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終わりの日の佐美(サミ) 2 謎の隠れ里

「まだ、あの丘には神殿は建てられていない」

「まだまだ、荒らす憎むべき者は現れていない」

 周囲の民達も、世界中の人々もそう思っていた。誰にとっても「荒らす憎むべき者」は長らく滅びの時の(しるし)として謎の存在だった。人々は「それがいつ来るのか」と恐れつつも、遠い将来のことと思っていた。


 このころ、世界各地では小さな紛争がいくつも発生した。覇権国家同士の二大陣営の対立に絡み合いながら、各地の紛争の当事者たちが二大陣営に分かれ始めた。絵里(エリ)の周辺でも、彼が神職アミールを娘たちに委任することで実質的に引退しすると、供物の横流しで生じた娘たちや支持者たちの間の対立が、アララトの地の周辺で紛争となっていった。

 二つの勢力は、本来ならば啓典の民であったはずだった。啓典の民たちの間の対立は、アララトの地の神職(アミール)絵里エリにとって、非常に悲しく残念なことだった。しかも神職(アミール)を委任された帆舟ホフネ陽奈葉ヒナハは、横取した供物の取り合いばかりでなく、絵里から受けた委任の正統性を巡って仲たがいを始めた・・・・・・もっとも、彼女たち二人はいまだに決して絵里から神職(アミール)を後継者として受け継いではいなかったのだが......。時間をおかず、帆船と陽奈葉の二人は古代からの啓典の預言を無視し、二つの勢力は殺し合いさえ始めてしまった。


 「帆舟ホフネのやつらが、私たち陽奈葉ヒナハの仲間の子供や非戦闘員を殺した。帆舟ホフネのやつらを全滅させろ。帆舟ホフネのやつらの小さな仲間と言えども奴らの存在を許しているのだから、小さな者たちだとしてもその子供や非戦闘員を殺してしまって構わない。私たち陽奈葉ヒナハの仲間は神に選ばれた民だ。許されるはずだ」


「私たち帆舟ホフネは選ばれた民だ。私たちの小さな仲間によって陽奈葉ヒナハのやつらの非戦闘員が殺されたとしても、陽奈葉ヒナハのやつらによる攻撃が私たち帆舟ホフネの選ばれた民の小さな仲間の子供や非戦闘員を巻き込むことは、糾弾すべきだ。私たち帆舟ホフネの小さな仲間を救え」


帆舟ホフネのやつらが神に選ばれた民だとあなた方は言うのか。彼らはあまりに傲慢な行為を行っているんだぞ」


「小さな者だからといって、神に選ばれるというのか。彼らの仲間の陽奈葉ヒナハのやつらは、私たち帆船(ホフネ)の仲間を全滅させようとしていることを忘れてはならない」


 このようにして、やがて帆舟ホフネ陽奈葉ヒナハとは、互いに皆殺しを目指すほどに対立することとなった...


 このころ、絵里エリは死期の迫ったことを悟りつつ、同時にこの時の世界規模の二大陣営の対立の先を悟っていた。彼女の目には、この対立が後に核戦争となり、北の超大国の壊滅、東の帝国の滅亡、民主国家たちの国土の水没とに繋がっていくものだった。それがもたらすのは、世界規模の寒冷と日照りと飢餓のはずだった。

 絵里(エリ)は、このころすでに神の意志が現れ始めた気配を感じ取っていた。アララトの地やその高地を水源とするユーフラテスばかりでなく、ヨルダン川流域までもが砂漠の地となった。啓典の民と言われた民までが苦しみ始め、アララトの地ばかりでなくユーフラテスなど多くの川の流域から、人々が次第に去っていた。


 絵里が死期と未来の姿とを悟った時、神職(アミール)を委任されたはずの帆舟ホフネ陽奈葉ヒナハたちは、絵里(エリ)の思いを無視していた。彼女たちは、血のつながった姉妹であるはずの相手を、互いに滅ぼすべき敵として名指しさえするほどになった...

