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終わりの日の佐美(サミ) 5 科学技術の街 アナ

 砂漠の井戸は、今や動物たちにとっても貴重な水場だった。以前であれば、人間たちが汲み上げた水を飲むことができた。今は、湿気を感じ取って様々な動物たちが来るものの、どの鳥も獣も井戸の水面に口が届くはずもなく、しばらくうろついては去っていった。

 佐美は、遠くから戻ってきたカラスたちが彼女の周りで、いつになく騒ぐことに気づいた。

井戸(カカカー)井戸(カカカー)

 カラスたちはどうやらこの道の先で井戸を見つけたらしい。佐美は、烏たちに引っ張られるようにしてその井戸にたどり着いた。


 確かに、井戸には水があった。それは、はるか深いところに水面がありそうだった。だが、烏たちが騒いでいたのは、陽菜葉(ヒナハ)たちの旗印のついた棒が突っ込まれたままになっていたことだった。注意深く中を覗き込むと、井戸の底には棒の先に着いた桶があり、それによってせっかくの水がかき混ぜられて泥水になっていた。

 カラスたちがせっかくありついた水、そして他の旅人たちも利用するはずの井戸が、神職(アミール)の許にあるはずの者たちによって荒らされていたのであった。佐美(サミ)(カラス)たちは、仕方なく、泥水をくみ上げ、砂によってろ過しながらかろうじてのどの渇きをいやしたのだった。


 牧者ぼくしゃ

 自分の羊が散り散りになっているときにその群を探すように

 わたしは自分の羊を探す

 わたしは雲と密雲の日に散らされた群を

 全ての場所から救い出す。

 わたしは彼らを諸国の民の中から連れ出し

 諸国から集めて彼らの土地に導く

 わたしはイスラエルの山々や谷間すなわち居住地で彼らを養う

 

 お前たち、わたしの群れよ

 啓典の主はこう言われる

 わたしは羊と羊 雄羊と雄山羊との間を裁く

 お前たちはよい牧草地で養われていながら

 牧草地の残りを足で踏み荒らし

 自分たちは住んだ水を飲みながら

 残りを足でかき回すことは

 小さいことだろうか

 わたしの(真の)群れは

 お前たちが足で踏み荒らした草を食べ

 足でかき回した水を飲んでいる


 こののち、佐美(サミ)は、啓典の民であったはずの者たちから追い出され、迫害まで受けている今、彼女は孤独のままに地表の各地を訪ねる旅に出る覚悟をした。彼女が目指したのは、いまなお啓典の主に属する民たちの「残された民」を訪ね、また、ラプチュアの先にある本来の隠れ里を探すことだった。しかも、人間を信じてはいけないことを悟った佐美は、一人でその旅をはじめた。そんな佐美にとって、烏たちは最初の同行者となった。


 カラスたちの行き先は、どうやら西だった。海岸沿いに行けば、彼らは容易く他の鳥達や猛禽類たちから魚を横取りできるらしい。佐美は、烏たちが促す方向へ彼らとともに旅をすすめた。

 まもなく、地中海沿岸の小さな漁村の廃墟に出た。ちょうど夕闇が迫るころで、赤い太陽は沈み切ったばかりだった。辺りは乾燥し、先ほどまでの日差しは寒冷な気候が再び温かさを取り戻しつつあることを示していた。人々が逃げ去った小さな漁村には、いくつかの漁船が放置されていた。佐美はその中から旧式の小さな帆掛け船を探し当てた。


 数日駆けて、周囲の船の残骸から帆布など材料を持ち出しては、自らの服を作り直し、ヒジャブを作り直した。また、帆掛け船の改造と修理を重ねた。風は東から西へ、貿易風が再び通常のコースを取り戻しつつあった。佐美は放射能の幾分か低い海を移動することを選んだ。

 エーゲ海からアドリア海、シシリア島を経て進むと、地中海北側沿岸のある川に、上流に人の住んでいることを示す浮遊物が見えた。佐美サミは川沿いに進み入った。ある細くなった谷あいに進むと、マストに留まっていた烏たちが、一斉に飛び上がっていった。そのすぐ後に、佐美もまた、枯れ切った谷の一角にプレハブ小屋群からなる観測基地のような村を見出した。烏たちは、すでに村の中に入り込ん打様子で、おそらくは残飯を見つけて群がっているのだろうと思われた。ただし、佐美は簡単に入ることができなかった。


