その41 謎の少年☆
「グレイソン様、どうしてこまってるのです?」
柱の影に隠れて討伐隊の様子を見ながら、冷や汗をかいているグレイソン。そこにクルリンの声が投じられた。
「どうにかしてあの門をくぐりたいんだけど、その方法がなかなか見つからないんだ」
「ふぇ?」
「だから、この学園を出てオスカーのところに――」
「むぅ。そんなの〈水追跡〉すればかんたんに出られるのです」
クルリンが軽い口調で言う。
隣にいるミクリンが目を丸くし、グレイソンは訳がわからないというように首を傾げた。
「あたちとミクリンの神能〈水追跡〉なら、あの騎士にみつからずに外に出られるのです」
「確かに、わたし達がグレイソン君とセレナさんをそれぞれ相棒に指定すれば、四人でこの学園を出られるかもしれません。条件も満たしていますし」
解決の糸口が掴めた、という風に表情を明るくする双子姉妹。
水の女神ネプティーナを信仰する二人に発現した神能〈水追跡〉では、自分以外にひとりだけ、その効果を共有することができる。
それを使えば、あとは討伐隊を追跡すればいいだけなのだ。
「発動時に追跡する人を目視していることと、その人の名前を知っていることが条件なんですが、今回は相手が有名人で助かりましたね」
追う対象者は好都合なことに名の知れた有名人達。
しっかりと神能の発動条件は満たしている。
双子姉妹の様子を見て、グレイソンははっとした。
(――ッ。そうだ、オスカーが不可能な指示をするわけがない。この二人の神能を考えて、みんなで協力することを……)
思わず笑みがこぼれる。
(それなのに、僕は勝手に独りで頭を抱えて……)
「ねえ、私はまだ納得してないんだけど。だって、オスカーが魔王を討伐しに行ったなんて、そんな――」
「セレナっちはしーなのです。あたちはやる気まんまんなのです!」
セレナの不満の声を相殺したクルリンの言葉。
チャンスが巡ってきた。
ちょうど今、生徒会の幹部をはじめとする討伐隊を〈水追跡〉で追えばいいのだ。
「よし、二人とも、頼んだよ」
***
ゼルトル勇者学園から組み込まれた魔王セトの討伐部隊は、王都の〈王国通り〉に無事辿り着いた。
やる気に満ち溢れた〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の幹部五人。
その後ろから彼らを見守るように構えている教師十名。
戦う相手は邪知暴虐の魔王セトだ。
数々の都市を暴れ回り、崩壊を引き起こしてきたという。魔王の中では新米で、まだ自分の力がどれほどなのか試している段階であると、王国の情報機関は公表していた。
「おいおい、ありゃ何だ? ふざけてんのか?」
刈り上げた赤髪が目立つ天王寺エイダンが、〈王国通り〉で繰り広げられている衝撃の光景に驚愕と苛立ちを見せる。
「魔王と単独で戦っている、だと?」
エイダンの後ろで指揮を執る予定だった九条ガブリエルも、理解が追いつかずに後退りする。
これには討伐部隊の全員が言葉を失った。
選ばれし十五名ほどの実力者でまとまって勝負を挑んだとしても、勝てるかわからない相手――魔王セト。そんな存在に、たった独りで挑む少年を目にしたのだ。
魔王セトは二Мを超えるほどの体格。それに対し、少年は百六十CМほどと小柄だ。
だが、少年はその体格差をむしろ有利に扱っている。
低いところから正確に斬撃を繰り出し、体をくるっと回転させて魔王の攻撃をかわす。
離れていても圧を感じるほどの膨大な魔力の波。魔王セトから放たれる紫の魔力と、少年から放たれる黄金色の魔力が激しくぶつかり合っている。
彼らの目には、少年は魔王セトと互角に戦っているように見えた。
「あの金髪の勇者、見たことあるか?」
隣で目を細めて観戦している立花に、〈剣術〉教師の桐生が聞いた。
立花がわからないとでも言うように首を振る。
「小柄で金髪の勇者はたくさんいるが……あの格好は……貴族か?」
魔王セトと攻防を繰り広げる少年は、貴族の格好をしていた。
金持ちではないと手に入れられないような腕輪や指輪。先の尖った革製の靴。
