表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/22

終わりの日の佐美(サミ) 6 戒律都市 ニューアーク

 欧州大陸の地中海沿岸は、砂漠になっていた。佐美は、氷河の上に積もった雪とクレバスに気をつけながら、アルプス越えをしていた。アルプスの地中海側はすっかり乾燥地帯となっていたが、ある程度に高度が上がると、さすがに雪と氷河によって地面が覆われていた。

 佐美は、途中ライン川に合うと、それに沿ってボーデン湖、バーゼルの廃墟を超え、アルプスの北側の大地に至った。ライン川沿いから西側は、大戦の影響でほぼ水没若しくは死の大地となり果てていた。それでも、ライン川の東側には針葉樹林帯がまだ残っていた。

 カラスたちは、時々大地に降り立ちながら、森の獣など何かしらの獲物を集団で得ていた。彼らは昔よりもより賢くなっているように見えた。佐美も細くなったライン川から、いくらか魚を得ていた。

「へえ、私にも分けてくれるの?」

「カ、カア」

 彼らは時々互いに食べ物を分け合うほどになっていた。


 佐美は烏たちが先導するままに、森へと入り込んだ。この辺りの森林は大戦の間に人々がさり、原始の鬱蒼とした姿を取り戻していた。烏たちにとっては、今までの野鼠ばかりでなく、ウサギやリスなどの小動物を捕らえることが出来る貴重な狩場だった。


 森の中で、佐美と烏とは、昼はともに獲物を捕らえ、焼いては互いに獲物を分け合い、腹を満たしていた。また、夜はともにフクロウに警備を頼み込んだうえで、樹上で眠りつつ夜を過ごした。そのようにして数週間を過ごしたある夜のことだった。星明りはおろか月明かりも届かない森林を、ワンワンという声とともに橇が走ってくる気配が感じられた。真っ暗な所を、どうやって走れるのか、不思議な犬ぞりだった。

 犬ぞりは、やがて佐美たちの休んでいる木の下でピタリと止まった。思わぬ来客に、佐美も烏たちも一様に警戒して犬ぞりの一団を見つめていた。

 止まった犬ぞりから降り立ったのは、北欧人やテュルク系のロシア人の男女たちだった。彼らは犬ぞりから降り立つと、何かを探すように周りをきょろきょろと見まわしていた。

「ここにいるということだったのだが……」

「お前、本当にそう聞いたのか?」

 テュルク人の男たちがそう不満を言うと、デンマーク人の女が大声で封じるように答えた。

「ああ、聖霊がそう語ってくださったのさ」

「そっ、そうか、それならもう少し探そう」

「おい、下ばかりでなく、上も探さないといけないのではないか」

「そうか、そうだ!」

 彼らは一斉に樹上を見上げた。烏たちは驚いて、大声で騒ぎながら月夜の空に舞い上がってしまった。やむなく、佐美は木の上から彼らに声をかけた。

「あなたたち、烏たちが驚いて飛び上がってしまったじゃないですか......私や烏たちに敵対するのですか?」

「お、木の上から子供の声が聞こえたぞ」

「そう、私は木の上からあなたたちに話しかけています」

 佐美は慎重に返事をした。だが、下の彼らはそれに構わず、大声で佐美に話しかけて来た。

「お若いの! 実は救ってほしいのだ」

「救い?」

「そう、あんたは我々を救ってくれると聞いたんじゃ」

「私は救い主じゃないです.......それより、救い主がいると聞いて、ここにやってきたのですか? 『ここにいる』、『あそこにいる』と聞いて、あなた方はやみくもに駆けつけるのですか?」

「い、いや…我々はやみくもに来たわけではない......我々と仲間たちが心を一つにして求めた答えが、われらの場所へ迎え入れるべき神職(アミール)様が、此処にいらっしゃると聞いて......でも、あんたはこどものようだな......」

「私は、確かに子供です。それでも正式に神職(アミール)絵里(エリ)様から、神職(アミール)を受け継ぎました」

「い、いや、今はあんたがこどもかどうかは、我々にはそれを問う余裕はない……今はあんたしか頼れないんだ」

「どういうことですか?」

 この後、彼等は、木の上の佐美に向かって、スバールバルにおける迫害を訴えた。彼らは、その迫害をのがれ、また救いを求めてスバールバルの居住地から逃げ出して氷の海を越え、さらに凍り付いたバルト海を超えてこの地にやってきたのだという。佐美は彼らにスバールバル行きを約束ししつつ、木の下に降り立った。


