証人たち 5
「あ、あなたたちは、そうか、証人だったのか。預言の通りか......。あなたたちは、天の父の御言葉を伝えるために、世界を巡り歩いている証人とその一行だったのか......」
「それならば、今までのことを少しばかり説明して、誤解を解いておこうと思いますが......おそらく、此処ばかりでなく、各地で似たようなことが起きているでしょう......最初、私たちは彼らに警告したのです。しかし、彼等は聞き入れるどころか、私たちの警告を無視して、力づくの戦いを仕掛け、追い出し、征服したのです。それゆえ、私たちは警告とともに力を発揮したのです。それは、確かに私たちに与えられた力でした。彼らの上に起きた様々な事象のゆえに、彼らは私たちを恐れるようになりました。他方で、すでに彼らの母体は滅びていたのです。それにもかかわらず、彼らは彼らの姿勢を変えませんでした。そればかりでなく、彼らは私達を悪魔とさえ呼んで恐れるだけで、自らを糺しませんでした......ただ、私たちは行き過ぎました。すでに彼らは恐れのために既に裁かれていました。それを私たちはさらに復讐を重ねてしまった。裁きは、確かに天の父の為さることでした」
北海道にて証人たちによって回心した村での話だった。
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ベーリング地峡からユーラシア大陸に至った4人は、さらに3か月を費やして太平洋沿いに南西へと向かった。
「ここから先のカムチャッカ半島は避けた方がいい。火山と硫黄の巣窟だから」
佐美はそう言って、幼い腕で凍り付いた川、リカ・マインを指示した。それは、凍り付いたその川を遡上し、リカ・ベンジナを辿ってオホーツク海にでるコースだった。
その後、ロバたちは、オホーツク海沿いに南下していつた。その少し先で、彼等は地図とは異なる地形を目の当たりにした。地図にあったはずの沿海州から香港にかけての陸地は、アメリカ西海岸のように壊滅して水没していた。そのかわりに、海水が大陸の奥深く、モンゴルの手前から西安・重慶の辺りまで入り込み、東瀛海と東中国海とが韓国島や九州、台湾を大きく孤立させるようにしてつながっていた。
仕方なく、ロバたちは東へ、つまり間宮地峡で陸続きとなったカラフトに渡ってから南下した。そして彼らは、以前は島だった北海道の襟裳岬の手前に至った。するとロバたちは、襟裳岬への途中の海岸のある街の郊外に、彼らを下ろしてしまった。そこは、雪原の遥か遠くに家々が散在した集落が見えたところだった。
彼らが雪原を歩いていくと、広々とした雪原のところどころには、廃棄されたような牧場があった。今でもそこでは牛や馬、羊たちが気ままに走り回っている姿が見えた。そこの村は、この時には理想郷に見えた。
「お前達、どこから来た? このニシュオマイ川の上流からか?」
話している英語にはロシアなまりが含まれていた。そこは、ロシア人集落だった。最初にマリが振り向き、それに答えた。
「違う。あなたたちは?」
「ここはウラカの集落だ」
ロシア人の答える表情からすると、四人を警戒し、また彼ら自身が何かを隠しているような様子だった。それを見て取ったケンは、彼自身が答えることにした。
「そうなのか? 私たちはカムチャッカから来たんだ」
ロシア人たちは、4人がカムチャッカから来たことを知り、さらにケンがペルシア人であることがわかると、少し表情をゆるめた。ケンはつづけた。
「ここは、もともと東瀛の土地なのだが、なぜあなたたちがいるのか?」
「ここは、いまや我々の土地だ。カムチャッカから来たのなら、沿海州から香港にかけての土地が海に沈んだことを知っているはずだ。その際、此処から南の島々も沈んじまった。その際、この島からも敵が逃げ出したんだ。我々は無人の土地を占領したまでだ。」
ロシア人はそう答えたが、その声には恐れが含まれていた。神職の佐美はそれを見逃さなかった。
「あなたたちが無人の土地を占領したというのは、本当か? 本当のことを言いながら、あなたたちは何を恐れているのか?」
「なぜわかるんだ? あなたは誰だ? どこぞの能力者なのか?」
佐美はそれに答えず、まるで心を読み取ったように指摘をつづけた。
「此処にはあなたたちの恐れている怪物がいるようですね」
しばらく沈黙が続いた後、ロシア人は答えた。
「この川の上流には悪魔がいる」
「悪魔?」
「そうだ。音もなく俺たちの近くに来る。そして、誰かが問い詰められる。すると次の日には、誰かが狂って死んでいる」
「問い詰められ、追い詰められて殺されているのか?」
「そうだ。なあ、あんたたちもロシアの本土から来たんだろ? それなら助けてくれ」
「助けを求められては、応じないことはない。わかった。私たちも協力しよう」
