その38 貴族の演技
大勢の国民の悲鳴が聞こえる。
大人から子供まで、無力な人間が入り乱れ、通りを駆けていた。
魔王がやって来る。
なんとかゼルトル騎士が悪の勢力を無力化しようと努力しているようだが、彼らの力では魔王にかすり傷ひとつ負わせることができない。
呆気なく殺された騎士達。
完全武装も意味はない。鎧は打ち砕かれ、ただの残骸となって道に転がる。
たくましい体つきをした男達の死体。彼らも弱い存在ではないはずだ。長い間高度な訓練を受け、王国の防衛を任されただけに、腕利きの冒険者なりの実力は伴っているはずだった。
「これが圧倒的な力か」
逃げ惑う国民と反対方向に歩く。
俺の表情に恐怖や焦りはない。
確かな自信と、強い好奇心。ここしばらく自分に匹敵するだけの強敵と戦わなかったからこそ、全力を出せるかもしれないこの状況に胸を躍らせていた。
『おい! そこの君! そっちは魔王セトがいる! 逃げろ!』
『邪知暴虐の魔王セトだぞ! これがどういう状況なのかわかっていないのか!?』
ほとんどは自分のことや大切な人のことしか考えていないようだが、何人かの国民が俺の心配をしてくれる。
「忘れ物をしてしまったんだ」
夢を見ているかのような表情で、俺は歩き続けた。
ちなみに、ここは王都ゼルトル・シティの大通りである〈王国通り〉で、ゼルトル勇者学園からは僅か三KМほどの距離にある。修業時代に一度だけ来たことがあるため、俺の愛用する〈刹那転移〉を使えば、誰にもバレずに一瞬で移動可能だ。
ゼルトル勇者学園の生徒であることがわかってしまうので、白い制服は着ていない。
貴族が着るような優雅なガウンを羽織り、金の腕輪と指輪でこれでもかと高級感を演出する。靴のつま先部分は尖っていて少し歩きにくいが、これくらいのハンデは与えてやってもいいだろう。
シュールな話だが、この衣装は、修業期間から今に至るまでに貯めた資金で購入したものだ。ほんの少し前、王都の服屋で準備を整えた。
残金はない。ゼロ・マネーだ……。
瞳はそのままで、髪はグレイソンのようなさらさらの金髪を選んだ。
神能〈色彩変身〉は、自分の瞳の色と髪、眉の色を自在に変えられる、というものだ。
だが、それは変身前に会話を交わした人物の髪色、瞳の色に影響される。
だからこそ、グレイソンと話すことは不可欠だった。
瞳はあえてオリジナルのままだ。
今の俺は貴族。
歩き方から剣の構え方に至るまで、とことん再現した、エレガントな戦い。
遅れてこの場に現れた討伐隊は驚くだろう。見知らぬ貴族の坊ちゃんに、魔王が倒されているのだから。
「邪知暴虐の魔王セト、俺を楽しませてくれ」