「わが神によって奴らに思い知らせてやるよ。私たちは皆んな戦い抜く。奴らは私たちの神を犯す存在だ。奴らは悪心をもって動いているに違いない。だから、奴らに因る騒擾がすっかり無くなるまで、全世界が私たちの教え一条になるまで、彼の地でもこの地でも、やつらを皆殺しにしなければいけないんだ」

...佐美には、この対立と殺し合いが無くなるのは、彼らが死に絶える時であると思われた.....この時、絵里(エリ)はまだ残っていた側近たちに将来を見通して何を為すべきかを相談した。ただ、絵里(エリ)の考えに側近たちは猛反対だった。それでも、絵里(エリ)は自らの遺志と次期の正統的な神職(アミール)を、あらためて八歳にすぎない佐美(サミ)に託した..その直後、側近たちはエリの許を去っていった。


 ついに訪れた絵里の臨終の枕元にいたのは、幼いながらにヒジャブをまとった佐美(サミ)と佐美の家族たちだけだった。

「慌ててはいけない...彼等の中にも和平を結ぼうという思いがあらわになる時が来る。それは、すなわち、啓典の主、天の父に選ばれた「残りの者たち」があらわになる時だ...その時は必ず来る...佐美は彼らを見出せ...天の父へと導くのだ」

「養母様」

 絵里(エリ)は、枕もとに控えていた佐美サミに希望を託すと、息を引き取った...佐美(サミ)は、郷里の父エルカーナーや母ハナたちに手伝ってもらって絵里(エリ)を白い布に来るんで葬ると、アララトの地を去っていった。

______________________________________


 ユーフラテスからアララトの地、そして地中海に至る一帯の人間たちは、ついに対立する二つの勢力に収斂した。それ以外の人間たちはいなくなっていた。やがて、彼らの間の戦いは激烈な広域戦争となった。

「我らを攻撃する彼等を撃つ為には、住民達を殺しで構わない。我らの痛みは、彼等に七の七十七倍まで復讐し尽くす。決して許さない」

 彼らは互いにそう誓い、戦いを激化させた。


 世界規模の二大陣営の間でも、もはや間に立つ者たちは居なくなり、互いに核弾頭の打ち合いになった。核弾頭の火は、超大国の地ばかりでなく、世界の隅へすでに追いやられて逃げ惑う貧民たちにまで降り注くようになった。そこらじゅうで、貧民たちさえ、ある者は破裂し、ある者は吹き飛ばされた。

 佐美たちは、このときヨルダンを超えてゴルゴダの丘の麓を辿ったところだった。そこにも、核弾頭の火が襲い来た。このとき、佐美サミの父エルカーナーと母ハナもまた、一瞬にしてその身を焼かれた。この時、彼女はヒジャブの母と彼らをかばうように覆いかぶさった父に、守られていたという。

 佐美は、父母やほかの家族たちと死に別れ、一人残され、毎日のように亡き師や家族を思い、ヒジャブを濡らして泣きとおしていた。

「父上様、(かあ様、なぜ死んでしまったのですか。なぜ私をおいて死んでしまったのですか」

「みんな、何処へ行ってしまったの? わたしを一人置いて行かないで・......」

絵里(エリ)様、なぜ死んでしまったのですか。なぜ私をおいて死んでしまったのですか?」

 彼女が絵里(エリ)を思い出した時、絵里(エリ)から受け継いだ正統な神職(アミール)たることの厳しさが、頭の中に渦巻いた。それもまた、彼女に無力感を感じさせた。今は、ただ嘆くことしかできなかった。

「わたしの神よ わたしの神よ

 なぜ私をお見捨てになるのか

 なぜ私を遠く離れ、救おうとせず、

 呻きも言葉も聞いてくださらないのか

 わたしの神よ 

 昼は、呼び求めても答えてくださらない

 夜も、黙ることをお許しにならない」

 佐美は、こう嘆きの祈りを重ねていた。


 彼女は、わずかばかりの干し肉と水を頼りに、彷徨い歩いた。佐美(サミ)は、ただ一人ゴルゴダの丘から逃れ、はるかガリラヤ北方の小さな村にたどりついた。そこは、不思議な凪の続くうみとヘルモンの見える村だった。


