その06 思わぬ展開☆
「オスカーさん、もし貴方様が良ければ、私とお付き合いしていただけませんか?」
後ろで結んだ銀髪が美しい生徒会長、八乙女アリアはこの提案に自信があった。
昨年の七月に行われた生徒会選挙では、一年生なのにも関わらず、圧倒的な支持率で生徒会長に就任。
清楚系とも言われる穏やかな美少女でありながら、学業に長けており、判断力、リーダーシップ共に周囲から評価されていた。
友人も多く、異性からの人気も高い彼女だが、ひとつだけ大きな悩みを抱えている。
――魔眼。
神々が人間に課した未知とも言われる魔眼は、制御が難しい。
何の前触れもなく光ったり、色が変わったりするのだ。
さらには、その魔眼を使って常人には見えないものが見えたりもした。
瞳に映る者の持つ魔力が、纏うオーラとしてはっきりと認識できるのだ。
異常とも言われる魔眼だが、それを持っているということで人間関係に支障が出ることはなかった。アリアの場合、高いコミュニケーション能力と知性があったので、友人を作ることは容易なのだ。
しかし、彼女の友人も、そして家族でさえも、その魔眼を正面から見つめようとはしなかった。
目を合わせることはなく、だいたい視線を少し下にして話す。
魔眼を見つめると災いが降り注ぐ、という言い伝えは、古くから受け継がれている、代表的な迷信だ。
『お母様、どうして私の目を見つめてくれないの?』
『それは……』
彼女の母親、父親でさえも、魔眼を見つめることはなかった。
愛は本物だ。
たったひとりの娘を溺愛し、甘やかしながらもしっかりとした教育を施した両親。しかし、娘の魔眼を見つめようとすると、なぜか手指の震えが止まらなくなる。
『ごめんな、アリア……』
多くの光を反射し、異様に輝くその瞳。
潜在的な恐怖と、凝り固まってしまった価値観。
父親が涙しながら謝ってきたあの夜。
幼い頃から、アリアは自分が他と違う目を持っているとわかっていた。友人から向けられる畏怖の視線を、何度も感じてきた。
魔眼を見つめると、自分の魔力が吸い取られてしまうような、そんな錯覚に陥る。先人達も、その感覚を味わったことでこの迷信を後世に残したのかもしれない。
孤独ではなくとも、アリアは疎外感を覚えた。
その気持ちはゼルトル勇者学園に入ってからも続く。その後出会った四人の生徒達──現在、生徒会の幹部を務めている四人の精鋭達は、彼女の魔眼に打ち勝ったのだった。
『ありがとうございます……私を……私の魔眼を見つめてくれて……』
アリアの中で最も幸せな記憶。
何度も思い出し、そのたびに涙を流すほどだ。
一生出会うことはないと思っていた、四人に出会うことができた。魔眼を見つめてくれる存在は、彼女にとって何よりも大切にしたいものだった。
そして──。
『八乙女会長、君の瞳は魅力的だ』
魔眼に立ち向かい、それでも動じない不思議な男が現れた。
魔力はこれまでに見たどんな者よりも多く、その内側からは自分を遥かに凌駕するほどの自信を感じる。
目にかかるほどの前髪をさらっと流した黒の短髪に、太陽を連想させる黄金色の瞳。
小柄な体格だがスタイルは良く、筋肉がいい具合に引き締まっていた。
一見パッとしないその顔立ちに特徴を与えているのは、右頬にある人差し指一本分ほどの切り傷。
刃物で斬られたのか、綺麗に線が入っている。
少年の名は西園寺オスカー。
アリアが集会の際に異常なまでの魔力量を見て、指示を受けた生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の役員が二週間に渡って監視し続けていた。
『――アリア。八乙女会長ではなく、アリア、と呼んでください』
自分の瞳を見つめてくれた。
かつてない膨大な魔力を保持している。
実力を隠しているのか隠していないのかわからない。
――気になる。彼のことが知りたい。
ミステリアスでどこか異質な雰囲気を持つ少年に対し、アリアは激しい好奇心を覚えた。
彼女はこれまでの人生で一度も恋を経験したことがない。
だからか、この熱く燃える激しい感情が、恋というものなのだと錯覚した。
「オスカーさん、もし貴方様が良ければ、私とお付き合いしていただけませんか?」
それなりに外見には自信があるし、男子生徒からの人気も高いことを考えれば、ここで振られるというようなことは起こり得ない。
初めての告白──目の前にいる相手の返事を待つのに、アリアはここまで緊張したことがなかった。