 その時だった。佐美は、彼らに足のないことに気づいた。

「あ、あの、あなたたちに足がない...…なぜ? まさか幽霊?」

「い、いいえ、今説明します......我々はスバールバルでは弱い人間とされている、つまり...」

 彼らのうちの一人が何かを説明しようとした時、彼らは消え去ってしまった。

「え、あ、あの、スバールバルの皆さん......」

 佐美は空虚な空間に、受ける相手のない問いかけをした。そこには、残された橇とそれを引く犬たちがいるだけだった。しかもその犬たちは、ただの犬ではなかった。それらは狼たちの群れだった。

「彼らは、亡霊だったのだろうか? それならなんのために私に現われたのだろうか? 私にスバールバルに行って、何かをしてほしかったのだろうか?」

 佐美は彼等が佐美に何かを伝えるためにここまで来たように感じた。彼女は、四方を走り回って廃材や布、羽毛などを集めてパッチワークのようなブルガを作り上げた。佐美はそのブルガを着込むと、残されていた狼や烏たちとともに、北の大地の向こう、スバールバルを目指して橇を走らせた。

___________


 スバールバル。そこは極寒と風雪の世界だった。世界はすでに核戦争により極端な寒冷世界になっていた。それもあって、デンマークの地のはるかな北は全ての海が氷で覆われていた。消え去ったスバールバルからスムーズに橇が来られたのも、北極海のすべてが氷で覆われたからだろう。

 佐美はそんな推定が成立しうると考えられたこともあって、狼たちの引く橇に乗り、スバールバルに向かった。ただし、烏たちはあまりの寒さに動く気が無いらしく、途中の森にて佐美を待ち続けることを決めたようだった。結局、カカカーという烏の呆れたような声に見送られながら、佐美は狼たちとともにスバールバルへと来たのだった。


 スバールバルにつくと、城塞都市の中には自動倉庫の立ち並ぶ倉庫街があり、碁盤の目のような道路にはごく少数の管理ロボットが行きかっていた。彼らは、保存された植物の種の倉庫「世界種子貯蔵庫」が設けられている地下から、保存されていた種を得て活用していた。それはまさに大戦後の世界でも人類が再び立ち上がるためのものだった。その活用のために、地熱発電の設備が設けられ、石炭による暖房と生産活動とが行われていた。

 ただ、その街は警戒態勢が異常に厳しかった。


 その夜、その理由が分かった。やがて、夕やみが深まり、凍り付いた大地の飢えをどこからか白い雪の姿のような者たちが蠢き始めていた。それは、橇でやってきた亡霊たちと同じ姿、すなわち足の欠けた者、腕の欠けた者、眼の欠けた者、頭から覆い尽くされて束縛された女性たちなど。彼等は足の無いもののほか、手のないもの、目の見えないもの、聞こえないもの、脳性麻痺のもの、また社会的な弱者である老人、自由を束縛された女性など、様々な弱者たちの亡霊が、城塞の周囲をグルグルと回り始めた姿だった。他方、城塞の中には、佐美にとってどこかで教えられたあの憎むべき者のオーラを気配として感じ取った。彼女はその名前を知らなかった。しかし佐美の奉じる啓典の教えと永遠に対立し、ついには焼き尽くされるはずの憎むべき者の悪霊だった。


 佐美は、漆黒の闇の中で神経を張り詰めつつ、城郭の内外を注意深く観察し続けた。次の払暁になり、佐美はその時間帯が一番警備が薄いと判断し、ようやく都市に入り込んだ。オオカミたちは、既に佐美を残してさっさと発電所内部の暖かな設備の中にはいこんでいた。

「侵入者発見。対象は二本脚歩行生物。登録情報なし。よって、当該城郭に対する侵入者と判断。これより捕縛活動に入ります」

 佐美はその声のすべては聞いていなかった。最初の言葉でこの自動機械たちが総出で佐美を追跡し始めることはわかっていた。城郭の内部にいる限り、掴まることは時間の問題だった。

