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日常ミステリーの本棚

流れてきたメッセージ

作者: とらすけ

暗号ものですが、ピンときた方はすぐに解ってしまうでしょうね

捻りがなくて申し訳ないです



流れてきたメッセージ



 日曜日、何気なく聴いていた深夜のラジオ放送だった。懐かしい曲が流れてきた。綿貫広志はこの曲を聴くと、もう何十年も前の高校時代を思い出す。胸がキュンと熱くなる。当時、交際していた彼女に贈った誕生日プレゼントがこの曲のレコードだった。新聞配達のアルバイトを毎日続け、レコードとピンクのトレーナーを彼女に贈った。女の子にプレゼントするなんて初めてだった広志は極度に緊張していたのを憶えている。


・・・そうだ、あの時の喜んでくれた彼女の笑顔は最高だった ・・・


 しかし、その後友人から、あれは別れの曲なんじゃないかと言われショックを受けた経験がある。彼女も曲を聴いて、そう受け取ってしまったらどうしよう。広志は気が気でなかった当時を懐かしく思い出し、曲が流れている間、昔の思い出に耽っていた。


「はーい、ラジオネーム、ピンクのトレーナーさんのリクエスト、チューリップ「青春の影」でした。古い曲ですけど今聴いてもいい曲ですよね。えーと、当時、彼からプレゼントで貰ったレコードなんですって。今でも時々聴いてます、だって。まさか、今でも彼の事を……。うーん、年齢は分かりませんが、この曲をリアルタイムで聴いていらっしゃったなら年配の方ですよね。CDではなくレコードですもんね。この番組をお聴きの全国の男性諸君、俺の事かもと心当たりのある方、番組公式ブログに投稿お願いしますねー。それでは奈津子の彼から彼女へ、彼女から彼へ、「song for you」来週またラジオの前でお会いしましょう、おやすみなさい」


 番組が終了してからも広志はラジオの前から動けなかった。胸がドキドキしていた。こんな気持ちになるのは10代の時以来だった。


・・・彼から貰ったレコードが「青春の影」のピンクのトレーナーさん? ・・・


 偶然だろうと思うが、あまりに自分の記憶に一致している。広志は気になって仕方がなかった。さっそく、番組の公式ブログにスマートフォンでアクセスし書き込んでみた。とはいえ、翌日からまた仕事が始まるとそちらに意識が集中し、このラジオ番組の事を思い出したのは次の日曜日の夜だった。


「それでは、最後に先週紹介したピンクのトレーナーさんに僕ではないかとメッセージがありました。番組の方からピンクのトレーナーさんにお伝えしたところ、またメッセージが届いているので紹介しますねぇ。えーと、まず始めにこの呪文を唱えてくださいですって。では唱えますよ。


・・わひとたもじめた・・


何ですかね、これ? 倭人? 日本人って事ですかね? 呪文の後にメッセージを読んでねとあるので読みますけど、注釈がありまして、間違えずに、句読点で切るところはきちんと切って、とあります。プレッシャーかかりますねぇ。では、いきますよ。


あの頃は二人で、野原に寝転んで、転がっていたね。ロンリーなんて言葉は要らなかった。確かにそこにあるものを、逃したくなかった。死ぬのだって怖くなかったけど、悲しい気持ちになってしまう事もあったね。辛いときも、ただ二人でいるだけで良かった。眠りに落ちていく


さーと吹く風が心地よい。今の季節に相応しい風。強引に私を連れて、にこりと笑う。間に合うかな。楽しみだね。蒼い色は、痛みを伴う。太陽の輝きは目に、痛いよ。眠りに落ちていく。


うーん、詩ですかね? ごめんなさい、おバカの私にはよく分かりません。もしかして昔の彼との何かの思い出なのかな。それではリクエストの曲は。おー、これもマニアックですねー。ユーミンではなく、沢田研二、ジュリーの歌う「静かなまぼろし」でーす 」


 ラジオから流れてきたメッセージとリクエストの曲で広志は確信した。間違いなく、京子だ。これは京子から僕への最後のメッセージだ。広志は深夜であるにも関わらずラジオ局に電話をかけていた。



 * * *



 次の日曜日、広志は妻を連れて病院にいた。308号室。廊下の壁に付けられたモニターで表示されている名前を確認し、病室に入った。京子のベッドは窓側の右だった。御主人らしき男性が座っていた椅子から腰を上げ頭を下げる。広志も妻も頭を下げた。その後、男性は気を効かせたのか、下のコンビニに行ってくると席を立った。広志の妻も、電話しなきゃいけないところがあったと席を外していった。

 広志と京子の間にあった会えなかった時間が一気に消えていく。


「ラジオ聴いてくれたんだ 」


「うん びっくりした でも、ドキドキしたよ 」


「ふふっ、よく意味がわかったね 」


「ミステリー好きの君がよく僕に問題出してきたじゃないか 忘れてなんかいないよ 最初の呪文が次のメッセージを読むための指示だよね 懐かしかったよ 僕の名字が綿貫(ワタヌキ)だから、“わ“と“た“を抜いて呪文を読めばいいんだ “わひとたもじめた“ ひともじめ、となる そして、メッセージの一文字目だけを読んでいくと“あのころたのしかつたね、さいごにまたあいたいね“ 」


 ここで広志は顔を曇らせた。


「最後ってメッセージにあるけど、そんなに君の体、悪いのかい? 」


「ええ、もう長くないと思うから、あなたがラジオ好きなのを思い出して久しぶりにリクエストしてみたの こうして貴方に会えて良かったわ 」


「そうなのか…… でも、ありがとう 僕も君に会えて嬉しいよ それにしても君らしい ユーミンじゃなくてジュリーの「静かなまぼろし」とはね まだ覚えているんだ 最後の一行の歌詞 ユーミンが歌う「静かなまぼろし」にはあって、ジュリーが歌う方にはないけど、その意味について喧嘩になったこと 」


「だって、私は忘れたくなかったもの 大切にしておきたい思い出だから 」


「この年になると君の言っていた事がよく分かるよ 僕の負けだ その前の歌詞の意味も今ならよくわかるよ 君も幸せそうで良かった 」


「40年振りの決着ね ふふっ貴方も幸せそうで良かったわ いい奥さんね 」


 この時、二人の頭の中に懐かしい昔の恋が甦ってきていた。そして、今の幸せを噛み締める。もし、ユーミンの「静かなまぼろし」だったのなら二人はこうしてまた会う事はなかっただろう。でも、こうして自然に会う事が出来た。それは紛れもなく二人が今、幸せであることの証明と云えた。



お読みくださりありがとうございます

決してユーミンの「静かなまぼろし」の一行が蛇足と言っているわけではありませんので御容赦下さい

ユーミンの曲にも、また違う良さがありますので


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― 新着の感想 ―
[一言] 落ち着いた大人の雰囲気の物語ですね。私はあまりラジオを聞かないのですが、懐かしいような気持ちになりました。
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