その69 炎の突撃
夏休みも終わり、二学期が始まった。
科目ごとに出されていた大量の課題。
夏休み終了の前日に手をつけている愚者も多く見られたが、俺に限ってそんなことはない。
「西園寺くーん、課題見せてー」
座学ができる奴だという印象をクラスメイトに持たれてしまったため、朝のホームルームの前、席の近い女子生徒に懇願された。
「悪いが、課題というものは己の実力を高めるために必要な踏み台だ。ただ人のものを写して満足するようでは、真の実力を得ることはできない」
「うん? なんてー?」
「課題を見せることはできない。提出が遅れたとしても、自力でやることに意味がある」
当然、俺の答えは彼女の求めていたものではない。
ちなみに、少し前の反省点を活かし、今ではクラスメイト全員の名前をフルネームで言えるように修練を積んでいる。
斜め右の席に存在するこの女子生徒の名は、東雲ルビー。
このクラスで唯一のツインテール少女だ。
光沢のある緋色の長髪を、頭の両側で結わえて垂らしている。垂れ目がちな栗色の瞳は、彼女の整った顔立ちに愛嬌を与え、柔らかい雰囲気を作り出していた。
〈剣術〉の成績が良く、前回の実技でも上位に名前があった。
ふわふわした容姿と剣術の腕のギャップが大きく、俺でもしっかり覚えていたのだ。
「結局、課題見せてくれないのー?」
首をくいっと傾げ、瞳をうるうるとさせながら聞いてくる。
こうやって同情を買い、課題を見せさせるという下劣な策略はお見通しだ。
西園寺オスカーにその策略は通用しない。
「自分でやれ。きっとその方が成長できる」
「でもー、私には難しいもーん」
「悪いが、課題を見せてもらいたいなら、俺でなくてもいいだろう? 親切なセレナなら喜んで見せてくれるはずだ」
「そうなのー?」
セレナからすれば迷惑な話だ。
だが、先ほどから隣にいる彼女の視線をビシビシと感じ、言及せざるを得なかった。
「いや、見せるわけないでしょ」
氷のように冷たい声色で、セレナが言い放つ。
「と、いうことだそうだ。課題に関しては他の誰かに頼むか、自力でやるかのどちらかにしてくれ」
「――ちっ」
東雲が本性を現した。
顔をしかめて舌打ちをし、セレナに対抗するほどの冷徹な瞳で俺を見つめる。
「つれない男……大した取り柄もないくせに」
「……」「……」
俺もセレナも、これには驚きだ。
魔王セトとも戦い、最終的に勝利を収めた俺だが、今この瞬間こそ、強敵と対峙している感覚がある。
両極端な二面性を持つ女性ほど、怖いものはない。
「ちょっと、今の言葉、取り消しなさいよ!」
突然の西園寺侮辱発言に対し、怒りを露にするセレナ。
「西園寺なんて、ちょっと勉強できるだけじゃない。もしかしてあんた、西園寺のこと好きなの?」
「大好きですけどぉ?」
性格変わり過ぎな東雲に、完全ブチ切れのセレナ。
想いを打ち明けてから、どうも素直で、吹っ切れているような印象を受けるが……。
周囲の生徒は面白いことが始まったと言わんばかりに騒ぎ出し、どっちの女が勝つのか、という賭けに興じている。
だが、これは俺の望んでいた状況だった。
座学でその頭角を現してもなお、俺の実力を認めず、鼻で笑っている観客がいる。
この現状は勇者祭に向けての素晴らしい収穫だ、と笑みをこぼした。
「セレナ、俺のことはいい」
今にも沸騰しそうな教室で、俺の声が一際目立つ。
全クラスメイトの注目が俺に向かうのを感じた。
深く腰掛けていた椅子から立ち上がり、天を仰ぐ。日の光が教室に差し込んだ。誰もがその神秘的な光景に心奪われる。
何かが、始まる。
多くの生徒はそう思った。
だが、何かが起こる予定はない。
その代わり、俺、西園寺オスカーが口を開く。
「怒れる者がやってくる。どこまでも燃える炎がこの学園を焼き尽くし、常識を打ち破るだろう。その中心にいるのは、俺と――」