討伐部隊がいる角度からだと、少年の顔が見えない。金髪であることしか、容姿の特徴は掴めなかった。
「そういうことだったのね、オスカー」
少年の戦いぶりを微笑みながら見守る月城ルーナは、少し前に中庭で会った少年の姿を思い浮かべた。
その少年の後ろ姿は、髪色こそ違えど、目の前で戦いを繰り広げる少年の姿と一致していた。
『君が望むのなら、近いうちに教えてやろう。西園寺オスカーが何者なのか』
オスカーの台詞を思い出し、頬を薄紅色に染める。
(からかうだけのつもりで近づいてみたのだけど、ワタシを本気にさせたようね)
***
神能〈水追跡〉を解除し、さっと建物の裏に身を潜めたグレイソン達四人。
彼らも彼らで、魔王セトと少年との戦いに心を奪われていた。
グレイソン、ミクリン、クルリンの三人は、当然ながら少年の正体をわかっている。
いくら強いとはいえ、オスカーが魔王に匹敵するほどの実力の持ち主とは思っていなかった三人。
改めて、オスカーという異次元の存在に畏怖の念を示す。
グレイソンは身近にいる「強者」の威厳を感じ、その背中の遠さに溜め息を漏らした。
そして、セレナは。
少年の正体がオスカーであると半分気づきならがも、頭の中で何度もその発見を否定していた。
(あり得ない。そんな――オスカーが――あんなに――)
一学期期末テストにて、彼の座学における実力はわかっている。
(だけど、こんなのって――)
情報の処理が追いつかない。
本当は実技ももう少しできるのではないか。普段は手を抜いているのではないか。理由はわからないが、やればそれなりにできる生徒なのではないか。
オスカーの実力への認識はその程度だった。
それ以上に、いつも傍にいてくれる存在、としての価値は大きい。コミュニケーションが苦手なセレナにとって、オスカーの存在がどれほど支えになるか。
「セレナさん、危ない!」
気づけばセレナはふらふらと建物の裏から出ていた。
だがそこは、魔王セトの攻撃射程圏内。
狙われたら即終了の領域だ。
グレイソンが慌てて引き戻そうとするが、セレナは何かに突き動かされていた。
(確かめたい。あれが本当に、オスカーなのか)
顔を確認するまでは確信できない。あの少年は黒髪ではなく、金髪なのだ。本当はプロの勇者で、この疑念はただの勘違いなのかもしれない。
――どうしても、オスカーの顔が見たい。
その時、魔王セトの超高速の斬撃が、セレナの胸めがけて飛んできた。グレイソンが彼女を守ろうと飛び出す。だが、このままでは間に合うはずもない。
(――私、ここで死ぬんだ)
セレナは死を覚悟した。
自分の愚かな行動で、命を落とす。目を固く閉じて、自分の肢体が切断される瞬間をおとなしく待った。
だが、いつまでたっても、死ぬ瞬間は訪れない。
時が止まったかのように感じた。恐る恐る目を開ける。
『お前に死んでもらったら俺が困る』
そこには、貴族の格好をした、黒髪の少年がいた。
〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉や教師陣からは死角となる道の片隅。
彼はその時だけ、本来の黒髪に戻したのだ。魔王セトの遠距離攻撃を弾き返し、セレナを守った。
「「オスカー」」
涙を目に溜めるセレナと、助けに飛び出したグレイソンの声が重なる。だが、それはほんの一瞬だった。まるで幻だったかのように、オスカーの姿が消える。
セレナは膝から崩れ落ちた。
***
学園からの討伐部隊は本来戦闘に加勢するはずであるのにも関わらず、黙って少年と魔王の戦いを見ていることしかできなかった。
入る隙がない。
王国を揺るがす魔王と、それに勇敢に立ち向かう少年。
そこに参戦することが可能な者は僅か。
「あれはヤバい。サイコーじゃないか」
生徒会副会長、白竜アレクサンダー。
そして――。
「やはり実力を隠されておりましたね」
生徒会長、八乙女アリア。
他が剣を構えたまま動けないでいる中、二人はどこか愉快そうに微笑み、剣を鞘に収めている。少なくとも、この二人、そしてルーナは確信していた――あの少年が西園寺オスカーである、ということを。




