その100 疾風との対峙
「待ってたよ、オスカーくーん」
「……」
見つけたのは偶然だ。
たまたま入った酒場に、俺が狙う草薙アーサーがいた。
カウンターの椅子に座り、何も入っていないグラスを指の先で掴みながら、キラキラした笑みを浮かべている。
刺客としての登場の仕方は、ゴーレムよりずっとかっこいい。
幸い、もうひとりのライバルはまだここにはいなかった。
帯は彼の華奢な腰にしっかり巻いてある。説明によれば、ベルトを外すために特別な技術は必要なく、単純に引っ張るだけで奪うことができるらしい。
ゆっくりしている暇はない。
この二次試験、ただベルトを他のライバルより先に奪えば合格、ではないのだ。
決勝トーナメントの枠は十六しかない。
仮にベルトを奪っても、その時点で十六人合格していたら脱落、ということになる。
「そんなカチカチな顔しないでよ~。僕、オスカーくんと戦うの楽しみにしてたんだよ?」
「俺も同じだ。ずっとあなたと戦いたいと思っていた」
草薙は生徒に対し、フラットであることを心掛けている。
『僕はみんなとほぼ年齢が変わらないので、僕と話す時はタメ口で話してくださいねぃ』
これは、〈ゼルトル語〉の授業で最初に彼が宣言したことだ。
ほんわかとした態度のまま、教師の威厳など一切出さずに自然に接する。それが草薙の教育法。
それにより、俺は彼の前でもいつもの調子で「かっこよさそう」なムーブをかますことができる。
「あなたの神能は風の神から授けられたものだ。違うか?」
「ふへへ。そうそう、残念だけど、僕のベルトは渡さないよ~」
草薙が構えた。
そろそろ戦闘のスイッチが入ってきたようだ。
「うわぁ。やっぱりちょっとダルいなぁ」
と思ったら、ぐだーっとした態度になって椅子に座り直す草薙。
「実は僕、力をほんの少し抑える魔術かけられてて~、だからあんまり戦いたくないんだよねぃ」
「それなら、素直にベルトを渡してもらう必要がある」
「うーんと、やっぱりそれは怒られるよね、うん。よーし、戦うぞぉ」
草薙の剣は短剣より長く、長剣より短い。
グリップの部分には手を守るパーツがつけられていて、刃は端から端までが細い構造だ。
色はわからない。
〈視界無効〉の副作用で、俺の視界は十時間白黒だ。
「それじゃあ、行きまーす!」
草薙が動いた。
――と思った瞬間、顔がすぐ横にある。
(――速い!)
少し前の俺の動きがスローに思えるほどの、圧倒的な速さ。
目を見開きながら思う。
これは不可避の攻撃だ、と。
「――ッ」
腹に金属を感じた。
草薙のサーベルの腹の部分が、俺の腹に一撃を繰り出したのだ。
斬られたわけではない。だが、その気になれば彼は俺の腹を割ることができた。
その事実が頭の中を駆け巡る。
衝撃で飛ばされた俺は、テーブルを背中で木っ端微塵に破壊した上で壁に激突した。壁には亀裂が……俺がグレイソンとの決闘で見せたパフォーマンスと似ている。
「あれ~? やり過ぎちゃった?」
後頭部をかきながら、焦ったように近寄ってくる草薙。
それは愚策だ。
自分の間合いを確認した上で、確実に草薙に攻撃を当てる。
ギリギリまで動かなかった俺は、ここぞというタイミングで風圧蹴りを放った。
(――決まった)
蹴りによって作り出された高圧の風が、草薙に向かって直進する。
「油断なんてしてないよ~へへ」
「――ッ」
俺の不可避の攻撃を笑いながら受け止める草薙。
「風は僕のトモダチだよ~。トモダチが僕を裏切るわけないもんねぃ」
風が散った。
圧力が分散し、草薙にはまったく当たらない。
この時、俺は衝撃の事実に気づいてしまった。今後、俺はこの時のことを一生忘れないだろう。
――このヘラヘラほんわか教師、とんでもなく強い。
気づくことには気づいた俺。
もう恐れるものはない。あとは突き進むだけだ。
「興味深い」
この場面に合わない台詞を放ち、余裕そうに立ち上がる。
体に傷はない。
軽度の打撲と重度の自信があるだけだ。
「その風の能力も速さも、初見殺し。対応することさえできれば簡単に攻略できる」
「バレちゃったか~えへへ」
再び草薙が動いた。
今度は右だ。
斜めにサーベルを振り下ろす。
スピードによって不可避となる一撃。
かわすことなく、自分の剣で受け止める。
速さは大きな武器になる。仮に一撃の威力がそこまでだったとしても、不可避の攻撃を何度も撃ち続ければ相手は屈するのだ。
草薙の斬撃はさほど強くない。
それこそ、グレイソンの方が威力は大きいように感じる。剣の動きも、剣聖と謳われた桐生と普段から打ち合っている俺からすれば未熟なものだ。
突破口が見えてくる。
(カウンターを狙うか)
草薙の攻撃を跳ね返す。
その勢いを利用して次の攻撃に繋げる。それがこの場合における最善。風圧には動じない相手だ。だったら剣と剣の衝撃で体勢を崩すしかない。
「オスカーくん、僕が思っていた以上に強いんだね~」
「幸い、実力を低く見積もられることには慣れている」
「確かにこれ、戦いたくない相手との手応えなんだけどー!」
半泣き状態で喚く草薙に、ニヤッと笑いかける。
速さで敵わないのであれば、素直に動かなければいい。
堂々と攻撃が来るのを待ち、迎撃する。
瞬発力は草薙よりも上だ。
「まあでも、おかげで神能じゃんじゃん使えるねぃ」
(――神能!?)
これだけの速さを誇っておきながら、まだ神能未使用だったのか……てっきりスピード強化の能力だと思っていた。
次の一手に警戒する俺。
『――そこまでっす!』
攻撃の構えを取った草薙と俺を止めたのは、黒髪リーゼントの男だった。
酒場には三人。
俺と草薙と、そして綾小路ジャクソン。
一次試験でアレクに続いて三位という好成績を残した逸材である。
「ややややばいなぁ……ここで君に乱入されると、僕勝ち目ないんですけど! せっかく人目につかないところに隠れてたのにぃ……」
草薙が酒場にいたのって、ただ隠れていただけなのか。
「決勝トーナメントに行くのはオレっす。勝ち上がるからには、ここにいる二人にも精一杯感謝して戦うんで、そこんとこよろしくっす!」




