その66 衝撃の不意打ち
ダークエルフなど、俺の相手ではない。
リーダー格の変な奴以外は、全員殲滅。
セレナの前に登場した時には、すでに四人のダークエルフは俺によって斬られていた。まるで噴水のように血が宙を舞い、あっさりと崩れ落ちるダークエルフ達。
「よく見ていろ。これが戦いだ」
剣を強く握り締め、構えを取る。
右手に握っているのは護衛用の、学園で支給された剣だ。普段、〈剣術〉の授業でも使っている。
夏休みが明ければ、剣を自由にカスタマイズできるそうなので、きっと数週間後には、最高に「かっこよさそう」な剣を握っていることだろう。
「まさか、タナトス様からの支援を受けているはずなのに……ここまで鮮やかに斬り伏せられるとは……」
「お前だけは違うようだな」
「ええ、これでもダークエルフの将軍――シュテルベンと言いますぞ」
「名前を聞いた覚えはない。結局、俺に倒されるだけだ」
「それはどうでしょう?」
シュテルベンが矢を放つ。
矢は毒々しい黒。闇に染まった武器だ。
とはいえ、速度が遅ければ、俺に当たることはない。防ぐことはいくらでもできる。
「攻撃にパワーがない」
剣をくるっと回転させ、矢を弾き飛ばす。
魔力の斬撃が飛んでこようが、矢が飛んでこようが、やることは一緒だ。剣を華麗に振り、無駄のない動きで正確に弾けばいい。
だが、その矢は思っていた以上に執念深かった。
(俺を追尾しているのか)
何度弾かれようとも、折れることなく俺を追う矢。
その姿に感心した。
誰かに感心することさえ珍しいのに、武器に感心するとは――それとも、この矢の持ち主の能力なのか?
「面白い矢だ。お前が操っているのか?」
「ええ、言ったでしょう? これでも将軍なのですぞ」
俺の体から、神のそれに等しい魔力が放出される。
周囲のものを全て震えされる膨大な魔力は、矢に当たって共に消滅した。
魔力放出によって矢を粉々にすることはできる。だが、相打ちになってしまうため、同時に魔力も消滅するのか。戦いがいのある相手だ。
「だが――所詮、それだけだな」
「なに――?」
「その技術に美しさは感じない」
高密度の魔力が放たれる。
魔力というものは、強固に圧縮することにより、その威力を増す。量が同じでも、そのに技術があれば、さらに強くなる余地があるのだ。
矢が砕ける。シュテルベンの矢筒に入っていた矢まで、全て。
彼は怒り狂って弓を捨てた。
「ふざけたことを! タナトス様は、この力があれば西園寺オスカーに勝てると……まさか……」
怒り狂っている様子だが、その対象は――俺ではないような気がした。
どちらかといえば、タナトスという存在に対して激怒しているようだ。
「タナトスとは誰だ? 答えろ」
「そんな……我々は、ただの駒に過ぎない、というわけか……」
話を聞いていない。
俺がシュテルベンというダークエルフの顔に見たのは、絶望、だった。
「もう一度聞こう。タナトスとは誰だ? お前のボスか?」
「ああ、タナトス様……タナトス……うぁぁぁああああ!」
発狂。
元からイカれた奴だとは思っていた。だが、気になる。
――タナトスって、誰だ?
「オスカー!」
背後からセレナの声がする。
「西園寺オシュカー!」
そして――。
驚いたことに、妹にとっての俺は、もうおじさんではなくなっていた。少しばかり発音できていないが、彼女の年齢を考えれば上出来だろう。
やはり、実力を見せつける、というやり方は良かったらしい。
軽く微笑みながらセレナを見る。
もう敵はいない。シュテルベンは戦えるような状態ではなかった。錯乱状態で、地面に頭をこすりつけている。
周囲に新たな敵がやってくる気配もない。
もう無事だ。
俺の仕事は、これにて終了した――。
「気をつけて!」
「――ッ!」
衝撃と激痛が襲う。
次の瞬間、俺は瞠目し、自分の腹を見ていた。
(――貫通、している? いつ? どうやって? 誰が?)
深く刺さった剣先。
それが俺の腹から顔を出している。
あってはならない光景だった。油断していたわけではない。視線や気配に敏感な俺が、背後に迫る無慈悲な一撃に無防備だったのだ。
あり得ない……。
『私の気配を察知できる者など、存在しない。驚いただろう? ああ、実に面白い』
腹から剣が抜かれ、強者演出確定のイケボが聞こえてきた。
すぐに神能〈超回復〉で治癒しようと試みるが――。
「無駄だ、西園寺オスカー」
「――ッ!」
「私の前で神能は使えない。〈神能無効〉の前では、貴殿は無力だ。その超能力なしでは、私と戦えないか」
――見抜かれた。
相手は俺の神能のことも知っているらしい。
普通の者であれば、次の攻撃を予測して敵から距離を取るような場面だが、俺はあえてそうしなかった。
声をかけてきたイケボの主に背中を晒したまま、腹から血を流して立っている。
セレナとマヤは唖然としながら俺を見つめていた。
目の前で起きている状況の理解が進んでいない――セレナにとって、俺がピンチに陥るはずなどないからだ。この状況が彼女の予想と矛盾し、混乱を巻き起こす。
「安心しろ、セレナ、マヤ」
腹を刺されたぐらいで痛いと喚くようでは、最強は務まらない。ただひたすら、日々苦痛に耐え続けるだけの地獄の訓練もあった。
「二人の目にはこれがピンチのように映っているのかもしれないが、俺にとってはマッサージのようなものだ。内臓がほぐれて気持ちがいい」
最後の表現は少々気持ち悪かったかもしれない。
だが、なかなか面白い冗談だと我ながら感心する。
「思っていた通り、この程度で死ぬような男ではないか」
「悪いが、俺は死ぬつもりなどない。世界がそれを許さない」
「実に興味深い。そろそろ後ろを振り向いて欲しいものだ、西園寺オスカー」
敵はそう言ってきたが、俺は無視した。
思い通りにはならない。
俺は台本通りに動くのが嫌いだ。予測できない男、それが西園寺オスカー。
俺の行動は強敵のペースをも狂わす。
「話を聞いていたのか? 後ろを振り返れと言ったのだ」
苛立つように、声を荒らげる謎の敵。
もう少し感情を落ち着けた方がいい。そう説教してやりたいところだ。
「俺は、振り返らない」
ここで名言を漏らす。
「悪いな、俺にお前は見えない」
再び、腹に激痛が走った。
セレナの悲鳴がする。まだ彼女は動けていなかった。
それもそうだろう。俺の内臓に穴を開けた敵に立ち向かって勝てると思うほど、セレナは馬鹿ではない。今は冷静に状況を見極める――それが最も賢い選択だ。
「最初は驚いたが、もうこの痛みにも慣れてしまった。そういう嫌がらせはやめて欲しいんだが」
「……」
観念したのか、それとも俺に呆れたのか。
何とも言えない不気味な表情で現れる長身の男。
真っ白な肌と真っ黒な髪。なんだあの髪型は? 前髪と後ろ髪のバランスが悪い。だが、なぜだかそれが美を強調しているようにも思えた。
スラっとした体に合うように作られた漆黒の背広。
容姿は人間のようだが、今まで百を超える神と関わってきた俺にはわかる。奴は俺達人間を超越した種族――おそらく魔神だ。
「魔神か」
俺の一言に、男がニヤッとする。
「気づいてもらえたようで何よりだ。私はタナトス――〈破滅の森〉の新たな盟主として、貴殿を絶望させるために来た」




