がんばりやさん
なんでもない日常の裏に、実は魔術がひっそりと存在している世界。
表の世界の病院では治療できない、いわゆる魔術師の患者が集う魔術医院『芍薬』。
その中庭。
チューリップをはじめとして、赤、青、黄、紫、白__色とりどりの春の花で彩られたその場所は、ともすれば「楽園」という言葉をも連想させる。
蝶がひらひらと舞い、青空には白い綿のような雲がぽつぽつと浮かぶ。
「__調子はどうかな。」
金の髪と、まとった白衣を靡かせて、『芍薬』の院長こと楓花は尋ねる。
彼女の視線の先にいるのは、庭仕事をしている一人の女性。
「だいぶよさげです。お花の調子も、勿論、ここらあたりの患者さんの調子も。」
女性は答える。
「それは何よりだが......私は君の調子を聞いたつもりなんだがな。」
「私はすこぶる元気ですよ。むしろ、これで本当は調子が悪かったら、私女優になれちゃいますって。」
女性は満面の笑みを浮かべながらそう返す。「そういえば、楓花さんも大変だったと聞きました。昨晩誰かが緊急搬送されたんでしたっけ。」
「ああ。大規模な襲撃事件が起こったらしい。」
そう返す楓花の青い瞳は、どこか憂いと真剣さを帯びている。
__いくら穏やかな場所とはいえ、そもそもここは魔術病棟。その性質上どうしても、死や怪我とは隣り合わせになってしまう。
「それは大変でしたね。治療にあたった医師の方々は勿論、その指揮をとった楓花さんも本当にお疲れ様です。」
「お気遣いありがとう。私はこの通り大丈夫だから、あまり心配はしないでくれ。」
そう言って微笑む楓花の顔は、確かに一見してあまり平時と変わりないようにみえる。
___だが。
昨晩は夜遅くまで対応に追われていたのだろう。
その眼はいつもより疲労が滲んでいて、肌艶もどことなく悪い。
常日頃ならまるで女神の如く自然と口角があがる表情ですら、今は少しばかり無理をしているようにも感じ取れる。
「......楓花さん。今抱えている仕事が一段落したら、ちゃんと休んでくださいね。」
「わかっている。休息も仕事のうちだからな。」
「本当ですか?楓花さんはすーぐ無茶をするって、医師の方々がぼやいてるから、あんまし信用できないんですよねぇ......」
胡乱気な顔で、女性はそう言って、「あ、そうだ。このあいだ中庭で談笑してた患者さんたちが、楓花さんのこと話してたんですよ。」
「私のことを?」
「はい。どんな奇妙な症状を持っている患者さんに対しても、真摯に接してくれるって、もうベタ褒めでしたよ。」
……『芍薬』は魔術医院だ。
それ故、表の病院では決して出会えない奇妙な症状を持つ患者が多い。
例えば、泣くたびに口からビー玉を吐いてしまう患者。
例えば、一日に一回高濃度の魔力を浴びないと発作を起こしてしまう魔力中毒の患者。
例えば、心臓に蟲毒が住み着いていて、生命力を吸われてしまっている患者。
症状も人によりけり、であるからして確立した治療法もどうしても少ない。
ともすれば、魔術と物理的な医療の高度な併用が求められる__それが、魔術医師だ。
「楓花さんがちゃんと患者さんに向き合って、一生懸命頑張ってるっていうのは、みんな知ってるわけで。少しくらい自分を甘やかしたって、誰も文句は言わないと思うんです。」
庭師の女性の言葉を聞いて、楓花は少しの間、黙ってから
「.........そうか。」
そうして、ゆっくりと微笑んだ。「ありがとう。やらなくてはいけないことは山積みだが......それが終わったら、少しだけのんびりしてくるよ。」
中庭を彩る花々、覆う緑に眼を癒されつつ、さて、これからの仕事も頑張らなくてはと、決意を新たにした、そんな午前中の話。