その71 会長の威厳☆
「エイダンさん……」
ゼルトル勇者学園、本館の六階。
この学園で絶対的な力を持つ〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の本部でもある生徒会室には、不機嫌な表情で立たされている天王寺エイダンの姿があった。
「……今回は大きな失態です。教室の半壊、生徒への恐喝――生徒会の幹部としての責任が感じられません」
「……」
「明日には復元されるそうですが、この学園の歴史ある建造物を傷つけたのですから、その責任は私が取らなくてはなりません」
「教室のことは俺様がやった。別におめぇが――」
「これが、生徒会長としての、私の責務ですから」
生徒会長八乙女アリアの表情には失望が浮かんでいる。
エイダンが起こした教室の半壊は、彼女の期待を大きく裏切るものだった。
生徒会役員はこの学園の秩序を守る存在でなくてはならない。秩序を乱すような存在に目を光らせ、それを防ぐという立場なのだ。
エイダンは銀髪の美少女に叱責され、何も言えなくなった。
反省はしている。
我に返って考えれば、とんでもないことをしてしまった、と悔やむ気持ちもある。
しかし、あの時は気持ちが収まらなかった。
夏休みが終わり、近づく勇者祭。
この時期、学園の生徒全員が勇者祭の栄光を目指す。
今年こそは優勝する。
そして、まだ実力を認めきれない西園寺オスカーという少年と、本気で競い合いたい。
なかなか実力を見せようとしないオスカーに、エイダンは怒っていた。全力と全力のぶつかり合い。それが勇者祭だ。あの場でオスカーを焚きつけ、本気同士の戦いをしたいと思っていた。
いつものように言葉を発することができなくなるエイダン。
ここで、アリアが矛先を変える。
「そして、アレク」
「やあやあ」
アリアが目を細めて副会長を睨んだ。
顔をしかめてはいるものの、彼女の持つ清楚な美しさは一切損なわれていない。
美人生徒会長からのきつい睨みを食らった張本人は、久しぶりに友人に会った時の挨拶であるかのように、微笑みながら手を振っている。
会長席に姿勢正しく座るアリアは、呆れた表情を見せた。
「あの現場、見ていたのでしょう?」
「まあ、そうなるかな」
「どうして止めなかったのですか? 教室の半分が吹き飛ぶのも、面白いと思って?」
「勿論、ボクが二人に注目してたからだよ。今回の勇者祭、間違いなく盛り上がる。でも、それはオスカー君という未知数の新人が実力を発揮することが条件だ。だから止められなかったのさ」
アレクサンダーの言葉は、生徒会副会長としては間違っていたが、勇者祭を盛り上げるという意味では筋の通ったものだった。
確かに、生徒会は西園寺オスカーの実力を警戒しつつ、期待してもいる。
最も注目していることに変わりはない。
「それにしても、一年生は一ノ瀬グレイソン君もまた注目だね。エイダン君にあそこまではっきり物申すことができる根性――いやー、痺れたなぁ」
会長から責められているというのに、彼はすっかり自分の世界に二人を巻き込んだ。
アレクサンダーを制御することは誰にもできない。
笑顔のまま立ち上がると、そのままアリアの前に立たされているエイダンに近づく。
「いいものを見せてもらったよ、エイダン君。ボクも勇者祭、頑張るから、きみも精進してくれたまえ」
小柄なアレクサンダーと大柄なエイダン。
がっつりと見上げながら激励の言葉をかけ、エイダンの太い二の腕をぽんぽんと叩く。
「ボクも今度、教室を破壊して――」
「――アレク――」
アレクサンダーが凍りつく。
巨漢が思わず後退りし、生徒会室が異様な空気に包まれた。
アリアの魔眼が発光し、絶大な魔力を解き放つ。それは静かな怒りだった。アレクサンダーのことを信頼はしているが、好き放題にさせるわけにはいかない。
会長の威厳を、ここで発揮する。
それはアレクサンダーでさえも一瞬の恐怖に支配されるほどだった。
背中からひしひしと感じる強い視線。自分には出せない、魔眼によって増幅された魔力。
「少し、調子に乗り過ぎたよ」
少し憔悴したような声でそう呟き、自由人は生徒会室を出ていった。
「はぁ」
張り詰めていた緊張を解くかのように、アリアが溜め息をつく。
エイダンもほっとしたように肩を落とした。
教室を半壊させるどころではない、都市を揺るがすレベルの魔力を誇るアリアを前に、歯を強く食いしばる。
「すっかりペースを持っていかれましたけど、生徒会長として、エイダンさんには一週間の謹慎処分を下したいと考えております」
「謹慎処分だと!? 俺様は勇者祭の準備が――」
「一週間でも軽い方です。元々は副学園長から勇者祭の出場禁止を推す意見がありました……これが私の限界です……」
「……すまねぇ……」
アリアから衝撃の真実を聞かされ、うつむくエイダン。
必死に説得してくれたのだ。
ずっと勇者祭のために訓練を積んできたと言っても過言ではない。そんなエイダンを、彼女は救った。
「もう二度と同じことが起こらないこと――そして、これを勇者祭の結果で挽回してください」
アリアの寛容さに、エイダンは頭が上がらなかった。
取り返しのつかないことになろうとしていたのだ。
勇者祭への優勝の決意を、さらに固いものにする。
「あの学級には、貴方様の弟様も――」
「言うな……」
硬い表情でアリアが続けて口を開くも、厳しい顔をしたエイダンに止められた。
今のアリアの発言は禁句だ。
エイダンには一年生の弟がいる。しかし、彼自身は一向に弟を認めようとはせず、生徒会の仲間に話すこともなかった。
生徒会室の空気が再び張り詰める。
十秒ほどの沈黙を終え、表情が少し柔らかくなったアリアが言葉を紡いだ。
「――ちなみに、エイダンさんには今後半年間の奉仕活動をしていただきますので、お忘れなく」
終始厳しい表情を見せていたが、最後だけ。
アリアはエイダンに微笑みを向けた。




