その109 親友の成長
会場は大歓声に包まれていた。
それもそのはず。
三年VS一年の真剣勝負で、圧倒的に不利な一年が勝利を収めたからだ。
だが、ほんの数秒前までは、今の雰囲気とは正反対の、困惑した空気感が闘技場全体に広がっていた。
「嘘だろ……」
「俺は幸運だった」
俺の後ろで呆然と立ち尽くす対戦相手の武田。
自分が負けたという現実に、思考が追いついていない。
観客もまた然り。
おそらく、ほとんどの観客は今何が起こったのか把握できていないだろう。
「わざと斬られたのか?」
「……」
武田からの問いには答えない。
だが、それはむしろ問いというよりは確認に近かった。
彼が言った通り、俺の腹は斜めに深く斬りつけられている。血が戦場に流れ、こちらの戦力の低下をわかりやすく示していた。
しかし。
斬られたのはあくまで演出だ。観客の間で一種の錯覚を起こすための、エンターテインメントに過ぎない。
膝から崩れ落ちる武田。
この様子を見て、観客がようやくこの状況に気づいた。
武田の太ももに二本の線が入っている。
右に一本、左に一本。
その切り傷は見事に太ももの力をそぎ落とし、地面に立つことさえも不可能にした。
間合いを詰めた隙に、自然な動きで相手の太ももの筋を切断したのだ。その作業をしている間に、俺の腹はざっくりと斬られてしまった。
『勝者、西園寺オスカー!』
角笛と共に、審判員の声が会場中に響き渡る。
狂ったような叫び声を聞きながら、俺は一切表情を変えなかった。
見据えるのは明日の二回戦。
エイダンとの対決だ。
俺を知らないほとんどの生徒はエイダンの勝利を確信しているだろう。だから俺への期待は驚くほどに低い。
それは今回の一回戦をしっかり観ていたとしても同じことだ。あのエイダンが一年ごときに負けるはずがない――そんなところだろう。
***
一回戦第六試合までは、予想通りの結果が並んだ。
俺の次に登場したエイダンは、気づけば対戦相手を半殺しにしていて、審判に止められるほど殺気立っていた。
戦いが終わって俺の方を睨んできたことからも、彼がこの大会で俺を殺しにきていることがわかる。
無論、殺しはそもそも禁止であり、エイダンに殺されるつもりも一切ないが。
第三試合はルーナ。
同学年の二年の男子を相手に、余裕の表情で勝利を収めた。
というのも、彼女はほとんど戦っていない。神能の影響なのか、対戦相手の男子生徒は自ら降参することを宣言したからだ。
それは、戦闘開始の合図が出てから僅か三十秒後のことだった。
第四試合はアリアと三年男子の戦い。
相手が三年生であったとしても、アリアが負けるなど誰も思っていない。
そして予想通り、いつもの穏やかな表情からは想像もできないほどの冷酷な瞳で相手を追い詰め、エイダンの時以上に一方的な攻撃の連続により、第四試合は幕を閉じた。
後半戦に突入した第五試合。
ここでなんと、俺とグレイソンに次ぐ三人目の一年生が登場する。
初めて目にした〈1-C〉の女子生徒だ。
名前は雨宮シル。
実力派美少女の登場に会場が沸いたが、それも束の間。雨宮は経験を積んだ三年に勝つことはできなかった。
そして第六試合はガブリエル。
座学においては絶対的な強さを誇るガブリエルだが、実技の方はどうか。
期待していなかったわけではないが、彼の剣術もまた見事だった。
何度も練習を積んでいるというよりかは、細かい動きまで理論を勉強した再現性の高い戦い方。剣ばかり振るってきた脳筋の剣士は批判するかもしれないが、個人的に好きな剣術だと思った。
「行ってくるよ」
後半戦が始まると同時に、席を立って控え室に向かったグレイソン。
いよいよ第七試合。
グレイソンVS三年生の戦いが始まる。
「この勝負、どっちが勝つと思いますか?」
右隣に座っているミクリンが聞いてきた。
その右にはクルリン、さらにその右にはセレナが座っている。
どうやらクルリンはセレナに構ってもらうことが好きらしく、最近はよくセレナをぺたぺたさわっている。
微笑ましい光景だ。
ちなみに、俺の左ではテオがグレイソンを応援していた。
「グレイソンが勝つと言いたいが、相手は三年だ。楽観的なことは言えない」
