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第1話 責任者は誰?

「ありえないんだけど」


 窓から夜空を眺めながら、悪役令嬢エレシアは深いため息をついた。

 ここは王城の奥にある離宮無憂宮だ。名前の通りであればよかったのだが、全くもって憂いの気持ちしかエレシアにはなかった。何しろエレシアは乙女ゲームの悪役令嬢だったからだ。何かにつけてヒロインのライバルとして登場し邪魔をするキャラ、という立ち位置だったのだけど、結果論としてエレシアはヒロインに何もしなかった。いや、する必要が無かった。

 何しろヒロインがお粗末すぎたのだ。普通、乙女ゲームのヒロインは健気で努力家、一見平凡な顔立ちだが庇護欲をそそられる様な小動物顔である。それなのに、エレシアの前に現れたヒロインはちょっと、いや大分違ったのである。見た目は確かにヒロインらしく、小動物を思わせるいわゆる童顔、丸くてタレ目の大きな瞳に長いまつ毛、小ぶりの鼻に少し上向きの上唇はツヤツヤとしたピンク色だった。髪の毛は淡い金髪で、色素の薄い肌の色でありながら、何故か健康的で貴族令嬢にありえないほど元気ハツラツであった。それ故にエレシアは一目見た瞬間に悟ったのだ。ヒロインが転生者である事を。

 転生者だからなのか、このゲームの世界を知り尽くしているからなのか、ヒロインの攻略は最短ルートを突き進んでいた。分かりやすく王子狙いである事が一目瞭然だったので、エレシアは悪役令嬢らしく振舞おうと一時は心に思ったのだが、エレシアが何もしなくても勝手に二人は盛り上がり、勝手にイベントらしき物を進めて行った。しかもヒロインはなんの努力もしなかったのだ。恐ろしいほど無知で無能だった。ひたすらターゲットの王子を攻略することだけに突き進み、悪役令嬢たるエレシアが何もしなくても、いや何も出来なかったと言ってもいいほどに、なぜ勝手に転んだり、何故か勝手になかにわの噴水に落ちたりしてくれた。よく聞く話ではあったが、本当にそんな嫌がらせイベントが起きるだなんて思ってもいなかったエレシアは、友人たちと手を取り合って普通に怯えたのだった。

 学業に至っては、もはや何をする必要もなく、悪役令嬢で公爵令嬢たるエレシアは普通にしているだけで上位にいた。その逆にヒロインは王子と一緒に図書館でデート勉強イベントを起こしたのに、順位は悲しい結果だった。

 まぁ、それでもゲームの強制力なのか、卒業パーティーで断罪されたのだが、あまりにもお粗末すぎてエレシアは呆れてものも言えなかった。また、周りに居た同級生たちも然りの状態だった。王子とヒロインだけが盛り上がっていたからだ。周囲がドン引きしていることにさえ気が付かない程に二人の世界に浸っていたのだ。だから回りは大根役者バリに対応していたのだが、それにさえ二人が気がつくことは無かったのである。


「大体、「お前を幽閉に処する」とか言っておきながら、放置はないでしょうに」


 そう、エレシアは確かに無憂宮にいるけれど、幽閉と言うにはいささかおかしな状態なのだ。まず見張りの兵士が居ない。それどころかこの無憂宮にはエレシアしかいないのだ。まぁ、幽閉だからほって置かれても仕方の無いことだと割り切ればいいのだろうけれど、そうはいかなかった。


「お腹がすいたわ」


 そう、エレシアは空腹だった。なぜなら卒業パーティーで断罪劇が行われたものだから、食事をとっていないのだ。立食型式のダンスパーティーであったから、ファーストダンスを踊る予定のエレシアは、食事に手をつけずにいたのだ。今となってはそれが間違いだった。まさか、ダンスパーティーが始まった途端に断罪劇が行われると思ってもいなかった。おかげでエレシアは飲まず食わずの状態だ。