「お前 侵入者だな! ここから失せろ」

「食料泥棒だな!」

「ここにはお前たちに分ける食糧は無い! さっさと失せろ」

 佐美が陸地に船を近づけたとたん、監視所と思われるところから、小さい帆掛け船めがけて兵士たちが殺到してきた。佐美は船の舳先に一人で立って説明を試みようとした。

「この船には、子供の私一人しか乗っていません。それに、私は食べ物を欲しているわけではないです。私の食料は船の中に、多少とものこっていますから...」

「子供一人でか? じゃあ、なぜここにやってきたんだ、どうやってここに来たんだ?」

 子供一人であることを知ると、兵士たちは警戒の色を薄め、やや同情的な口調に変わった。佐美は静かに続けた。

「私は、「残りの民」を探しているんです」

「残りの民?」

 兵士たちには全く意味不明の言葉だった。佐美は彼らの中に入り込む必要を感じ、子供である利点を活用して訴えることにした。

「あの、食べ物は十分なのですが、私はまだ学びの途中にある子供なのです。ですから、情報を教えてほしいんです」

「教えてほしいのか? 何の情報だ?」

「私は、ある人々を探し廻っているんです...先ほども言ったように「残りの民」と言われる人々なんです」

「そうか、まあ、食料泥棒の侵入者でもなさそうだから、追い払いはしないが...教育を受けたいなら、その方面の責任者に合わせてやるよ」

「アナへようこそ、と言っておこう」

 兵士たちは、すっかり警戒を解き、佐美に対して軽口さえたたいた。佐美は、気を許した兵士たちの気まぐれに乗じて、村の中に入り込むことができた。



 その村は、「アナ(Annat)」といった。

「あんた、「残された民」とやらについて学び、探しているらしいが? どこから来たんだ?」

「私は、アララトの地から彷徨い出て、地中海に出て、ここに至ったのです」

 佐美が面会できたのは、期せずしてその村、いや基地というべきだろうか、そこで「司令」と言われた総責任者ギー・ド・ボーモンだった。佐美は何から説明するべきか、まだわからなかった。

「そうか、それならあんたは、各地の戦いのことを多少とも知っているはずだね」

「ええ、それはある程度は......」

「改めて名乗ろう。私は、ここの司令を務めているギー・ド・ボーモンだ。あんたの名は?」

「私は、佐美・ユエルと今は名乗っています。もともとは、アララトの地に住んでいましたが、ほとんどの者たちは去って行きました」

「ユーフラテスが干上がったということを聞いたことがある。あんたはその上流から来たのか。「残された民」を探していると? あんたはその幼さで預言者なのか? まるで黙示録の預言の通りだな」

「ド・ボーモン卿、私は預言者ではありません…ただ、私は人類のうちの誰かが生き残ることができると信じています…だから、地を彷徨って学びつつ、ここまで来たのです...そう、その誰かとは、「残された民」と呼ばれる人々です」

「啓典の預言にある「残された民」のことかい? その、「残りの民」という人々を探し当てて、あんたは何をするつもりなんだい?」

「私は...残りの民たちが集められるという場所を探しているのです」

「そうなのかい? 我々は、こんな時代が訪れることを予測していた...あんたも、我々に加わるつもりなのか? 気の毒だがそれれには応じられない。しかし、各地の様子を教えてくれるなら、最低限のお礼はするよ…食べ物とか、な…これからもあんたが大地を巡り歩いて「残された民」とやらを探し続けるのなら、そのために教育の代わりと言っちゃあなんだが、必要だと我々が考えているものをいろいろ見せてやろう...おそらくは、ここがあんたの言う場所だし、我々が『残された民』だよ......此処で見聞きすることは、今後のあんたに多かれ少なかれ役に立つはずだ」

