その102 それぞれの勝利と敗北☆
アレクサンダーは圧倒的だった。
対戦相手の教師は熱血で有名な鬼塚イーサン。
イーサンの担当科目は〈生存学〉であるため、普段生徒に自身の戦う様子を見せることはない。
当然、こうしてゼルトル勇者学園の教師をしているだけあって、実力の高い剣士だ。しかし、その剣士としての実力はすでにアレクサンダーに上回られていることが発覚する。
「すみません、マスター。帯を奪うだけの課題は少し簡単すぎますよ」
爽やかな笑みを浮かべながら、アレクサンダーが言う。
もうその時には、彼の右手に帯が握られていた。
同じくイーサンを狙いとしていたセレナ。しかし、教師と対峙する暇もなく、この二次予選は終わりを告げることとなった。
その事実は解説によってアナウンスされることがない。
よって、セレナは自分の戦いがもう終わってしまっているということを知らないまま、王都が再現された広大な闘技場を走り回ることになるのだ。
これほど虚しいことはない。
***
一次予選で前回覇者を破って一位の好スタートを切ったアリア。
生徒会長として、負けられない戦いでもある。
闘技場の戦場に足を踏み入れてから、彼女の様子は普段のおしとやかな雰囲気とまったく異なっており、別人のような冷たいオーラを放っていた。
実際に冷たくなったわけではない。
ゾーンに入ったことで、周囲のものや人がシャットアウトされ、頭の中には「戦い」しかなくなってしまったのだ。
(マスター・神志那は……)
鋭い視線でターゲットをさがす。
アリアは視力も高い。
特徴的な魔眼だが、資料にも大きく影響している。
(見つけました!)
アリアと神志那グレースとの距離はそれなりに離れていたものの、まだ帯を奪われていないことがはっきりとわかるほど、細かいところまでよく見ることができた。
場所がわかれば行くだけだ。
ひたすら目的地に向かって走る。
その走りは獲物の草食動物を追いかける肉食動物のようだった。
「……」
アリアが戦闘対象に対して加速を始める前。
青髪がよく目立つミクリンは、バレないようにアリアの背後をつけていた。
ミクリンには〈水追跡〉という切り札がある。
大抵の場合は相手に気づかれない神能であることに加え、ひとりで使用する分にはデメリットもなかった。
(会長、どれだけ会長が強くても……諦めることだけはしません)
ミクリンもまた、成長していた。
***
草薙アーサーの帯を巡るオスカー達の戦いも激化していた。
ターゲットであるアーサーは休憩に入っている。
場所は忠実に再現された酒場の中。
カウンター席に座りながら、自分を巡る二人の生徒の戦いを傍観して楽しんでいた。
「いいねぃ。ここにお酒があったらなぁ……」
「あとで覚悟してください!」
呑気なアーサーに対し、精一杯な様子のジャクソンが声を投げる。
ジャクソンは自身の武器を自在に変形させるという神能を上手く使いながら、オスカーとの戦闘に優位性を見い出そうとしていた。
しかし、オスカーはやはり実力者だ。
「全然隙がないっすね」
「誰にでも隙くらいある。お前が見つけられないだけだ」
「なかなか生意気なこと言うっすね」
オスカーの剣術は洗練されていた。
あまりに洗練されすぎていて、隙がない。どこに攻撃を打ち込んでも、必ず防がれてしまう。
まさしく実力の差。
剣術において、オスカーに勝るような生徒がいるだろうか。
それは武器をどんなタイプのものに変えても同じことだった。斧でも、金槌でも……。
オスカーの剣の構えに、弱点を見つけることなどできない。
「――ッ」
思わず目をかっぴらくほどの威力で、振り下ろした金槌を弾き返すオスカー。
(異常だ……)
最初は対応し損なっていた。
急に変化する武器の重さに困惑し、オスカーの剣術にも歯車の狂いが生じようとしていた。
だが、ジャクソンはその短いチャンスに攻撃を畳みかけることができなかった。
今ではすっかりオスカーのペースだ。
二人の討ち合いは横に流れていく。ジャクソンの金槌がテーブルを割る。オスカーの剣がシャンデリアを割る。
酒場のテーブルや椅子をかわしながら、時に利用しながら、徐々にアーサーの方に近付いていった。
これがオスカーによる最終目的への誘導であるとジャクソンは気付いた。
残念なことに、アーサーは完全に油断していて、この少し不自然な戦闘の流れ方を見ても不思議に思うことはなかった。
むしろこの場面を戦闘のクライマックスであると判断し、興奮した様子で二人の戦いに目を向けていた。
自分が狙われているなど、微塵も思っていない。
お互いがお互いを倒すことに集中していて、自分のことはしばらく忘れている――それがアーサーの現在の思考だった。
(この状況なら、オレでも隙を突いて帯が奪えるかもしれないっすね。ここはひとつ攻撃を受け流して――)
「お前はもう負けている」
風が吹いた。
その風はオスカーの目にかかる前髪を僅かに揺らし、クールな笑みを浮かべる勝者の顔を覗かせる。
「まさか……」
ジャクソンは見た。
しっかりと握られたオスカーの左手を。
「いつの間に……」
「ちょっとちょっと! なんで急に戦いやめちゃったの? ここからが面白いのにー」
「マスター・草薙、その……」
「ん? どうしたの? 凄いアホ面だけど」
「もう終わったっす、勝負」
「ふぇ?」
オスカーの左手には、数秒前までアーサーが着用していたはずの帯が握られていた。
早業だった。
「世界でさえも、俺の勝利の瞬間を見逃したようだ」
オスカーが決勝トーナメントへの進出を決めた。
衝撃に取り残されたジャクソンとアーサーは、しばらく動けなかった。