「しかも寒いわ」


 日本人が作ったゲームだから、卒業式は三月だ。日中は暖かいかもしれないが、夜になると底冷えする。おまけに、離宮は石造りの立派な建物で、床はピカピカの白い大理石だ。


「絨毯ぐらい敷いておきなさいよぉ」


 エレシアは悪態をつきながら暖炉に火をくべた。一応、自宅のメイドたちがしていることは一通り見て覚えている。いつからあるのか知らないが、薪を暖炉に並べ、マッチで火をつけた。燃えカスの炭のような物が赤くなると、エレシアはその火を大きくして、何とか薪を燃やすことに成功した。


「あー、暖炉って熱効率悪すぎよ」


 とりあえずドアと窓は閉めたけれど、王城の離宮だがら無駄に部屋が広い。ついたてをおいたところで意味などないのだ。


「寒い寒い寒いっ」


 一番軽そうな椅子を暖炉の前に起き、寝台の上に掛けられていた布を肩から被る。ダンスパーティー用のドレスだから、肩が出ていて寒いのだ。長手袋なんて、シルクでできているから肌触りはいいけれど、暖かさは別問題だ。既に指先が冷たくなっていた。


「もう、侍女の一人も居ないなんてありえないわ」


 ここがどこだか分かってはいるが、ここからどうやって王城に連絡をつければいいのか、エレシアには分からなかった。王配教育として何度も王城に来ていて、配置図なんかも見て建物の繋がりや構造はしっかりと把握してはいる。だが、こんな時間に一人で王城内を歩く勇気はエレシアにはなかった。何しろ明かりになりそうなランプも見当たらないのだ。いや、見つけたとしても使い方なんてエレシアには分からなかったけれど。


「どうする?飲まず食わずで一夜を明かす?いや、無理無理無理よ。私お嬢様だもん。公爵令嬢なんだから、そんなこと出来るわけないわ」


 実際、王子が「幽閉だ」なんて言ったところで、効力など無いに等しい。それは今こうして証明されている。だって、誰もやってこないのだから。

 明るいうちに調理場から何とか水を汲んで持ってきてはいたが、お湯に沸かすすべがなかったのでお茶さえ飲めていない。今、暖炉に火があるが、ここでどうやってお湯を沸かしたらいいのか、エレシアには分からなかった。


「前世の記憶、役に立たないわぁ」


 エレシアには前世の記憶がある。それは王配教育には役には立ったが、今の状況を打開するには役には立たなかった。なにしろ完全インドア生活を送っていたので、キャンプなんてした事がなくて、ましてサバイバルなんて絶対無理な前世だったのだから。


「虫も苦手だし、ほんっと、お嬢様に生まれてよかった。んだけどなぁ」


 今これだから、完全に詰んでいる。

 なにしろ卒業式でダンスパーティーだ。帰りが遅くなること前提だから、もしかすると家族は誰も気がついていないのかもしれない。宰相をしている父に至っては、まだ仕事をしていることだろう。


「ああ、せめてお父様が気がついてくれないかしら」


 エレシアが暖炉の火を眺めながらそうつぶやいた時、地鳴りのような音がやってきた。


「え?何?なんなの?」


 まるでダンプカーが走ってきたような、そんな重量のある音と振動がエレシアのいる部屋に響いてきた。


「どこだっ」

「この辺りのはずだ」

「全ての扉を開け放てっ」


 男たちの大きな声が聞こえて、エレシアは恐怖した。まさかとは思うが、幽閉なんて言いながら、その実暗殺を企てていたのでは?という考えが脳裏をよぎったからだ。


「え?まさか悪役令嬢の最後にありがちな死亡ルートってやつ?」


 ラノベでよく読んだ、悪役令嬢の断罪劇は何故か死刑とか、修道院送りの途中で賊に襲われ死亡とか、幽閉されて病んで自殺とか、ヒロインにちょっとした嫌がらせをしただけで殺されてしまう悪役令嬢。理由が幼稚すぎる断罪劇で命を取られたのではたまったものじゃない。

 エレシアは数秒考え込んだ後、腹を括った。


「来るなら来い。私は宰相閣下の娘で王配教育を受けた公爵令嬢なのよ。そんじょそこいらの兵士なんかに殺されていい存在じゃないんだから」


 護身用の短剣を確認してエレシアは覚悟を決めた。

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