 彼等はそう言うと、佐美を地下へと案内した。


「我々は様々なことを計画し、実行し、まとめ上げた...ここで我々は長い間生き残ることを準備してきたのだよ」

「生き残る?」

「そうさ、我々には、科学技術がある。太陽系の惑星、さらには系外惑星で生き残るほどの実力はすでに持っている...その力で我々は選ばれた民として生き残るのだよ」

「そんな力があるのですか?」

 佐美は彼らの言うことと都市の全容に驚いた。彼女は彼等の言うままに佐美に、彼等が案内する基地の内部を見て回った。

 地熱を使った栽培施設や生産基地、病院などの社会基盤ばかりでなく、衛星を使った地球表面監視局、宇宙への移民計画部門まであった。


「どうだい? 我々の科学技術の粋を集めた、人類生き残り計画は? 選ばれた我々だけが、これらの技術を駆使して生き残ることができる」

 ほぼすべてを見せられた後、ギーは誇らしげに辺りを見渡していた。佐美はその姿に違和感を感じた。その違和感は、都市や様々な設備、施設を見せられた時から胸の中にわだかまりのように膨らんでいたものだった。

「ド・ボーモン卿、神殿、もしくは拝礼所はないのですか?」

「あるにはある....が、かつての拝礼所は今は使われていない。廃棄物管理人に管理させている」

「廃棄物管理人?」

「そう、我々は、自らの力で生き残れる...もう、拝礼所は不要、いや、有害ですらある」

 佐美はあまりのことに、黙った。しばらくして、彼女はギーに慎重に希望を口にした。

「拝礼所だったところを見せてもらえませんか?」

「なに? そんなものを見たいのかね。我々の行くような場所ではないのだが...」

 ギーは、急に軽蔑したような顔つきになった。仕方ないという風に施設図解を引っ張り出すと、その複写を佐美に渡すと、職員を呼び出した。


「おい、廃棄物掛のラザロ・フェルミエ」

「はい、御前に!」

「この物好きな少年に、ごみ処理場を見せてやれ」

 この言葉に、佐美は驚いた。

「ド・ボーモン卿、今、「ごみ処理場」とおっしゃったのですか?」

「そうだよ。さあ、ラザロに案内させるから、たっぷり見て来るがいい」

 ギーはそう言うと、さっさと佐美を執務室から追い立てるようにして出してしまった。


 ラザロは無言で佐美を最深部のごみ処理場に案内した。

「あんた、何を捨てに来たんだ?」

「私は、捨てに来たわけではないです」

 佐美はそう答え、ラザロの表情をうかがった。ラザロは無表情で彼女を案内した。

「じゃあ、ごみ処理場に何の用があるんだ?」

「私は捨てられたものを拾いに来たんです」

「捨てられたもの?」

「はい」

「ここはごみ処理場だぜ。ここにある全部がゴミ、ここでため込んでから焼却処理するんだ」

 彼が見せたのは、巨大なホールだった。そのホールいっぱいに都市中の様々な廃棄物が集められていた。ホールの一角には、クロスアラベスクの模様の書かれた祭壇の跡が、少しだけ廃棄物の山から頭を出していた。佐美は思わず涙を流した。


「なんてことを!」

「あんた、何で泣いているんだ?」

「こんなひどいことを、あなたたちはしているのですか?」

「僕じゃない......そう言いたいが...僕が先兵として自らやっていることになるね...僕はもともとこの拝礼所の掃除人だった。なのに、今じゃ、掃除をするどころか、汚している。上の奴らの廃棄処理を僕が引き受けて、僕が先兵となってここを汚しているんだぜ。笑えるだろ? なんてザマだろうか」

「あなたは、もともとはここの管理をしていたの?」

「僕は管理をしていたんじゃない、その下っ端で、ただ掃除をしていただけだよ。それでも今よりはるかにましな職業だった」

「どうして、廃棄物管理人をし続けているのです?」

「僕は、捨てられた人間だからね」

「捨てられた?」

「ここの神官をしていた僕の親たちは、僕を捨てて、上にある街へ行ってしまった。僕は一人残されると、ここにゴミが運び込まれ始めた。運び込んだ奴らは、初め、捨てる作業をしていたんだが、そのうち僕を使うようになった...使うようになって、僕はそれに応じて....ここを汚す先兵になった。僕は、廃棄物管理人と呼ばれているが、この街で最も汚れた廃棄物そのものだね。この拝礼所の人間であることを自らすてっ去ったんだから......」

「そう...」

 佐美は、それ以上言葉がなかった。目の前の男は自らを自戒を込めて貶めていた...