「いや、グレイソンくんはきっと勝つよ」
厳しめな俺の意見を、テオが相殺する。
少しもグレイソンの勝利を疑っていない、澄んだ瞳だった。
それを見て、俺も考えを改める。
「グレイソンの瞳の中の野心がまだ燃え続けているのなら……勝利の女神は彼に微笑むだろう」
***
結論から言おう。
俺の予言は、本当になった。
かっこよさそうな台詞を吐いたに過ぎなかったのだが、どうやら本当に勝利の女神は彼に微笑んだようだ。
対戦相手は三年の男子。
速水フィンクスという名の二刀流の使い手だった。
学園全体の噂に無関心な俺でも、速水の名は耳にしたことがある。
二刀流を使うというのは、目立つ。
俺も二刀流で戦いたいと考えたこともあったが、彼がこの学園では二刀流で名を通しているため、二番煎じになることを恐れて二刀流には手を出さなかった。
それに、決勝トーナメントに進出してくる時点で、実力の高さは証明されている。
「あたちも二刀流やってみたいのです」
「クルリンには無理でしょ」
「むぅ。やってみないとわからないのですぅ!」
「まずはその短剣を使いこなしてから言いなさいよ」
「むぅー!」
興奮した様子でクルリン・タガーを振り回し始めたクルリンに対し、セレナが冷静にツッコミを入れた。
これまでは主にミクリンが担当していたクルリンへのツッコミだが、今ではセレナが肩代わりしている。
戦場ではもうすでに、グレイソンと速水の戦いが始まっていた。
二刀流で戦うということは、守備範囲も攻撃範囲も広いということを意味する。
使いこなすまでに時間がかかるということ、下手をすれば自分の方に剣が当たってしまうことを考えると、妥当な利点ではあるか。
だが、実際に戦いの場で二刀流を使ってきてここまで勝ち上がったということは、自分の戦い方を確立しているということだ。
そんな相手に、グレイソンはどう挑むべきか。
彼が導き出した戦略は単純なものだった。
間合いの管理を徹底しながら、片方の剣に徐々にダメージを蓄積し続けること。
これに気づいた生徒が何人いるだろう?
「グレイソン君、ずっと左手の剣に攻撃してますね」
隣のミクリンは気づいたようだ。
その言葉を受け、セレナたちもグレイソンの攻撃の対象に注目する。
「確かに……」
ボソッと呟くセレナ。少し悔しそうだ。
実際に攻撃を受けている速水も、左の剣が狙われていることには気づいているだろう。だが、無理に右の剣で攻撃を受け止めようとすることにより、今度はこれまでのリズムが狂い始めている。
剣術はリズムが重要だ。
自分のペースに相手を巻き込むことが、結果的な勝利へとつながってくる。
そして――。
「どうやら、勝利の女神はグレイソンに微笑んだようだ」
体重移動が上手くいかなかった速水に、グレイソンが追い打ちをかける。
そのまま速水はバランスを崩し、チェックメイトを許してしまった。
「やったのです! グレイソン様が勝ったのです!」
クルリンがセレナにギュッと抱きついて喜びを表す。いきなり抱きつかれたセレナは、顔を赤くしながらクルリンの背中を撫でていた。
「ありがとうございます、オスカー君」
「ん?」
急に礼を言い始めるミクリン。
何のことかわからず、首を傾げる。
「グレイソン君を変えてくれて」
「……」
「オスカー君と出会ったことで、グレイソン君も、わたし達も、強くなるきっかけをもらうことができましたから」
微笑ましそうに双子の妹であるクルリンを見るミクリン。
俺はそんなミクリンの頭を優しく抱き寄せた。
幸運なことに、セレナはクルリンとのイチャイチャに忙しくてこっちを見ていない。
「実際に成長したのは自分の努力があったからだ。俺に感謝する必要はない」
――むしろ俺の方がミクリンやみんなに感謝すべきなんだろう。
その一言は、胸にしまっておいた。
《コメント》
第46話のタイトルは「弟子の成長」でしたが、今回のタイトルは「親友の成長」です。二人の関係の成長もまた、この物語の見どころですね。
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