その87 担任と生徒会長
「天王寺エイダン、あなたの勇者祭への出場を禁止します」
スワンの口から、そんな冷酷な台詞が放たれた。
いつもどこか眠そうに、面倒くさそうにしている我らの担任が、遂に教師っぽいことをやってのけたのだ。
これにはグレイソンもテオも言葉を失っている。
俺自身、予想もしてなかった事態に、目を丸くしている。
「……」
エイダンは沈黙を貫いた。
三年生としての自覚が見れない。
生徒会役員として、恥ずべき行為だ。
実力者失格だ。
そんなところだろう。
彼自身もそれなりに重く受け止めているようだが、歯を食いしばった歪んだ表情からはスワンへの反抗が見て取れる。どんな出来事があろうとも、その人物の本質的な性質は変えられない。
前回の反省をまったく活かすことなく、今回同じような愚行に臨んだ者がいるわけだから、実際その通りだろう。
「マスター・白鳥、我々の処分はどうなさるのですか?」
グレイソンが極めて真剣に尋ねた。
こうして教師としてのスワンと会話するのも初めてで、どこか緊張しているようにも感じる。まあ、それは俺も同じだ。
「私はあなた達三人を責めるつもりはありません」
スワンがはっきりと、その真意を告げる。
何かスイッチが入ったかのように、表情に締まりがあった。
「西園寺も、悲劇を阻止するためにやむを得ずしたことだと思うので、仕方ない、ということになります。それにしても……」
スワンは話す時、ずっと俺を見ていた。
何か言いたげだ。
彼女は例の九条との座学対決の審査をした教師。俺が実力を隠しているのではないか、という疑念は前からあったはずだ。
だが、あの時の興味なさそうな様子と異なり、今回は明らかに俺に関心を示している。
「西園寺、あなたは一体……」
まだエイダンの血を手から滴らせる俺への、最上級の褒め言葉。
――西園寺オスカーの正体は何なのか。
そう疑問視されることこそ、俺にとって最大の褒美なのだ。
「マスター・白鳥、エイダンの手はすぐ治療すれば回復するでしょう。ですから、彼の勇者祭出場を許可していただけませんか?」
「「「「――ッ」」」」
俺の言葉に、四人全員が目を見開いた。
真っ先に反応したのはエイダンだ。
「ざけんな! おめぇがそんなこと――」
「つまり、お前は勇者祭に出たくないのか? 実は内心で、俺と対決できなくなってほっとしているということか?」
「ぁんだと――」
「マスター・白鳥、どうかお願いします。勇者祭でこの一件に蹴りをつける必要があると、私は思います」
「……」
エイダンはまた沈黙を選択した。
何を言っても彼の立場は悪くなる一方だ。ここで黙り込むというのは、確かに最善だと思う。
「そうは言われても……」
「おれからも、お願いします! どうしても、勇者祭で強くなった自分を見せる必要があるんです! 兄上と戦い、強くなった自分を……」
すかさず意見を重ねるテオ。
彼がここで俺の意見に乗ってくることは、完全に予測済みだ。よくやってくれた。
グレイソンは目を細め、この状況に納得していない様子だった。
だが、俺やテオの意見を相殺するつもりはない。ここで何も言わないというのが、彼の導き出した答えだ。
「そうですか……事件の中心にいて、被害に遭ったのはあなた達三人です。そんなあなた達がそこまで言うのなら、仕方ありません」
「ありがとうございます!」
嬉しそうにテオが言った。
兄にあれだけ拒絶されておいて、よくそこまでできるな、と感心――というか呆れる。
「まだ上には報告していないので、事態を小さく丸め込むことはできます。ですが、傍観していたクラスメイト達の口から学園全体に伝わるのは確実です。天王寺エイダンには、また別の罰則を――」
『少し、よろしいでしょうか?』
感心するほど丁寧に事態を処理しようとしていたスワンに、上品でおしとやかな女性の声がかけられる。
「――ッ! なんでおめぇが……」
「エイダンさん、あれほど注意し、反省の時間を与え、謹慎期間も縮めたというのに、懲りないお方ですね」
どこからともなく現れた生徒会長。
その魔眼はかつてないほどの威圧感を放ち、エイダンを追い詰める。
俺でさえ目を背けてしまうほどだ。グレイソンとテオは後退し、スワンは逆に動けないでいる。
そんな麗しくも恐ろしいアリアは、そのままスワンに対して頭を上げ、清楚で小振りな口を開いた。
「エイダンさんとオスカーさんをお借りしてもよろしいでしょうか? エイダンさんの処分は会長である私が厳しく致しますし、オスカーさんに関しては少しお話をしたいと思っているだけですから」
スワンは一瞬困惑したような表情を見せたが、教師としての威厳を取り戻し、冷静に頷いた。
「わかりました。天王寺エイダンは手を怪我していますので、すぐに治療をするように。彼の処分は私と彼の担任とで話し合って決めます。生徒会長としてできる処分は、生徒会の権限が及ぶものだけです。くれぐれも出過ぎた真似はしないように」
こうして、俺はなぜかエイダンと共に、生徒会室に連行されるのだった。




