プロローグ② 『一転』
熊谷市。
それは埼玉県北部に位置する、人口約20万人の大きくも小さくもない都市。
俺と優希先輩が生まれ育った大切な場所だ。
熊谷の高校に俺達は通っている。
優希先輩があまり使われていない階段に俺を連れて行った。
「和樹さぁ〜。中学入ってすぐに先輩呼びするようになったよね。あと、ヘッタクソな敬語も」
「いや、優希先輩にタメ口でも聞こうもんなら、先輩達に目ェ付けらるって思ったんすよ。最近は敬語使うのに慣れちゃったってだけっす」
「まぁ、いいんだけどさ。今はそんなことよりも大事な話があるの」
優希先輩は真剣な表情を作った。
「なんスか先輩、大好きな俺に愛を叫びたいんすか」
茶化す俺に優希先輩はキリリと睨みつけた。
そして息を大きく吸い込んで、こう言ったのだ。
「私、ずっと和樹のことが好きなの」
頬を赤らめた先輩は恥ずかしさを誤魔化すためか、軽く俯いた。
長い付き合いだ。
正直、その気持ちには気づいていた。
優希先輩が俺に淡い気持ちを寄せていることにも。
だが、勇気を持てずに気持ちを打ち明けられなかったことも。
むず痒くなって頭をかいた。
「和樹」
ダメだ、それ以上は言ってはいけない。
「私と付き合ってください!」
上目遣いで見上げてくる先輩の目を直視できずに目を逸らしてしまう。
「俺は……」
先輩とは付き合えない。
別に先輩が嫌いなわけじゃない。
でも、先輩とは今のままでいたい。
とても贅沢な話だが、そうありたい。
そう、彼女に伝えたい。
だが、先輩を悲しませたくない。
言わないほうが、傷つけるとわかっている。
なのに、言葉が喉から出てこない。
「和樹……?」
いつまで経っても何も言わない俺を不安に思ったのだろう、俺に悲しそうな声で尋ねてきた。
そんな先輩を見て、ヘタレな俺も覚悟を決めた。
「先輩、俺は———」
意を決して口を開いたその瞬間、
目の前に閃光が走り、俺の意識は深いところへと沈んで行った。