その76 学園長の娯楽
剣の打ち合いが激しくなると共に、クラスメイトの反応が盛り上がっていく。
それは俺の剣の技量に対してというよりかは、一種の娯楽として戦いを見ることに対する気分の高揚だろう。
それで良かった。
大方の生徒は俺の剣術の実力に不足を感じ取っているはずだ。
桐生の攻撃を上手く防ぐことすらできず、後ろに下がり、新たな攻撃ができないでいるのだから。
これが意図して演出されたものであることを、ほとんどは知らない。
見破ることができるのは、鋭い分析能力を持った生徒か、観察力に優れた生徒か、俺と同様に実力を隠す強者か、はたまた剣術の心得がある者か。
もしくは、力への渇望がある挑戦者か。
桐生の迫りくる攻撃を受けながら、観客を見定める。
グレイソンやセレナ、若槻双子姉妹を除いて、四名。俺が見る限りではたったそれだけの生徒が何かに気づいた。
「オスカー、ここまで来ると、君の意地のようなものも伝わってくるよ」
俺と桐生だけの世界。
正面から剣で斬り進む桐生が、苦笑いしながら呟く。無論、この会話は他の生徒には聞こえない。
ほんの少しだけ。
よく目を凝らしていなければ見逃す程度の間だけ、実力を解放しよう。
そう決めた俺は、すぐさま桐生の一撃を剣の平らな部分で弾く。
一瞬の隙を見せてしまう桐生に、体勢を低くした俺は地面から迎撃。手首の返しによって無駄な動きなど淘汰された剣の軌道は、瞬きする時間も待たず剣聖の頬を削る。
おおっ、という声はない。
なぜなら、この短い間で起こった出来事に、多くの生徒が気づけていないから。
例の四人とグレイソン達は目を見張っている。俺の期待に応えてくれたようで何よりだ。
もう満足だというように、再び後退する。
「勇者祭までの辛抱だ。それくらい待てるでしょう?」
「それは楽しみだ。私も今回は少しばかりやり過ぎたようだな」
言葉を交わすことで、桐生の表情がやわらいだ。
その次の瞬間、ずっと動かし続けていた剣を止め、ゆっくりと下ろす。
すると――。
『いやはや、華のある剣舞であった! レイヴン殿、汝の剣の腕もさほど落ちてはいないようであるな』
頭上。
俺のちょうど背後の観客席から。
聞き覚えのある、陽気で快活な声が投げられた。
(――気配がなかった?)
驚いたのは、この〈闘技場ネオ〉に学園長がいることに、俺が気づかなかったことだ。気配なら誰よりも鋭く察知できる。僅かな呼吸の音さえ聞き逃さない。
それほどまでに訓練を積んできた。
だが、今回は完全に想定外だった。
ちょうど背後の観客席――それなりに近い位置にいるというのに、学園長、鳳凰イバンは完全に気配を絶つという技を見せつけてきた。
悔しいようで、嬉しいのはなぜか。
想像を超える強者の、未知に包まれた力に、興味が生じたからだろう。
若草色の光沢ある短髪は上に向かってツンツン立っていて、横はしっかりと刈り上げてある。同色の瞳は切れ長で、笑った時に目がなくなるところに愛嬌があった。
スラっとした長身に、王族のような赤いマント。
学園の頂点に君臨する、絶対的強者。見た目からして四十代くらいだろうか。とはいえ、その微笑みはまだ若々しい。
俺自身、というかほとんどのクラスメイトが、学園長とここまで接近したことはないだろう。
外套をはためかせ、観客席から音を立てずに飛び降りる。
両足で静かに着地した学園長は、パチパチと拍手をしながら笑顔を振りまいた。
「それにしても、オスカー殿、この鳳凰イバンの目は、誤魔化せないのであーる!」
意味もなく赤い外套を広げ、俺にウィンクする学園長。
そのまま笑顔で俺に近づいてきた。
一歩ずつ。
その踏み込みに応じて、俺達にかかる重圧が大きくなっていく。魔王セトと対峙した時より、遥かに偉大な存在感。
この時だけ、主役が鳳凰イバンのものになった。
「学園長、出過ぎたことをしてしまい――」
「レイヴン殿、気にするべからず。我にとっては良い娯楽となった」
桐生が頭を下げるが、それを学園長が止める。
この闘技場にいる生徒の誰もが彼の存在に声も発せないでいる中、俺、西園寺オスカーは。
学園長に自分の剣を向けた。
「オスカー、何のつもりだ?」
桐生がこれはヤバいと焦り始める。
俺の剣を下げようと近づくが、学園長に片手で防がれた。直接触れたわけではない。左手から見えない波動を放ち、桐生を後退させたのだ。
体勢を崩すことはなかったものの、とっさの出来事に桐生は呆然としていた。
「はっはははははは!!」
〈闘技場ネオ〉に響き渡るのは、学園長の大きな笑い声。
流石は実力者。
強者としての雰囲気とあり方を心得ている。剣を向けられ、大声で笑い飛ばす――面白い奴だ、と言わんばかりに。
これぞ、俺が一生に一度はやってみたい、強者ムーブだ。
「オスカー殿、汝は我を飽きさせぬ。最高であるな!」
「光栄です、学園長」
俺は彼に剣を向けたまま、軽く頭を下げた。
そこに敵意はない。純粋に「かっこよさそう」だからやっている。
「もう少し見たいとも思ったわけだが、それは勇者祭にお預けという形にした方が盛り上がるであろう?」
「学園長――」
俺は問いかけに答えず、新たな台詞を紡いだ。
「――手合わせ願います」
どわっと。
クラスメイト達の間に動揺と非難の声が上がった。
『身の程を知れ!』
『あの程度の実力で調子乗ってんじゃねぇ!』
『こりゃ退学やな!』
『西園寺君って、結構かっこいいかも?』
意味不明なコメントも混じっている気がするが、とにかく順調だ。
この反応も俺の予想通り。
そして桐生はというと。
驚きと呆れが勝ったのか、失笑している。
「ふむ……」
顎に手を当て、余裕の面持ちで考える学園長は、しばらくしてから口を開いた。
「では、こうしようではないか――我は勇者祭の特別参加者として、優勝者と最後に対決する。ふむ、一件落着であるな!」
「ありがとうございます」
俺は満足したようにニヤッと笑みをこぼした。
当然ながら、さっき俺に対して罵倒した生徒達は、俺が勇者祭の優勝候補と言えるほどの実力の持ち主であるなんて、夢にも思っていない。
そんな中で提供された、学園長の条件。
彼のおかげで、最高の展開になった。今の感謝の言葉は、この展開を作ってくれたことに対する感謝の気持ちだ。
「では、オスカー殿! 期待している! そして〈1-A〉の子供達よ、勇者祭で最善を尽くせるよう、頑張るのであるぞ!」
鳳凰イバンは、今までの存在が幻であったかのように、霧となって消えた。