「ここならやり過ごせるか」

 早美は独り言を言いながら、倉庫の中に入り込んだ。倉庫とはいっても、完全自動化された自動倉庫で、人間は誰もいなかった。冷え切った中で、佐美の呼気が白い幕となって纏わりついた。そのせいか、自動倉庫の中に先ほどの警備ロボットたちが集団で入り込んできた。

「熱源により生命感知。当該自動倉庫内。これより侵入者捕捉の活動に入る」

 佐美は警備ロボットを何とかやり過ごすと、今度は地熱発電所内部へと逃げ込むことにした。佐美自身が熱源である以上、ほかに生物のいない自動倉庫街では、簡単に発見されてしまうことが分かったためだった。

 だが、そこで、彼女は捕らえられてしまった。

「この冒涜者に戒めを与えよ」

 誰の声だったのだろうか、その電子音声の命令に基づいて、佐美は座って過ごせるほどの透明なカプセルの中に閉じ込められてしまった。

「むしってしまえ。さらし者にすることこそ、この冒涜者にふさわしい罰だ」

 その声とともに、佐美はカプセルに閉じ込められたまま、髪を短く刈られてしまい、防寒服などもはがされてしまった。カプセルは断熱構造だったのだが、身ぐるみはがされてしまい、外からの寒さが直接肌を凍えさせていた。

 それから、カプセルは外の極寒の道路を引きずられ、いくつかの建物をくぐり、ようやく大きな城のようなところへと運び込まれていった。カプセルは、高い天井の通路を通過し、大きく冷え切ったドームの中へと運び込まれた。その上座には、衛兵たちに間もまれて玉座のようなところに座っている王のようなものが見えた。

「ようこそ、神職(アミール)様」

 それは玉座からの問いかけだった。佐美は驚いて玉座を見上げた。

「なぜ、私が神職(アミール)であることを知っているのですか」

「あんたのたたずまいから、私にはわかる」

 呼びかけた王は、玉座を立ちながらそのように佐美に説明した。佐美はその王の姿が人間であると思ったのだが、その影に隠れているオーラを見逃さなかった。そこで、佐美はその人間かどうかわからない存在に対して、問いかけをしてその正体を探ることにした。

「そうですか......それでは、私が神職であることを御存じのまま、私をむしったのですか」

「そうですね……大変なご無礼を働いてしまった......実は今ここでお会いするまでわからなかったんだ」

「そうなのですか、それはおかしいですね……私をあなたはすでに感じ取っていたはずです」

「なぜ、そのように言えるのかね」

「なぜなら、私があなたのオーラを感じ取っているからです」

「私のオーラ?」

 王がそう答えた途端、佐美が今まで気配を感じていたオーラが消え去った。その時、佐美はオーラの持ち主が慌ててドームから外へ出て行った動きを感じ取っていた。

「ええ、あなたが帯びていたオーラです」

「変だね、私にはそんなものがないはずなのだが」

「ええ、もう何も感じませんから、今はそうなのでしょう」

 佐美は警戒を解かなかった。だが、王は佐美の警戒心を解こうとするためか、佐美をカプセルから出すように指示をした。


 カプセルを開けると、下着姿の佐美の身体は途端に霜を噴いたように湯気がまとわりついた。

「う、寒い」

「これは失礼した、我々には平気なので、忘れていた」

 王は衛兵の一人に厚手のローブを与えるように指示をした。佐美はそれを待つことができず、自らカプセルを閉じてしまった。

「こんな格好にしたのは、あなたたちです。今頃ローブを持ってくるなんて......この下着姿であることを見れば、極寒が私にとって生きていけない環境であることぐらい、分かるはずですのに......」

「申し訳なかったね。何しろ寒さに耐えるなどという概念は、久しぶりだったので、想像力が働かなかったのだよ」

 王のこの答えは、不思議だった。なぜ、極寒の下に耐えることなど、ここでは普通の感覚であるはずなのに、「久しぶり」というのは明らかにおかしかった。

「そこでだ、弁明のため、またお詫びとして、この城郭都市をいろいろ説明差し上げないといけないね」

 王はそう言うと、防寒具に身を固めた佐美を連れて、城郭都市の様々な場所を見せた。

「ここは、新箱舟ニューアークと呼ばれている城郭都市だよ」

 王は、城の最上階から、四方に広がる城郭都市ニューアークを見渡しながら、何か誇らしげに語った。それから、佐美は自動倉庫街と十に植物工場,動物工場などを見て回った。そこで佐美が目にしたのは、バランスよく建てられた倉庫群と工場群、そして、効率よく動き回る、完全な人間たち、すなわちけちのつけようのない容姿端麗な人間たちだった。