その夜、ロシア人の集落の中で、4人は待ち伏せをした。確かにその夜、ロシア人たちが予想したように、外から侵入者があった。その侵入者は音もなくある個室に侵入し、その個室のロシア人を寝床から連れ出した。その動きを待ち構えていたケンたちは、彼らを尾行した。
「あんたはロシア兵だな」
村の中の廃墟となっていた厩舎の陰で、侵入者はロシア人を締め上げるように囲んだ。すると、暗闇の中から侵入者の仲間たちが現れ、彼ら全員がまるで刑事のようにまたギャングファミリーのように、鋭い照明を当てながらロシア人を囲んだ。明るい光のために相手を見定められないロシア人は、恐怖に震えながら答えはじめた。
「あなたたちは誰だ?」
「質問しているのはこちらだ。こたえろ。あんたはロシア兵だな」
「い、いや、ここに来てからは違う」
「此処に来るときには、征服することを喜んでやっていたんだろ?」
「それは、戦争だからだ」
「ここに戦争があったか? ここが戦場だったか? それはおかしいな」
「い、いや違う。だが、命令だったんだ。だから、攻め立て、征服した......」
「ほう、それで大量殺人をしたわけだな。命令をしたやつらはそんな権利を持っていたのか?」
「大統領が攻めろ、といったんだ」
「大統領の命令......それは正しいことなのか?」
「大統領はロシア国民が選んだから、権限を持っている。だから命令する。だから俺たちは従った」
「その大統領を選んだのも、命令を実施したのも、あんた達だな?」
「俺たちは選んだだけだし、命令に従っただけだ。命令したのは大統領だ」
「そうか、それならお前たちロシア人が選んだ奴に命令されたから攻め立てて皆殺しにしたことになるな。結局、お前たち全体が、まるで呪われた民族が為したがごとくに、彼らを攻め立てて皆殺しにしたことになる」
「そ、それは......ゆ、許してくれ!」
尋問されていた元兵士は、急に悲鳴を上げ、突然駆けだして息絶えた。
「ここの兵隊たちは、急に走り出して、急に死んでしまう。これでは断罪にならないぜ」
尋問者の一人がつぶやいた。ロシア人たちから悪魔と呼ばれているのは、おそらくこの尋問者たちなのだろう。彼らはおそらく悪魔なのかもしれない。少なくとも悪魔的な告発者に違いなかった。人間である可能性もあったが…。
4人がひそひそとそんな議論をしていると、尋問者たちは再び獲物を探して集落をさまよい始めた。
「待て」
ケンは思わず声をかけた。すると、尋問者たちはケンに振り返った。ケンはその顔を睨みつけ、さらに声をかけた。
「なぜ彼を責め立てたのか?」
「お前たち、何処から出て来たのか? おまえたちは何者だ? 先ほどから見ていたのか? そうか、少し説明してやろう......彼らは殺しを行ったから責めを負ったのだ。この地を理不尽に攻め立てたからだ」
「そうか、つまり、ウクライナがロシアに攻め立てられたようにか?」
「ずいぶん昔の話を持ち出したな。まあ、そうだ。今の時代も、ロシア兵たちは断罪されるべき存在だ」
「なんの権限でそのように責め立てるのか?」
この時、話を聞きつけて来たらしい集落のロシア人たちが、ケンたち四人と尋問者たちを遠巻きに囲み始めた。この時、尋問者たちは集落のロシア人たちを睨みつけ、明らかに威嚇した。そして、彼らは再びケンたちを睨みつけた。
「権限だと? 主たる天の父によって選ばれた私たちに、人間による権限は必要ない。私たちは攻め立てられ、殺され、小さくされた民として、天の父によって選ばれた側だ。だから、ここのロシア兵だった者たちを責めるのは、当然だ」
「それなら言い直そう。あなたたちは責め立てることができる立場だというのか?」
「そうだ。我々は力も有している」
このとき、尋問者たちは、周囲に集まってきたロシア人をさらに威嚇をするためか、集落の周囲に雷を飛ばした。途端にロシア人の間に悲鳴が上がった。ケンは大声を上げた。
「なにをしているんだ! ああ、あなたたちは滅びるぞ。あなたたちの行為に正義はないぞ」
「滅びるのは構わないね。だが、正義がないという指摘は受け入れない。責め立てることができれば、糾弾できればそれで正義が確立されるはずだ」
「そのあなたたちの正義とやらは、正しいのか」
「無論だ」
「いや、正しくないぞ!」
ケンの指摘は厳しく、指摘された尋問者もまた厳しい顔つきとなった。
「正しいからこそ責め立てるのだ」
「もう一度聞くが何の権限でそのように責め立てるのか」
「私たちが被害者だからだ」
「被害者が責め立てるのは、単なる復讐にすぎない。そこには正義はないぞ」
「なんだと!。復讐とはいっても限定された復讐であれば、正義の実現される。『目には目を、歯には歯を』というとおりだ。それならそれを示してやろう」
