その65 自己嫌悪と屈辱☆
セレナはダークエルフの将軍、シュテルベンと交戦していた。
交戦といっても、マヤを抱えて逃げ回っているのみ。
剣を持ち歩いていなかったことが仇となった。こんな何もない田舎の住宅に、誰が攻撃を仕掛けてこようか。
――勇者失格。
『どんな状況でも、勇者たる者、剣を持ち歩くべし。命の次に大切なもの、それは人々の希望を守る剣である。それができなければ、勇者失格。夢も希望も、砕け散る』
〈勇者史〉の授業では、現在に至るまでの勇者の栄光の歴史だけでなく、勇者の心得や勇者としての生き方も学ぶ。その際、〈勇者史〉教師の聖ブライアンが口を酸っぱくして言うことが、『勇者失格』の格言だった。
(剣さえあれば……)
後悔するように顔を歪めるも――。
(剣があったところで、私はこのダークエルフに勝てるの?)
敵は五人。
その中のひとりと武器を取って公平に戦ったとする。それで、自分は勝てるのか。
戦いの神を信仰しておきながら、まったく戦いの技術が上がっていないことに気づく。勇者学園に入学し、確かにある程度は剣術の腕が伸びたはずだ。
だが――いつの間にか、怠けていた。
部活動には入らず、放課後、特に修練を積むことなく、怠惰な日常を送っていた。
(私は……勇者になるために……)
セレナが勇者学園に入ったのは単なる気まぐれではない。
幼い頃、父親から何度も読み聞かせられた、英雄譚に出てくる勇者のようになりたい。英雄譚に登場する勇者は必ずしも男性というわけではなかった。
凛々しく、美しい女性の勇者。
セレナの持つ憧れは、ゼルトル勇者学園への入学願望をより強固なものとした。
平民は貴族と異なり、入学競争が激しい。
体力だけでなく、知性や人間性も問われる厳しい入学試験を勝ち抜いた今、こうして勇者候補の学生となっている。
だが、隣にいる西園寺オスカーという存在はすでに勇者級の、いや、並みの勇者を上回るほどの実力を持っていた。そんなオスカーに惚れ、隣に立ちたいという感情が現れたのはいいだろう。
(でも……こんなんじゃ、オスカーの隣には立てない……あの生徒会長の方が、よっぽど――)
――オスカーに相応しい。
そんな表現をしようとしたが、思いとどまる。
セレナが生徒会長に対して抱く気持ちは、尊敬とライバル心。
アリアは頭が良く、それでいて強い。美人で、全体をまとめる統率力がある。そんなアリアの告白を断った男が、何ひとつ彼女に誇るものがない自分に振り向いてくれるのか。
襲ってくる激しい自己嫌悪。そして怒り。
(こんなところで、逃げ回っているわけにはいかない!)
セレナの中で、何かが吹っ切れた。
小さな少女を守ることも忘れていない。だが、それ以上に、自分の実力をはっきりと証明したい――宝石のような緑の瞳の中に、静かな炎が燃える。
「おやおや、足を止めましたか。愚かですね。戦いを選んでも死ぬだけですぞ」
「マヤちゃんは将来、私の義理の妹になるの! あんたなんかに、義妹は渡さないから!」
「つまり、お前は西園寺オスカーと婚約している、ということですか?」
マヤはセレナのすぐ後ろにいる。
狂気を感じさせるダークエルフ達を視界に入れないよう、目を固くつぶって。
シュテルベンは、面白くなってきた、と言わんばかりに口角を上げ、呼吸を荒くする。将来の結婚相手を目の前で殺せば、相当な絶望を盟主に届けることができるだろう。
「まだ――まだ婚約はしてない」
「怖い女ですね。勝手に結婚まで話を進めていたとは……それ、ヤンデレってやつですぞ」
「私があんたをぶっ殺したら、婚約するから!」
何の確証もないし本人の同意もないが、自信満々に言うセレナ。
シュテルベンは身震いした。
(この女……思っていた以上にヤバいですぞ)
セレナが先制攻撃を仕掛ける。
考える暇など与えない、不意をついた一撃。
戦いの神ミノスを信仰することによって、得ることとなった神能――その名も〈性能調整〉――たった三十秒だけだが、自分が利き手で触れた相手と同じ戦闘性能にまで引き上げることができる。
戦いの際、そもそもの攻撃力や防御力が劣っていては、技量で勝っていても戦闘に勝つことはできない。
パワーや防御、スピードの弱点を補完することのできる、有能な神能。
制限時間の三十秒は、利き手で相手に触れるという条件を達成してから、という意味だ。
極端な話、ずっと相手に触れることができれば、無制限で神能を使うことができる。激しく体を動かす戦闘において、そのような芸当ができるかは定かではないが。
「――ッ!」
まず、セレナは拳を使った。
一番近い位置にいたダークエルフの顔面を右拳で殴る。
それにより、一時的にダークエルフの腕力と速度を得た。
その力を使って、左で構えていたダークエルフに殴りかかる。
その拳の秘める威力は、今のダークエルフ達のパワーと大差ない。攻撃の的となったダークエルフは、後頭部から地面にめり込み、ぐたっとして動かなくなった。
「お前……本当はゴリラか何かか?」
シュテルベンは驚きを隠せなかった。
可哀想な少女だとばかり思っていたが、そういうわけでもなかったらしい。
ダークエルフ一体は倒した。
残りは四体。
この要領で戦い続ければ――。
「痛っ――!」
セレナがうめき声を上げる。
会心の一撃を繰り出した右拳から湯気が出ている。
(容量オーバー……)
彼女の神能は、どんな敵のスペックにも合わせることが可能だが、体にかかる負担はとてつもなく大きい。
例えば、セレナがオスカーのスペックに合わせようと、〈性能調整〉を使ったとしよう。
するとどうなるか。
――セレナの体が耐えられない。
運が良ければ気絶で済むかもしれないが、運が悪ければ膨大なエネルギーが体内で錯乱して破裂し、死に至るだろう。
今回の敵であるダークエルフも、例外ではなかった。
タナトスによって強化されたダークエルフの戦闘性能は、セレナの体には容量が大き過ぎたのだ。
「ねーね!」
マヤの表情が暗くなる。
彼女の命はセレナに託されているのだ。そんな戦士が負けてしまえば、マヤが生き残ることはない。
「マヤちゃん、大丈夫。きっと――」
「勢いを失いましたぞ」
シュテルベンの矢が至近距離から放たれる。
外れるはずがない。
矢の軌道は、まっすぐセレナの心臓へ。一瞬で回避できるはずもない。
(どうして――)
セレナに恐怖心はない。
(――私は――)
あるのはただ、ひとつ。
(――どうして私は、こんなに弱いの⁉)
――もっと強く、なりたい。
激しい想い。
弱い自分を打ち破り、オスカーのように、強く――。
『待たせて悪かった』
矢が散った。
シュテルベンが興奮した様子で叫ぶ。
「素晴らしい! メインゲストの到着ですぞ!」
セレナ、そしてマヤを救ったのは、またしてもオスカーだった。
「親友と妹は、俺が守る」