 だが、そうして見回って城郭の境界近くに立つ自動倉庫で、急な警報が鳴り渡った。警報とともに、何らかの生産活動の失敗が生じていたことが明らかだった。その現場が近くであったためか、王は顔色を険しくした。

「何が起きたのだ」

「報告いたします」

 係員と思しきものが失敗をした者を引き立てていた。

「この都市より女が、経験のあるはずなのに失敗しました。身体に障害があるため、今回の失敗に繋がらいました。しかも、精神の乱れを表すように、顔をあらわにした装束で現場に立ったのです。こともあろうに、我々の取り締まりに対して、配慮の権利を主張したのです」

「なんだと!」

 王は、とたんに怒りの大声をあげて、処断を言い渡していた。この時の王は、目の前の佐美の存在をすっかり忘れていた。

「その老女は、戒めを破って顔をあらわにしたうえ、失敗を重ねた。処断する。すぐに、城郭の外へ追い出せ」

 佐美は驚いて王をたしなめようとした。

「王様、いけません。彼女は立場の弱い老女であり身障者です......城郭の外へ追い出すなど、死刑と同じではないですか」

 だが、王はその言葉を無視し、佐美を客室に案内するように指示をすると、城へ帰ってしまった。


 次の夜、その死刑囚は、城郭の外で亡霊となって彷徨っていた。この処刑について、佐美は王を責めようと玉座に飛び込んだ。

「なぜ、彼女を死刑にしたのですか」

「私の処断に介入するのかね」

「そうです、私はあなたが見抜いたとおり、神職(アミール)たる者です……その権威をもってあなたに問いただしているのです」

「そう、あんたは神職(アミール)だったな」

「そうです......あ、あなたは何ということをしたのですか......私は許さない」

 佐美は怒りのあまり大声を出した。王もそれに応じるように大声を出した。

「ほう、神職(アミール)の権威といったな。ここで、そんな権威が通じるのか、試してみるといい」

「そうですか、そこまで言うなら」

 佐美がそう言ったとたん、雷がドームを貫き、王の足元に大きな穴をあけた。ところが、王や衛兵たちはそれにひるまずに、佐美をすぐに縛り上げてしまった。

「地下牢に閉じ込めてしまえ。極寒の地下牢で、少しは頭を冷やすとよいだろう。生きている人間にはこれが一番効果的な戒めだ」

 王のこの言葉とともに、佐美は城の最下層にある極寒の地下牢に閉じ込められてしまった。


 佐美は、極寒に震えながらひたすら祈っていた。すると、研ぎ澄まされた佐美の感覚は、何処からか誰かが佐美に近づく気配を感じた。横になっている佐美の傍に立つ気配はあったものの、姿は見えなかった。しかし、それは確かに玉座で逃げ去っていった悪霊だった。いや、この時悪霊を伴って立っていたのは、ぼんやりと透き通った王自身だった。

「下がれ、サタン」

 その言葉とともに、佐美は立ち上がった。悪霊は逃げ去り、そこには、放置されて戸惑って立ち尽くしていた王がいた。

「陛下、あなたはそこで何をなされているのですか」

「お、お、そうだな......私は明日、あんたに問われたことに、[根拠]をもって説明することにする」

 王は、そう説明すると、首を傾げなかがら帰って行った。


 次の日、王の前に引き出された佐美に対して、王は説明をし始めた。

「障碍者について、我々が処断したことに、あんたは疑義を申し立てたな...。そこで、説明しようと思う。まず、彼らは、見たとおりの障碍者、つまり試練が与えられている者たちだ。だから、その試練に耐えて行かねばならない。ところが彼らは試練を拒んで我々に要求したのだ」

