その96 トップの掌の上で☆
「一次予選で生き残ったのは五十五人。百四十点というボーダーは甘かったのでは?」
「生徒が期待以上の働きをしたというだけであるよ、レイヴン殿」
一次予選を終え、二次予選に向けての話し合いが始まった。
観客席の中で最も豪華で、広々とした〈見物の間〉に集まるのは、ゼルトル勇者学園の教師達。
王座に腰掛けるのは学園長の鳳凰イバンである。
若草色の短髪に、切れ長の悪戯な目。学園の頂点に君臨する貫禄がありながら、どこか子供のような一面を連想させる瞳だ。
赤ワインの注がれた杯に口を近づけ、静かに飲み干す。
「五十五人もいれば、我の用意した愉快な二次試験も、きっと楽しんでもらえるはず。それともレイヴン殿、生徒達の相手をするのが怖いであるか?」
「いえ、そういうつもりでは――」
「それなら問題ないであろう? 我々の力を制御する魔術をかけてもらうのだ。間違っても生徒を殺すことはあるまいよ」
娯楽を楽しむかのようにのたまうイバンを見て、多くの教師が苦笑いをした。
この学園長は、自分が楽しければいいと思っている。
生徒達を強くし、勇者の誕生を促すという目的さえ守っていれば、あとは好きに楽しんでいい。そう思っているのだ。
そんな様子のイバンを前にして、新人教師の草薙アーサーが手を上げる。
なかなか学園長に意見できる教師はいない。
気さくな雰囲気を漂わせているものの、実際は化け物級の強さを誇る圧倒的強者。
畏れ多さに加え、純粋な恐怖も、彼と対面すると現れる。しかし、頭の中が空虚な新人にはわからない。
「アーサー殿、面白い意見を期待しているであるぞ」
「あのー、二次試験って、何するんでしたっけ?」
アーサーの一言に、イバンが大笑いする。
何かと思って耳を傾ければ、自分達が置かれている状況をまるで理解していない発言が返ってきたのだ。
レイヴンをはじめ、多くの教師が彼を呆れた目で見つめているが、当の本人はそんなことになど気づいていない。むしろ、自分が周囲の教師に代わって質問できたことに満足している。
「白鳥、この新人の教育がなっていないようだが?」
「すみません……」
アーサーを冷たい目で一瞥した後、声を上げたのは立花リック。
それに対し、オスカーの学級の担任でもある白鳥スワンが頭を下げる。
とはいえ、リックも本気でスワンを責めたわけではない。
「せっかくアーサー殿が質問してくれたわけであるし、もう一度説明してもよい。ふむ、アーサー殿と同じように二次予選の内容が理解できていない教師もいるようであるな」
「そうですよねぃ。そう思って聞いたんですよ~」
「素晴らしい仕事ぶりであーる」
「ふへへ……それほどでも~」
アーサーは本気で照れていた。
「レイヴン殿、説明を頼んでもよいであるか?」
「私ですか? わかりました」
レイヴンは手すりの向こうの広がる戦場を眺めると、教師全員の顔を見渡した。
その中には確かに、完全に内容が理解できていない表情の者達がいる。
アーサーも意外といい仕事をしたのではないか、と思いつつ、説明を始めた。
「二次予選は街化したままの戦場で、教師と生徒が戦う」
「え、僕達も戦わなくちゃいけないんですか!?」
「今年からの取り組み、ということだ。五十五人にはそれぞれ教師を発見するところから始めてもらう」
「捜索能力を同時に求める、ということであるな」
「その通りです、学園長。生徒にはくじを引いてもらい、それぞれ対戦する教師を決めてもらう。するとだいたいひとりの教師につき、三人ほどの生徒の相手をすることになる」
そう言いながらレイヴンが取り出したのは、くじの入っている木箱だ。
くじには教師の名前が刻まれている。
この二次予選では、くじ運というのも試されることになる、というわけだ。
「でもー、正直僕達って、めちゃめちゃ強いじゃないですか~。ハンデとかあるんですか?」
「基本的に三対一になるし、体力と魔力を制限する魔術を事前にかけてもらうことになっている。ただし、生徒も教師も神能は使用可能だよ」
「神能使えるとか、楽しみですねっ!」
「私達は生徒を痛めつけるために戦うわけじゃない。それぞれ、たったひとつの帯を身に着けてもらう。生徒はそのベルトを奪うことができれば決勝トーナメント進出。教師はそれを阻止するのが二次予選の仕組みだ」
次に取り出される黒色の帯。
これには仕掛けがあり、少し強く引っ張るだけで外れることになっていた。
生徒は教師を倒す必要などない。
簡単に外れるベルトを奪うだけでいい。
一見易しいようにも聞こえるが、教師と生徒の実力差というものは、まだまだ圧倒的だ。もうすぐ卒業の三年生に関しても、同じことが言える。
「でも、あの五十五人の中には、規格外な人もいますよねぇ? 僕、あの生徒会長と副会長とは戦いたくないんですけど。勝てる気しないし」
「素直であるな、アーサー殿。それもまた汝の美徳であるか」
「そればかりは仕方がない。くじで自分が引かれないように祈るしかないな。ただ、あの二人なら、相手がどの教師であれ、確実に勝ち上がってくる」
「ですよねぃ。あれ? 学園長は戦わないんですか?」
「学園長が参戦された場合、たとえ力の制限があったとしても、誰もベルトを奪うことはできないだろう」
「レイヴン殿は我を相当過大評価してくれているようであるな」
「いえ、過大評価も何も、事実ですから」
レイヴンの言葉に、他の教師が全員頷く。
イバンはそれを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、我もこの勇者祭の優勝者と戦えることになっているのであろう?」
それは、オスカーに提示した条件。
レイヴンとオスカーの模擬戦に登場したイバンに対し、オスカーは剣を向けた。自分と戦え、と。そこでイバンは勇者祭の優勝者との対決を提案した。
『では、こうしようではないか――我は勇者祭の特別参加者として、優勝者と最後に対決する。ふむ、一件落着であるな!』
『ありがとうございます』
あの時の会話を思い出し、いつの間にか注がれていたワインを再び味わう。
「今回の覇者は、一味違うかもしれぬな」