尋問者は怒りを表して、先ほどの雷よりもはるかに巨大な雷で海を撃った。同時に、他の尋問者たちも4人を威嚇するように取り囲んだ。ケンは、神職の佐美がうなづくのを確認すると、姿勢を正して対抗する構えを解き、なるべく柔らかい口調となるように心掛けながら、尋問者たちに話しかけた。
「私たちに力を示したのか。それは誰に因る力なのか。いや、今は問うまい。どうやら、私たち4人は、あなたたちの村を訪れたほうがいいらしいね」
尋問者たちはいまだに震えているロシア人集落の住民たちには構わずに、勝ち誇ったようにケンたち4人を縛り上げ、連行して帰路に着いた。やがて、平地から山の間の谷筋に入るところで、彼らの村の入り口に至った。
尋問者たちの集落は、ニシュオマイ川の上流にあった。山が近いこともあって、雪深い集落だった。その集落の奥に会堂があり、4人は縛られたままで雪の積もった前庭に座らされた。
「私たち客人を、土下座のように座らせるつもりなのか。特に神職をこのように扱うとは......無知とは恐ろしいものだね」
ケンは、ふたたび強気の言葉を発した。ジャスミンはあまりに心配になって、彼の発言を止めさせようとした。しかし、それよりも早く、会堂の中から尋問者たちの指導者らしい女性が現れた。
「あなたたちは、私たちの尋問を邪魔するのかね。御名による行為に横槍を入れるとは」
「あなたがこいつらの神職なのか?」
「神職? 私は師として導き、正義を実現している」
「そうか、それなら師よ。あなた方の為している行為には正義がない」
「私たちに正義がないというのかね。あなたたちはその言葉を発するには、幼すぎると思うが。少なくとも私たちのように学びと実践を重ねる必要があると思うが」
「それなら、私たちから質問をしたい。あなたたちに正義があるのか、と改めて問いたい」
ケンは少し挑戦するような感情を声に込めていた。相手はそれに応じたように口調を強くした。
「それなら、改めて指摘させてもらう。私たちは正義を実現する集団だ」
「あなたたちは、『正しいものはいない。唯一人もいない』という言葉を知らないのか?」
「知っているさ。私たちには意味のない言葉だ」
「いや、正しいものがいない。そうであるからこそ、正しくあろうとする姿勢が求められる。しかしそれだけでは足りない。あんたたちは忘れている。あんたたちも信じているという主は、おっしゃられた。『私の求める者は憐れみであって、生贄ではない』 この言葉の意味を知らないのか?」
「それでは糾弾することにならない。正義は来ない」
「正義は必ず来る。しかし、それは人間ごときが実現するものではない。しかも、正義の実現の際には、必ず憐れみもまた必要であることを知るべきだ」
「なんだと」
尋問者達は怒りのあまりに周囲に巨大な雷撃を発した。ところが、今回はそれと同時にケンがそれら全てを封じてしまった。ケンはその後ゆっくりと振り返り、彼らを睨みつけた。
「師よ。また尋問者たちよ。あんたたちは、私たちと同じ選ばれたものだと思ったが、どうやら違ったようだ。立ち返れ! 今はそれだけを言おう。また、あなたたちに警告しておく。裁くことは主の為されることだ。恐れや憎しみがあっても、これ以上相手の存在を脅かすならばあなたたちの未来はない」
この言葉とともに、ジャスミンも立ち上がり、尋問者たちすべてを凍り付かせてしまった。
暫くたって、佐美は、師と呼ばれた者だけを口のきけるように拘束を緩めろと、ケンたちに指示した。師は、ようやく口を開いた。
「あ、あなたたちは、そうか、証人だったのか。預言の通りか......。あなたたちは、天の父の御言葉を伝えるために、世界を巡り歩いている証人とその一行だったのか......」
師はさらにつづけた。
「それならば、今までのことを少しばかり弁明を、虫のいい話だが、させてもらえないだろうか......おそらく、此処ばかりでなく、各地で似たようなことが起きているだろう......最初、私たちは彼らに警告した。しかし、彼等は聞き入れるどころか、私たちの警告を無視して、力づくの戦いを此処の民たちに仕掛け、追い出し、征服した。それゆえ、私たちは警告とともに力を発揮した。それは、確かに私たちに与えられた力だった。彼らの上に起きた様々な事象のゆえに、彼らは私たちを恐れるようになった。他方で、すでに彼らの母体は滅びていた。それにもかかわらず、彼らは彼らの姿勢を変えませんでした。そればかりでなく、彼らは私達を悪魔とさえ呼んで恐れるだけで、自らを糺さなかった......ただ、私たちは行き過ぎてしまった。すでに、彼らは恐れのために既に裁かれていた。それを私たちはさらに復讐を重ねてしまった。たしかに、裁きは天の父の為さることだった」
この言葉を聞いた四人は、しばらくこの村の師の家で滞在した後で、旅に再び出た。途中で再び通りかかったあのロシア人たちの集落は、巨大な炎によって焼き尽くされていた。