 佐美は、その入り口を一目見たところで、気を失った。

______________________________________


「ここまで一人で来たのか? このヒジャブはあなたのものか?」

 佐美が目を覚ましたのは、村の建物の中だった。目を覚ました佐美を覗き込んだのは、修道士(モンク)の服を着た男だった。

「ここは?」

「ここは、アドナーンの村と言われているところだよ」

「アドナーン? 天の父の村なのかしら?」

 佐美は、絵里に教えられてきた知識を基に、恐る恐るそう質問した。修道士は、彼女を見つめながら、静かに答えた。

「ここは、そう言えるだろうね。ここは、ラプチュアに遭遇し、ここに連れて来られた人たちだけの村だよ」

「それでは、私もここに連れて来られたのかしら?」

 佐美は、そんな村に入り込んだことに驚いた。修道士の男はその反応を見て、言い聞かせるように答えた。

「私たちも驚いたよ...既に集められるべき者たちはここにすべて来たと、私たちは考えていたんだ...私は村の長をしている修道僧(モンク)のミカだ...あなたがここに来られたのは、何か不思議な選びにある子供だからだろうか?」

 村の長らしいミカは、そう言って佐美(サミ)を見つめた。佐美はミカの後ろに控えていた村人たちに気づいた。

「みなさんは...ここに集められたみなさんは、何をしているのですか?」

「私たちは、選ばれてここに集められたんだ......外の世界では、黙示録の様々な預言が成就しつつある......だから、私たちはここで待っているんだよ」

「ここで待っている? でも外の世界では助けを必要としている兄弟姉妹もまだいるはずです」

「確かに、苦難の中にある兄弟姉妹はいる......しかし、私たちはここで過ごすように、全世界から選ばれて此処に来たと考えてる」

「過ごす......だけなのですか?」

「そう、待って過ごすだけ......」

「私たちは、様々な苦難に遭った......その時、それぞれがこの場所の幻を与えられた...…そしてここに集められたんだ」

 この答えに、佐美は急に絵里(エリ)から教えられたことを思い出し、彼らに問い直した。

「今も「選ばれた」と確信しているのですか?」

「ええ」

「今、この村の外の世界では、戦争と災害によって人類が滅びようとしています...他方、あなたたちはここで待っているというのですか?」

「幼子よ、私たちは選ばれた故にここに集められたのです。。。だから待てばいい。自らを守り続けるだけでいいはずです」

「それなら、過去に苦難を受けたから、今でも選ばれたままの存在であると思っているのですか? 今、地上では人類が滅びようとしているのに、何の助けも差し伸べないままで、今でも「選ばれている」と言えるのですか。それが天の父の意志なのですか?」

「そう、おそらく地上の今の混乱は、天の父の意志......」

「そんなあ。それではあなたたちはこのまま、外の世界を拒むように守だけなのですか? まだ審判は来ていません...それならば、待つのではなく......」

「いや、それは違うと思う。ここに来たのは、選ばれたからだから.......」

 村の長も、他の人々も、佐美の疑問に対応できなかった。村人たちは、幼い佐美(サミ)の非常な賢さに驚いた。他方、佐美サミは、人の住むところに来られたという安心感はあったものの、違和感と謎の残る村に心を開くことが出来なかった。


 彼女は疑問と孤独に悩みながら、その村に落ち着くことになった。数か月が経ったころになると、佐美の白いヒジャブ姿に村人たちは話しかけなくなった。それは、佐美の言葉に対して、反論や問いかけをできる村人たちが、村長のミカ以外居なくなってしまったからだった。ミカでさえ、佐美をある種の畏怖と尊敬をもって「小さな警告者」と呼ぶ始末だった。


