その110 大きな賭け
一回戦で最も注目されている試合は、アレクが登場する第八試合だ。
前回覇者の登場に、闘技場全体が盛り上がる。
一回戦を勝ち抜いたグレイソンは、次の試合でこの男と戦うことになるわけだ。
この第八試合の結果は言うまでもない。
アレクの圧倒的勝利。
神能を使う素振りを見せることなく、純粋な剣術の戦いで圧倒的な勝利を収めた。
「……」
グレイソンは何も言わない。
第七試合を終えたグレイソンは、今ではテオの隣に座っている。
全員でグレイソンに祝福の言葉をかけたが、彼の表情はまだ引き締まったままだった。
普通であれば、前回覇者との二回戦に絶望し、開き直る。
ここで気を抜き、一回戦で勝てたから満足、と言って落ち着くところだろう。
だが、グレイソンの瞳の中にはまだ闘志が燃えている。この会場のほぼ全員がアレクの勝利を信じて疑わないであろう状況。この空気感もグレイソンにとっては嫌なものに違いない。
アレクを称える歓声を聞くグレイソンの表情は至って真剣だ。
クルリンとセレナは相変わらずイチャイチャを繰り広げているが、俺やテオ、ミクリンの間に流れる空気もグレイソンに引っ張られて緊張感のあるものになっていた。
「本当の戦いはここからだ」
「ああ、そうだね」
聞こえるか聞こえないかぐらいの俺の呟きに、グレイソンが反応する。
自分の実力が学園の上位層にどれだけ通用するのか。
グレイソンにとっては最高のチャレンジ、俺にとっては最高のシチュエーション。
お互いの目的は違うかもしれない。
だが、その根元にある信念は共通している。
――強さへの渇望。
強ければ、何者にも邪魔されてない。強ければ、理想の世界を実現できる。
前回覇者に勝利を収めることも、強キャラを相手にかっこよさそうなムーブをかますことも、圧倒的な強さを持っていなければできないのだ。
爽やかな笑顔を振りまきながら退場するアレク。
グレイソンの目は、もう彼を「対戦相手」として捉えていた。
***
決勝トーナメント二回戦以降は、大会二日目に始まる。
八人に絞られた生徒達。
その中に俺とグレイソンも含まれていた。
明日までゆっくりと休んで体力を温存することもあり、ギリギリまで訓練を積み重ねて最後の調整をするのもあり。
二回戦までの過ごし方が、勇者祭の結果に少なからず影響を与えることは言うまでもない。
勇者祭一日目の終了ということで、多くの生徒が寮に帰っていく。
最後に残ったのはたったの八名の生徒なのだから、ほとんどの生徒にとっての明日は観戦だ。緊張から解放されて、友達と楽しく決勝トーナメント観戦を楽しめばいい。
解散の指示が出てから十五分もすれば、〈闘技場ネオ〉から活気が失われ、人ごみが外に流れていく。
俺はただ、その様子を黙って眺めていた。
観客席の椅子に腰掛けたまま。
気を引き締めて明日に備えている俺とグレイソンに気を遣ったのか、ミクリンたちも今では闘技場の外だ。
「まだ残っている生徒もいるみたいだね」
「そういうグレイソンも、明日に向けての調整をするつもりなんだろう?」
席ひとつ分離れて座るグレイソンと、視線を合わさないまま言葉を交わす。
俺達の視線の先には、戦場に下りて剣を振るう美少女と、ちょうど反対側の観客席にゆったりと腰を下ろした美少年の姿があった。
「俺も邪魔することにしよう」
闘技場に残るのは四人。
俺、グレイソン、アレク、アリア。
さっと立ち上がり、そのまま跳躍する。
空中でくるっと二回宙返りした俺は、淡々と剣を振るうアリアの背後に着地した。
「調子はどうだ?」
剣を構えたまま振り返るアリア。
いつもはあらゆる光を反射して輝く特有の魔眼は、光を拒絶したかのように輝きを失っている。これが、戦闘時の八乙女アリアということか。
俺を視界に捉えてから五秒ほどすると、少しずつ魔眼が輝きを取り戻していく。気づけばいつものアリアの雰囲気を纏っていた。
「三回戦ではその冷酷な瞳を向けられる、ということか」
「オスカーさんなら、確実に三回戦に進出するでしょうね」
「アリアが見据えるのは優勝か」
「そうですね。優勝を目指すのでしたら、ルーナ、オスカーさん、アレクを相手に勝利を収める必要があります。今の私の実力が、果たしてどれだけ通用するでしょうか?」
瞬間、雷鳴が轟く。
大迫力の雷が落ちた先は、俺のすぐ左だ。
「今日ここで戦うことには賛成しないよ、アリア君」
「アレク、私はただオスカーさんとの会話を楽しんでいただけです」
最高にかっこいい登場シーンを披露したのは、白竜アレクサンダー。
やはり彼はわかっている。
「ボクが決勝で戦う可能性が最も高い二人だからね。明日は万全の状態で戦ってほしいんだ」
「無論、そのつもりだ」
「オスカー君がついに本気を出すってことかな?」
「俺がいつ本気を出すと言った?」
アレクの方に視線を向けることなく、淡々と台詞を口にする。
ポケットに手を添えて仁王立ち。
警戒を見せない余裕ある立ち居振る舞い。
風が吹く。
その風は俺の前髪を左に流し、視界をより鮮明にした。そこに映るのは銀髪の美少女。軽く微笑みを見せるアリアだ。
名案を思いついたとでもいうような、ずる賢い表情。
「オスカーさん、ここはひとつ、賭けをしませんか?」
「……賭け、だと?」
「ええ、賭けです。といいますか、私と貴方様の間の約束のようなものです」
「約束、か。悪くない響きだ」
俺の言葉に、アレクがクスッと笑いをこぼす。
何が面白かったのかはわからない。
「もし私が三回戦でオスカーさんに勝ったら、今度こそ実際に交際していただくというものです」
「ほう、面白い」
「逆に私が負けた場合は、生徒会長の座をオスカーさんにお譲りします」
「……」
まさかの一言。
男女交際に関しては何度も持ちかけられた話題なので特に驚きはなかった。
だが、生徒会長を辞めるというのは相当な覚悟が必要だ。
「勇者祭が終わると、結局のところ生徒会役員の入れ替わりが起こります。三年生が引退し、役員幹部を決める選挙が行われるということです」
「ボクも引退かぁ。これで自由にオスカー君に絡みにいけるね」
余計な一言を挟んでくるアレク。
アリアはそんなアレクを静かに睨むと、咳払いをして話を続けた。
「私は二年生で生徒会長になることができたので、過半数の反対が出ない限りはまた一年続けられるのですが……ここで信頼できる生徒を推薦して生徒会長にすることも可能です」
「それに、俺を選ぶというのか?」
「ええ、私はオスカーさんを信頼していますから」
生徒会長になっている自分の姿を想像してみる。
前回生徒会入りを提案された時には断っているが、今回は待遇がまるで違う。
生徒会長はこの学園のトップ。
この勇者祭で実力を学園の生徒全員に示しつつ、その後は生徒会長として君臨する――これは……いいかもしれない。
「面白い。その賭けにのってやろう」
俺の判断に、アリアは。
世界を惚れされるほどの微笑みを浮かべ、満足したように頷いた。




