その36 戦闘準備☆
スペイゴール大陸の南に位置する、ゼルトル王国。
歴史ある王国であり、大陸でも指折りの勇者が誕生する地でもあった。
勇者というのは、魔王に挑む者のことである。
神々の力を借り、その対極の存在である邪悪の化身、魔王に果敢に立ち向かうのだ。
神々と同じく、この世界には数多くの魔王が存在する。
種族は様々で、稀だが人間が魔王として進化することもあれば、ダークエルフや魔人などの闇種族と呼ばれる種族の者が魔王への進化を遂げることもあった。
ゼルトル勇者学園は、〈勇者の聖地〉とも呼ばれるゼルトル王国が莫大な予算を投じて作った、勇者候補を育成するための教育機関である。
『ヤバい! 魔王が来たぁぁぁああああ!』
『助けて! 死んじゃうよぉぉおおお!』
『俺達は勇者になるんだ! 今すぐに魔王討伐に向かおう!』
そんな学園は今、混乱の渦に巻き込まれている。
ゼルトル王国に魔王が侵入してきたのだ。
その魔王の名はセト。
大陸西側地域での活動が活発な、近年力をつけてきた新米魔王である。
元々は魔人の剣士で、殺しを日常的に行っている、武力が全ての魔王だ。
魔王セトに交渉は通用しない。彼には理性などほとんど残っておらず、狂った野獣のように、目の前にあるものを破壊していく。
腕力、魔力、身体能力は桁外れに高く、さらには斬りつけた相手を堕落させるという〈暗黒剣〉を所持していた。
この圧倒的な力に抗うことができるのは、ゼルトル王国が誇る勇者達のみ。
勇者学園を卒業し、魔術師や回復術師など、優秀な仲間を集めて勇者パーティを作る。その勇者パーティを率いる勇者として、王国外にいる魔王討伐へと向かわされるのだ。
通常、王国の防衛はそれなりに訓練を受けた騎士団が行っている。
だが、今回は魔王が直々にゼルトル王国へと乗り込んできたのだ。それも、単身で。
前代未聞の事態に、ゼルトル王国の至る所で混乱が広がる。
魔王討伐の旅に出た勇者パーティを連れ戻そうにも、かなり時間と労力、費用がかかりそうだ。
「アリア君、どうするつもりだい? ボク達学生に出る幕はあるのかな?」
緊張が張り詰める生徒会室。
少し前まで呼び出されていた西園寺オスカーは正面の扉から颯爽と立ち去り、残された会長と副会長は魔王セト討伐の準備をしていた。
制服の上から胸当てと肘当てを装備し、剣を腰に備える。
基本、勇者は動きやすさを重視して軽装だ。
怪我のリスクも高まるが、勇敢さがなくては勇者は務まらない。自分自身を奮い立たせ、戦いに臨む。
「多くの勇者パーティが王国を出ている以上、私達が魔王を阻止しなくては、犠牲者が尽きません。この学園の生徒会長として、私も参加させていただきます」
普段のおしとやかな印象とは打って変わって、凛々しい表情を見せるアリア。
アレクサンダーはこういう時に改めて実感する。
そういえばこの純潔の美少女は、この学園のアイドルではなく、学園を統率する生徒会長なのだ、と。
小さな溜め息をこぼし、パチンッと両手を合わせる。乾いた音が生徒会室に響き渡った。
「わかった。とはいえ、教師がボク達の外出と戦闘を許可してくれるかどうか。それが心配だけど――」
『失礼します』
生徒会室の扉が叩かれ、細身の男子生徒が入ってくる。
片眼鏡をかけた、深緑の髪の三年生、九条ガブリエル。
得意の座学でオスカーとの勝負に負けた後も、こうして生徒会幹部としての仕事を継続している。それは、自分を負かした相手でもあるオスカーのおかげだ。
彼がガブリエルの退学を阻止し、生徒会にも残らせた。
勝負後、完全に自信を消失していた〈座学の帝王〉に、オスカーが告げた言葉。
『──九条ガブリエル、忘れるな。たとえお前がここで立ち止まろうと、俺は走り続ける』
――悔しい。
はっきり言って、オスカーの言動の全てはガブリエルの癪に障る。生意気が過ぎる後輩だ。だが、西園寺オスカーには圧倒的な強さがあった。
座学ならば誰にも負けない、と思っていたかつての自分。
試験科目全てで満点を取ることができたのは、例年通りだ。今回の敗因はオスカーを見くびっていたことと、戦い方を深く考えなかったこと。
初めて、座学においての好敵手ができた。
ガブリエルにとって、西園寺オスカーは実力を認めている敵だ。退学の危機に陥った自分に手を差し伸べてくれたとはいえ、オスカーのことを友人とするわけにはいかない。
だが、落ち込んで立ち止まっている間にも、西園寺オスカーという存在は走り続けている。その刺激が、今のガブリエルにはなくてはならないものとなっていた。
「教師陣から〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉幹部の出動命令が出た」
学園が生徒達の動揺でざわめく中、ガブリエルが報告する。
魔王侵入の気配を感じ取った彼は、すぐさま職員室へ赴き、幹部の出動指示を仰いだのだ。
「おっ、ガブリエル君! やっぱりできる男だねぇ」
「天王寺と月城にも声をかけておいた。吾輩は魔王との戦闘ではさほど貢献できないだろうが、指揮官を務めることくらいはできる」
「わかりました。それでは、ガブリエルさんには指揮官をお願い致します」
ゼルトル勇者学園の生徒で最高の戦力を誇る、〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の幹部達。
実際の戦闘での実力を低く見積もっているガブリエルも、学園で上位の戦闘力を持っている。この異常者五人が集まれば、大概の問題は解決してしまうだろう。
***
〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉の幹部に勝てる存在。
準備万端の彼らに代わり、王都で暴れている魔王セトを倒すことができる無二の存在。
すでにこの時点で、魔王セトのすぐ目の前に立ちはだかっている小柄な少年。
威風堂々たる立ち姿で、身長二Мほどの魔王を見上げている。
王都の街並みは美しい。
レンガや石造りの建物が立ち並び、酒場やギルド、劇場などの施設も充実している。
しかし、魔王セトの破壊により中心街の建造物は半壊し、爆発に巻き込まれた国民の死体が転がっていた。中でも、魔王セトに直接殺された国民は腕や脚が無残に裂かれ、大量の血を残して命を落としている。
そんな惨い光景を見て、いきなり現れた黒髪の少年は苦しそうに顔を歪めた。目前の魔王セトを睨みつけ、静かに剣を抜く。
『小僧! 早く逃げろ!!』
『あれは魔王だ! お前みたいなチビが敵う相手じゃねぇ!』
『お願い、逃げて!』
少年と魔王との対峙。
この場面を見た国民は、誰もが少年の死を覚悟した。少年を哀れみ、大声で彼を止めようとする者もいた。必死に逃げながら、囮になってくれた少年に感謝した者もいた。
だが、少年にとってはそんなことなどどうでもいい。
西園寺オスカーは自分が自然と笑みを浮かべていることに気づいた。
楽しみで仕方がないのだ。
これから巻き起こる、魔王セトの激しい戦闘のことが。