 佐美(サミ)は自分に何かができるとは思っていなかった。ただ、なにかわからないままに求め続ける心の衝動のようなものは、おさまらなかった。

「私は外へ出て行かなければならないのかしら? 世界を歩き回って、残された民を探し、ここに送り込まなければならないのかしら」

 佐美は、心の奥にそんな想いを持った。それは、啓典の主たる天の父からの啓示だった。

………………………………………


「あなたは、確かこの村では小さな警告者と呼ばれていますね...そんなあなたは、何を求めて人生を歩んでいるのですか?」

 ある日、佐美(サミ)が村近くの海岸から見える雪山を見ながら物思いにふけっているとき、たまたま通りかかったらしい若い男がそう訊ねて来た。佐美(サミ)は反射的にヒジャブの裾を直しながら、ペルシャ式の服を着たその男が最近村に来たことを思い出し、この質問の意味は何だろうかと考えた。

「私は、天の父の意志を求めているのです」

「ここが、天の父の意志のはずではないのですか?」

 若い男は、結論めいたことを言った。佐美は結論を急ぎすぎていると疑問を感じた。

「なぜ、そのように言えるのですか?」

「わかりませんか? こうして私とあなたが話をして互いを思っていることを確認できているじゃないですか! それが選ばれている者同士が確認していることです」

 彼はそう続けた。彼の答えは、今まで聞いたことの無い切り口だった。ただ、佐美はこれらのことを理解するには、経験とそれに基づく分析の切り口を持ち合わせていなかった。彼女はさらに問いかけた。

「この会話が、天の父の意志だ、と? それがあなたの答えなのですか?」

「厳密にいえば、このような会話が、天の父の意志の現れた現象だそうです」

 彼がそう答えると、佐美は論点をずらしてしまった。

「現象? そんなものが天の父の意志だというのですか?」

「そう、ほかの村の人々に質問してもらってもいいですよ」

 若い男は、そう指摘した。彼は新参者のはずなのに、考え方は他の村人と非常に似ていた。つまり、彼はやはり選ばれてこの村に来たのであり、他方、佐美はこの村で浮いた存在だと言えた。

「そんなもの、もう今は聞いても意味がないです!」

 村の中でも尋常ではない賢さを有していた佐美だったが、幼さと経験の浅さ、分析の甘さのあったゆえに、彼女にはまだ全く理解できなかった。この村に来てからというもの、彼女は忍耐力がまだ養われていなかったために、この村には彼女の求める答えがないと、少々傲慢にも早々に見切りをつけていたのだった。

「意味がない? 少女よ、あなたは考えることを止めてしまっているのですか?」

「そう!」

 佐美は、もう10歳も年上の青年である男にカチンと来たのか、ムキになって大声を出し、前を見ないまま大股で歩き出した。おそらく、それに対しる戒めだろうか、佐美は、足元の石に大きく躓いた。

「危ない!」

 先ほどの青年が、とっさに彼女を庇いながら転んだ。気がつくと、佐美はその青年の腕に抱えられながら、下敷きになっていた。

「これは失礼しましたね。怪我はないですか」

 青年はそう言いながら、佐美を抱き起した。佐美は、布ごしとはいえ、今まで若い男性を身近に感じたことがないため、顔を真っ赤にして立ち上がった。

「え、ええ......ありがとうございます」

「僕は、ケン・フラディ......名前をお伺いしていいかな、「小さな警告者」さん?」 

「私は、佐美(サミ)と言います……」

 佐美はあまりの恥ずかしさに、ろくに返事もせずに逃げ出してしまった。それを見送ったケンには、彼女が慌てて純情そうに走り去る後ろ姿が、幼い彼女を受け止めた時の感覚、そして幼くして鋭く受け答えをしていた少女の姿とともに、心に深く刻み込まれた。


 次の日、佐美は、この村を出た。誰にも何も言わずに誰にも見送られない、また誰も注目しない旅の始まりだった.....佐美は、「残りの民」という預言を思い出した。それは彼女の愛を探す旅、相手を探す旅、居なくなったという残りの民を探し当てて神なる主を知る旅、大人になるための旅だった。

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