「――おい、西園寺オスカーはいるか?」
教室が静まり返った。
盛り上がってきた俺の演説を中断しに現れたのは、大柄な男子生徒。巨漢という言葉が似合う、筋骨隆々の生徒会役員だ。
言っておくが、これは意図してやった演出ではない。
天王寺エイダンが勝手に乗り込んできただけだ。そして、たまたま俺に用事があるという。
天王寺と直接会うのは初めてだが、確認せずとも彼が話に聞いていた大男だとわかる。メラメラと燃えるその双眸からして、俺に対し相当なライバル心を抱いているらしい。
天王寺の燃える瞳が、教室の中、唯一起立している俺に向く。
「おめぇか」
「ところで、君は誰だ?」
火に油を注ぐというのも、たまには悪くない。
全身から放出されている天王寺の殺意が、さらに濃く、多くなったのを感じる。
ちらっと周囲の反応を確認した。
グレイソンはこの状況に動じない俺に尊敬の眼差しを送り、クルリンは口をポカンと開けて首を傾げている。ミクリンには常識があるため、これはヤバい、という焦りがその渋い表情に現れていた。
そして、少し前まで俺を罵倒していた東雲は。
どうして〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の幹部が、取り柄のない少年に会いにきたのか……状況が飲み込めず、唖然としている。
「て、天王寺、エイダン……」
東雲が勢いに押されるように呟いた。
一年生の俺達にとって、生徒会の幹部という存在はあまりに偉大すぎる。
会長もそうだが、女子からの人気が高いのは副会長で、一部では神のように白竜を拝めるという、白竜同好会なるものがあるそうだ。
天王寺といえば、その横暴で荒い性格と、他の追随を許さないパワー。
見るからに、という感じだが、殺意として放出している魔力の量も、なかなかのものだ。
「俺に何か? 話があるのなら教室の外で――」
「うるせぇんだよ……あ? 今度の勇者祭、俺様が優勝する。おめぇが魔王をぶっ殺したってんなら、本気で優勝を狙いにこい。俺様がぶっ潰してやる」
静寂に包まれていた教室が、急に緩んだ。
緊張の糸が解け、たった今の天王寺の言葉に、多くの動揺と好奇心が蠢く。
『今、魔王を倒したって言った!?』
『西園寺オスカー……やっぱり何かあると思っていた……』
『生徒会の幹部でも馬鹿な間違いするんだな』
『魔王を倒したのは勇者様でしょ? なんで西園寺が倒したみたいになってんの?』
この混乱の渦中にいる俺はというと、至って冷静だ。
表情を変えず、淡々と奴の言葉を否定する。
「何を勘違いしているのかわからないが、俺にはそんな実力なんてない」
この発言のポイントは、あえて無表情を貫く、ということだ。
もしかしたら白を切っているだけなのかもしれない――そんな期待を抱かせる。
となると勿論――。
「――ふざけんじゃねぇ!! 俺様はおめぇみてぇな奴が一番嫌いだ!」
天王寺が罵倒と共に、強く拳を握り締めた。
その拳が矢のように、俺の顔面に飛んでくる。
その拳は恐ろしいほどの威力を秘めていた。
軌道を変えることはできない。選択肢は三つ。
痛みを覚悟してその攻撃を顔面で受け、鼻から血をだらだらと流し醜態を晒す。
または、両手で確実に受け止め、その勢いを殺してから、どこにも被害が及ばないように攻撃を流す。
そして最後の選択肢。
あたかも偶然だったかのように、自然にかわす。
巨漢の鉄拳を前に、俺はそんなことを考えていた。
《キャラクター紹介》
・名前:天王寺エイダン
・年齢:18歳
・学年:ゼルトル勇者学園3年生
・誕生日:12月5日
・性別:♂
・容姿:刈り上げた赤髪、紅色の瞳、筋骨隆々の体
・身長:189cm
・信仰神:炎の神ボルケー




