その31 期末テストの余波
今回の俺と九条の件は、内密に処理されることとなった。
その大きな要因は、未知数の生徒、西園寺オスカーにある。
鬼塚は遂に真剣に考え始めた。西園寺オスカーの異常性について。
それは三年生担当の立花も同じだ。
座学で最強の生徒に、特に優秀でもない一年生が勝てるはずない。その常識が今回覆されてしまった。ノーマークだった西園寺オスカー。果たして彼は何者なのか。
職員室では今頃、西園寺オスカーの話題が人気になっているだろう。
桐生レイヴンが納得したように微笑んでいる様が目に浮かぶ。もうこの時点で、俺は無名の生徒ではなくなってしまった。
それは、学級でも同じことだ。
『西園寺君、実は勉強できたんだね』
『あの〈座学の帝王〉に勝ったって本当?』
『なんで今まで本気を出さなかったのさ?』
話したことも、話しかけられたこともないクラスメイト達から、質問攻めに遭う。
内密に処理されたとはいえど、学園は狭い。すぐに噂は広がってしまう。そして、その噂の出所を探っていくと、必ずひとりの犯人に辿り着く。
白鳥スワン。
適当主義なくせに、意外とお喋りらしい。
担任だったらもう少し生徒の個人的な事情も考えて欲しいものだ。俺に限ってそんなものはないわけだが。
一躍時の人となった俺。
少しの間はチヤホヤされるだろうが、そのうちすぐに彼らの興味は別のものに移っていく。それを知っている俺は、この機会に友達を増やそう、などとは考えず、ただ上手に話を流すことに専念した。
最後はグレイソンが優しくオブラートに包んで、それじゃあまたいつか、と言ってくれるので、本当に助かっている。
そして、この噂の流失によって、誰よりもしつこかったのは――。
「オスカー、これ、どういうこと!? 実は前から勉強できてたんでしょ!?」
今も押し倒す勢いで顔を近づけてくる、二階堂セレナだった。
彼女には九条とのことを事前に知らせていない。
話がややこしくなるのを防ぐためというものもあったが、俺の圧倒的勝利を噂で知った方が、彼女の頭により強く衝撃を与えるだろうと予測していたからでもある。
こうして情報が流出することも想定済みだ。
むしろ無責任な担任のスワンには感謝している。まだ完全ではないが、「ほんの少し実力がバレてしまった」という最高の演出をすることができた。
ここで欠かせないのがセレナの反応。
今まで疑問に思っていた唯一の友人の正体について、この筆記試験で少し確信が持てたのだ。この調子で実技の実力にまで疑いを持ってくれれば文句はない。
「いつもどこか余裕っぽさそうだったから、不思議に思ってたんだけど……そういうことだったのね」
「なに、今回はたまたまだ」
「ふーん、それより、そんな重要なことを私に言ってくれなかったのは、どうして?」
いつも輝きを放っているはずの緑色の瞳から、光沢が消える。
伝説となった勝負の昼休みが終わり、午後の授業が過ぎ、そして放課後。
担任のホームルームを待つ俺達〈1‐A〉は、教室の席に座り、友人らと声を弾ませながら担任を待っていた。
隣の席の美少女、二階堂セレナ。
俺はここでどういった言葉を返すべきか。選ぶ言葉次第で、彼女の機嫌が大きく変わってくる。
「余計な心配をさせたくはなかった」
しっとりとした声で、俺はつらそうに虚空を見つめた。
だが、彼女の絶対零度の表情は変わる気配がない。グレイソンもクルリンもミクリンも、俺が九条と筆記試験で対決することは知っていて、応援してくれていた。
それは三人が俺の実力をある程度は知っているからだ。
西園寺オスカーの秘密の共有者。
嫉妬してすまなかったと謝罪したはずなのに、このことに激しい嫉妬心を燃やすセレナ。
「私はオスカーの親友なの。友人のグレイソン君達に伝えるくらいなら、私にも伝えなさいよね」
いつ俺とセレナの関係が友達から親友へと進化したのかはわからない。
とはいえ、ここでその疑問をぶつけるのは火に油を注ぐようなものだ。俺もその辺は常識があるらしい。まだ自分にも正常な思考力が残っているようで安心した。
「セレナ、俺はお前を大切に思っている」
ここで不意打ちを食らわす俺。
「お前が大切だから、守りたいんだ。男同士の争いにセレナを巻き込むわけにはいかなかった。俺を許してくれ」
「――ッ」
一気にセレナが紅潮する。
俺の勝利だ。
彼女のチョロさは俺を救い、世界を動かす。この世界も忘れてはならないということだ。セレナのチョロさによって、万事は回っているということを。
***
「今回も、キミには驚かされたよ、オスカー」
今宵も月が美しい。
見上げる夜空には、満天の星空が広がり、欠けているところのない満月の甘い光がゼルトル勇者学園を彩る。
男子寮の屋根の上に腰掛け、俺とグレイソンは会話を交わしていた。
何度も憧れた状況。
男子の友達ができたことで、俺も遂に屋根進出を果たしたのだ。
赤ワインに見立てた葡萄ジュースを、優雅にグラスで飲み干す。水滴の付いた透明のグラスは、月光に包まれ幻想的だ。
その雰囲気を楽しむのは、少年二人である。
「俺は今回、何度もグレイソンに助けられている。君のフォローがあったおかげで、九条とのことが上手くまとまった」
「僕のフォロー? そんなものしてないよ。全部キミの実力じゃないか」
「実力、か」
囁くように言い、ぼーっと月を眺める。
グレイソンには今の俺がどう見えているのだろうか。
「実はずっと考えていたことがあるんだ」
深い表情ならばグレイソンも負けていない。気まずいことでも尋ねるかのように、息を整えて話を切り出すグレイソン。
「オスカーは……本当に、僕達と同じ人間なのかな? 単純に努力を重ね続けるだけで、そんなに強くなれるのかい?」
いずれは自分が強くなる。
西園寺オスカーは自分が超える。
なぜかそう宣言されているような気がした。
人間である以上、高みを目指すという思考に逆らうことはできない。だが、もし純粋に強さだけを求めるのであれば、人は人でなくなってしまう。
俺の原点。
俺もかつては「かっこよさそう」という理由で最強を目指し、毎日地獄のような訓練と試練に明け暮れていた。
その過去をこの夜空は知っている。
神殺しの西園寺オスカーが誕生したあの日も、今晩と同じような魅惑的な満月と、美しい星空が広がっていた。




