ねこ
なんでもない日常の裏に、実は魔術がひっそりと存在している世界。
表の世界の病院では治療できない、いわゆる魔術師の患者が集う魔術医院『芍薬』。
その『芍薬』の運営を任されている女性魔術医師こそ、絹の如く綺麗な長い金の髪と瑠璃の如き深蒼の瞳を持つ美しい女性。
どことなく猫を思わせる端正な顔立ちに、陶器のような肌。
「___楓花さん!」
……今日も、彼女を呼び止める声がする。
彼女の名前は錦条院楓花。
「どうした?」
「それが__」
白衣を纏った若い男性が、どこか複雑そうな顔で告げる。「......南棟の患者さんの魔力が暴走して.........その階層が、猫だらけに........」
「最高か???」
美しき院長は真顔でそう告げた。
……そう告げた後に、すぐにハッとした表情になって、「.........いいや、患者の中には猫アレルギーの方もいることだろう。すみやかに対処しなければ.......」
「あっ、水でできた式神らしいのでアレルギー反応は無いんですけど。」
「最高か?????」(※二回目)
慌ただしく呼び止める声がして、何事かと身構えていた楓花からすれば、これほどまでに良い意味で期待を裏切ってきたニュースもそうそう無い。
「因みに聞くが、その患者さん自身の魔力の消耗は?」
「かなり燃費が良いタイプらしくて、あと数時間はいけると本人が。」
「その階層の患者たちは?」
「全員癒されていらっしゃいます。」
「攻撃性は?」
「ないです。」
「質感は?」
「猫そのものです。」
「......今はどういった対応を?」
「暴走(?)を起こした患者の計測器の数値しだいですぐに医師が駆け付けられるように手配。また、簡易検査の準備を進めています。因みに猫の具現化はそのまんまです。」
「.........あとで私もモフりにいっていいかな。」
カルテの束を片手に、楓花は呟いた。
一見して白を基調としたマンション群だが、その実は魔術医院。
都会とのアクセスの良さと雄大な自然__白い砂浜、透明度の高い海。豊かな山。それら全てを兼ね備えた理想の地。
“魔術”といっても、内装は決しておどろおどろしいものではない。
魔術を用いるとはいえ医療の現場。清潔さが第一、といった内装の中__とどのつまり、ごく一般的な総合病院に似た内装の中に、ところどころ、窯であったり魔導書であったりハーブであったりと、そういったものが置かれている。
点在する花瓶には季節の花々を。
広い窓から差し込む陽光は、それらをよりいっそう華やかに見せる。
「ニャォン!」
階段の方からどこからともなく、三毛の猫が現れて、
「......噂をすれば」
楓花がそちらを見れば、なるほど、霊視をすると確かに水で構成されているらしいその猫は、楓花の足元までとてとてと歩いて行って、
「ニャ~ゴ.......」
そうやって、柔らかな毛で覆われた小さな体躯を、足にすりすりと擦り寄せる。
なんだか嬉しい気持ちになった、そんな午前中の話。