワードの耳元でアルゲオが小声で言った。


「あなたしか乗らないのだから、座席はそれで充分でしょう」


 そして肩を押さえてエドワードを無理やり座らせると、すぐさま馬車が走り出した。御者は書記官であるサムエルがしていて、アルゲオはさすがはもと騎士らしくさっそうと馬にまたがっていた。街の舗装が王都より良くないのか、やたらと揺れる馬車の中、一つしかない座席でエドワードは感動していた。


「尻が痛くない」


 たった一つしかない座席だけれど、恐ろしいほど座り心地がいいのである。要するに一点豪華主義、平たく言えば経費削減である。


「さあ、どんどん詰め込んでください」


 馬車が停まったと思ったら、ドアが開いてアルゲオの声が聞こえた。そして、馬車の座席のないスペースに男たちがどんどん荷物を詰め込んでいく。驚くエドワードを軽く無視して、足の踏み場もないほどに積まれた荷物は小麦の袋だった。


「次に行きますよ」


 アルゲオの指示で再び馬車が動き出す。そしてついたのはまたもや店の裏のようで、今度は女たちが荷物を載せてきた。今度は布のようで、色とりどりの布がエドワードの前に積み重ねられていった。


「さあ、最初の孤児院まで急ぎますよ」


 アルゲオの合図で馬車がなかなかなスピードで動き出した。だがしかし、ふかふかな座面に座っているエドワードにはほとんど衝撃が来なかった。そうして街道を突き進み、ルクスーク地方の孤児院に到着した。


「さあ、エドワード様」


 侍従よろしく、アルゲオが馬車の扉を開けてエドワードを下ろした。目の前にはシスターと思しき女性と、神父が立っていた。


「初めまして、エドワードと申します。おばあ様……いや、女王陛下の代理で参りました」


 そう言ってエドワードが頬を赤らめながらほほ笑むと、シスターはともかく、神父までもが狼狽えていた。それほどにエドワードのキラキラ王子様オーラは凄いのだ。すごいからこそ、やじ馬で見学に来ていた一般人たちまでもエドワードのことをうっとりと見惚れてしまったのだった。

 

「先に寄贈品をお渡ししたいのですが」


 書記官であるサムエルが神父に声をかけると、神父が慌てて背筋を正した。せっかくやじ馬、もといギャラリーが集まっているのだ。宣伝活動をして、周囲に広報活動をしたいただかなくてはならない。

 そんなわけでエドワードが目録を読み上げると集まったやじ馬たちからどよめきが起きた。国から支援を受けていることは知っていたが、実際どの程度なのかは知らなかったのだろう。そうしてエドワードが一番上の布をシスターに渡すと、周りがざわついた。やはり現物を見ると興奮するのだろう。

 続いてアルゲオが小麦の袋を取り出すと、やじ馬から声が上がった。


「誰か、荷車を持ってこい」

「王子様に運ばせちゃなんねえよ」

「手伝うぞ」


 口々に言いながら、馬車の傍に荷車を持ってきて、サムエルの確認のもと荷物が下ろされる。そうして孤児院の中に荷物を運び込め、再び神父が目録と照らし合わせる。その様子はサムエルの持つ記録の魔道具にしっかりと納められていた。エドワードが子どもたちに声をかけ、簡単な遊びをしている間にサムエルは自分の仕事を遂行する。もちろん帳簿の確認だ。すべてのページを魔道具に記録させ、子どもたち一人ひとりの顔と名前を確認する。その際、アルゲオがどこからともなく飴を取り出し、エドワードに名前を呼ばせる、という技を披露してくれた。アルゲオが言うには、遠征なので支給品を配る際に騎士団で当たり前に行われていることらしい。もっともそのおかげで子どもたちは「王子様に名前を呼ばれた」とはしゃいでくれたので良い結果である。


「あちらの粉屋で小麦を買い付けます」


 孤児院を出ると、再び寄贈品が馬車の中を埋め尽くした。


「なんでここで買うんだ?」

「運搬の手間と費用の削減です。だってあなたの財政赤字なんですよ?持ち出しができないのですから、予算の範囲で賄うにきまっているでしょう」


 エドワードの素朴な疑問は、節約家のアルゲオに一蹴されてしまった。確かに、王都から寄贈品を運んだら馬車が何台も必要になるし、盗賊よけの護衛も必要だ。いまのエドワードにそんなことができるはずがなかった。


「今のところ、申請は全て通っていますのでご安心ください」


 サムエルがニコニコと笑いながら報告してくれた。どうやら買い物をするたびにサムエルが腰に下げた魔道具のカバンから、精算の申請を出していたらしい。つまり、荷物の運搬兼エドワードの乗り物となっているこの馬車も申請が通ったようだ。


「ルクスーク地方の領主館に向かいます。隣町ですが、小一時間程で着きます。そこで昼食をとりながらの会談となります」


 またもや会食である。

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