今もじっと自分の瞳を見つめてくるオスカーの表情に変化はない。
しばらく沈黙が流れた後、彼は視線をそらした。
その様子はどこか寂しげだ。
「世界が涙する」
そして、口を開いた。
ボソッと。
注意を払っていなければ聞き逃してしまうほど小さな声で。
「俺にはまだ、成すべきことが残っている。もしここで君との情愛に溺れてしまえば、世界を変える偉業が成されないまま、全てが滅びてしまう」
「どっ、どういうことでしょうか!?」
ここでようやく気づいた。
自分が振られた、ということに。
アリアは唖然としながら自分を振った少年の顔を見つめていた。
「俺は君とは付き合えない、そういうことだ」
「え、えぇ?」
驚くほどに間抜けな声しか出ない。
アリアは、きっと今、自分が相当な醜態を晒しているに違いない、と思った。
完全に八つ当たりなのかもしれないが、オスカーに対しての一時的な怒りが込み上げる。
「私を振るというのはどういうおつもりですか!? 私は……かなりの優良物件だと思いますが!」
自分で自分のことを優良物件と言って、顔を赤くするアリア。
しかし、実際そうなのだ。
彼女はゼルトル勇者学園の誰もが知る、モテモテの生徒会長なのだから。
魔眼をはっきりと見つめられる人はほぼいないものの、彼女に対して愛の告白をしてくる生徒は平均して月に五人。
優良物件の中の優良物件なのだ。
「ああ、アリアは美しい。女神のようだ。それでいて人柄も良く、生徒会長として高い能力もある。尊敬できる人格者だ」
「そう言うのなら、どうして!?」
「もうその質問には答えたはずだ。俺の恋愛をこの世界が許さない」
「おっしゃっていることがよくわかりません!」
「わからなくていい。俺でなくては荷が重すぎる」
そう言って、西園寺オスカーが背を向ける。
このまま寮に帰るつもりだ。
一切振り返ることも気にすることもなく、この会話など初めから存在しなかったかのように背中が遠ざかっていく。
「そうはさせません!」
追いかけて彼の手を掴む。
これにはオスカーも足を止めた。
「何を言われても、答えは変わらない。だが、辛くなったらまた俺のところに来るといい。魔眼持ちだろうが何だろうが、俺の前でのアリアは、ただの女の子に過ぎない」
「待ってください!」
オスカーの言葉に一瞬心拍数が上がったものの、アリアはさらに手に力を込めた。
背を向けていた少年が、再び魔眼を見つめる。
今は淡い水色に変わっていた。清水のように澄んだ色だ。
「私達〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉を敵に回すおつもりですか?」
「何だと?」
「会長である私が振られたとなれば、役員達も黙ってはいませんよ」
ゼルトル勇者学園の生徒会の名称は、〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉。
この学園をより良いものにするため、この学園を守るため、日々熱心に活動している。
その役員は有能な生徒ばかりだ。
中でも、アリアを含め幹部である五人の生徒は、群を抜いて優秀な勇者候補である。
そんな精鋭全員を敵に回すという行為は、この学園での「死」を意味する。
「個人的な事情で生徒会全体を巻き込むつもりか」
「そのつもりはありません。ですが、彼らには真実をお話しようと思っています。今、私が感じている貴方様の実力の件に関しましても」
「それを聞けば、生徒会は俺を敵に回す、と?」
「私はそれを望みませんが、好戦的な者もいますから」
オスカーはしばらく黙っていた。
流石にこれには参っただろう。
そう思い、アリアは勝手に満足する。だが──。
「いいだろう。生徒会にその覚悟があるというのなら、俺を敵と見なすがいい。一度でも俺に矛を向けたのなら、俺は〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉を叩き潰す」
彼の頬は緩んでいた。
――笑っている。
やっとこの時が来た、と言わんばかりに。
その笑みはどこか狂気じみていた。
「話は終わりだ」
一時的にアリアの視界が奪われた。
バサッと、何かが飛び去るような音がして、また周囲が見えるようになる。
あの一瞬で、西園寺オスカーは消えていた。
八乙女アリアは、また顔を赤くしながら、オスカーとの会話を思い起こしていた。