 佐美は廃棄物処理場になり下がった拝礼所を去ると、ふたたびギーの執務室に戻った。そして、ギーに静かに訊ねた。

「拝礼所を、聖なるところを廃棄したのですか?」

「いや、そんなことはない、廃棄処分などにはしなかったよ。ただ、拝礼所など、無用の長物なのでね、廃棄処分にはできないから、廃棄場処分としたのだよ」

 ギーにそう返事を受けると、佐美は短く答えた。

「あなたたちは、啓典の主を捨て去った。それゆえ、啓典の主は、あなたたちを捨て去る」

「何を言っているのかね。すでに我々は啓典の主など、必要としない。我々自身の技術力と資金とによって、道を開いていくよ」

「道を切り開く、とおっしゃいますか? その道を開く際に、同行する聖霊が居なければ、進み入ることはできませんよ」

 佐美がそう言うと、ギーは兵士たちを呼び、佐美を街の外へ追放してしまった。

「このもの知らずの子供は、やはり教育の意味がない。外に出してしまえ」


「あああ、また彷徨いかあ」

 街の外へ追い出された佐美は、途方に暮れたように天を仰いだ。烏たちは再び佐美の周りに集まってきた。その烏たちが、騒ぎ始めていた。烏たちに促されるように目線を上げると、佐美の近くに一頭のロバが傍に来ていた。

「私に乗れ、というのか?」

 佐美は乗ろうとした。ところが、ロバはそれを拒んで逃げ回った。

「えっ、どういうことなんだろうか?」

 それでもロバは佐美を乗せようとはしなかった。そんなドタバタをしていると、またカラスたちが声を上げた。烏たちや佐美の姿を見たからだろうか、佐美たちのところへ街から一人の男が近づいてきた。


 それは、ラザロだった。

「あれ、ラザロさん、なぜここへ?」

「いや、あんたが追い出された、と聞いたから、見送りに来たんだ」

 このとき、先ほどのロバが足を弾ませるようにしてラザロに近づいた。ロバは、ラザロの前で前足をトントンと踏み鳴らした。佐美はしばらくその様子を見て、ハタと気がついたようにラザロの両足を開かせ、その下にロバを導くと、途端にロバはラザロを背中に載せてしまった。


「そう言うことか」

 佐美はそう言うと、ロバとその上にまたがるラザロとに呼びかけた。

「さあ、ロバさん、何処へ行くの?」

 佐美の質問に付け加えるように、ロバから降りようともがいているラザロもまた、当惑の口調で質問をした。

「え、何処へいうっていうの?」

「ラザロ、目的地へ行くまでは降りられないらしいわ! ロバさん、あなたはラプチュアの先にある隠れ里へ行くのね? でもそれはどこなの?」

「パホー、ブヒヒヒ」

 ロバはとぼけたようにいななくと、動き始めてしまった。佐美も呆気にとられたが、ラザロも街へ戻ろうと大暴れをした。ところが、ロバはそれらに関心示さず、どんどん反対方向の東の方へと歩き始めてしまった。

「待ってくれ、仕事が残っているんだ」

 ラザロはやはり事態を飲み込んでいなかった。佐美は仕方なくラザロに大声で怒鳴った。

「このまま、ロバに乗り続けてね! そのロバが連れて行ってくれるから!」


 佐美は、ラザロとロバを見送った。ラザロは質問? いや戸惑いの叫びなのだろうか、ロバにずっと問い続けていた。

「ロバ君、何処へ連れて行くの?」

「ねえ」

「パホー、ヒンヒン」

「えー? 何?

「ねえ、どこへ? どこへ行くの?」

 ラザロの声はいつの間にか聞こえないほど、遠くになった。そして、佐美もまたその土地をあとにした。


 しばらくたって、立ち寄った先で、佐美は、「アナ(Annat)」という街に様々に不都合が起こり、様々な集団がほかの地へ、また大空へ、また宇宙へと出て行き、街が滅び去ったということを聞いた。 

「金持ちが救われることは難しい、ラクダが針の穴を通るよりも...」

 佐美はそう独り言を言った。

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