「そのような説明にどんな根拠があるというのですか?」

 佐美は訊ねた。王は、啓典にも関連のあるらしい「預言者の言葉」という文書を持ち出して説明し始めた。

「なぜ、啓典の主は、精神障害者を含めて創造なされたのかを説明しよう......まず、『啓典の主は、凡てのものの創造者である』とされている通りである。そして、啓典の主は、彼の被造物たる人間を,身体と精神,強さにおいて異なるように創造した。ある者は豊かにし,ある者は貧しくし,ある者は健康に,ある者は病気に,ある者は賢く,ある者は愚かに創造した。彼の知恵によって,彼は彼らを試しているのである。そしてある者にはほかの者とは違う手段によって試している。誰が感謝し,誰が感謝しないのかを表すためである。『われは,人間に(正しい)道を示した。感謝する者(信じる者)になるか,信じない者になるか,を試すために』とされているとおりであり、また『神は死と生を創られた方である。それは,あなたがたの中の誰かの行いが優れているのかを試みられるためである』とされている通りである......ということであれば、『神は健康な者と不健康な者を創造したが,それを含めてすべては人間には計り知れない神の知恵によって創造されたという。そして不健康な者に対しては神が試しているとしており,健康な者は神に感謝しなければならない』」のであるから、不健康な者にはよく耐え忍ぶことが求められる。つまり『よく耐え忍ぶ者は本当に限りない報酬を受けるだろう』とされているとおりだ。それゆえ、身障者たちは啓典の主によって試されている存在なのだ.......ところが、彼ら身障者は試練を拒み、あまつさえ健康な者たちと同じように生きる権利を要求したのだ。出すぎた真似だ...それゆえ、彼らは処断されたのだ」

「処断ですと!......預言の書を精確に解釈する職種たる王と神官に、あんた方男しかいないから、啓典の主の御意志が分からないのかもしれませんね……彼ら弱者がなぜいるのか、それは彼らを中心にして愛の技が現れ、神の栄光が現れるためなのに…わたしたちは分かち合い、重荷を背負い合い、いつくしみをもって見つめ合い、助け合うことが必要なはずだ…試すために障害を与えたなどという残酷なことを、神は決してなさらないはずだ」

 佐美は怒りのあまり、指摘する声は次第に大きくなっていった。しかし、佐美は押さえつけられてしまった。王はつづけた。

「ほう、そのようにして我々の処断に対してまだ抗議をするのか。だが、彼らは、単に外に追い出されただけだ」

「単に追い出しただけだというのですか。外の極寒の世界に追い出したことが、単に追い出したというのですか?....死に追いやっておいて、それを『単に』というのですか」

 佐美は怒りのあまり、顔を蒼くした。

「彼らは死なないはずだ」

「なぜそんなことを言える!」

 佐美は王の言い逃れと思える言葉に、かみついた。

「我々はもはや、死などということを問題にしないからだ」

「どういうことだ」

 佐美が訳が分からないという顔をすると、王の指示を受けた衛兵たちは、佐美を拘束したまま外郭の外に連れ出した。そこには、周囲を歩き回っている亡霊たちに加わって、追い出されたあの身障者たちも周囲を歩き回っていた。

「彼等もまた、ここに来ただけのことだ」

 王がこういったとたんのことだった。いままで佐美の目の前にいた指導者や衛兵たちの姿がぼんやりと霞んだ。

「我々は、全てすでに命の無いものだ。それゆえ、外に追い出したとしても、もはや彼らが死ぬこともない」

 佐美は驚いて、指導者を見つめた。すると指導者の姿が透き通っていることに、やっと気づいたありさまだった。指導者はつづけた。

「我々は、ここでなぜか迷ってここに残されたままなのだ」

「それなら、身障者たちや弱い者たちがなぜ存在したかを、改めて考え直すべきではないですか......あなた方は初めの愛から離れている……」

 佐美がそう言うと、王だった亡霊が語った。

「そうかもしれないな。今はなぜか理解できた。我々が喜捨を与えるという行為の延長上には、弱者をも自立した一人として考えるということがあるはずなのだな......。いまほど、ここに救い主がいらっしゃったと聞いた。だから、今、我々はあなたの指摘を理解できたのだ」

 この言葉とともに、この寒いところに大勢のロバの群れがやってきた。それを見て佐美はやっと悟った。彼らはこの時を待っていたのだった。


 彼らがロバに載せられて去った後、佐美の目の前には自動化された無人の生産基地が残された。その名札には「ニューアーク」と記載されていた。佐美は様々な思いをもってその活動を見つめた。この活動によって、この地に再び楽園がもたらされる、そんな気がしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