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14/22

証人たち 1

 一年、その後二年、またその後半年の後、マリ・チャム、ケン・フラディ、ジャスミン・テオたちは、今日、小さな村から送り出されようとしていた。もうすぐ、そのささやかな出発式が今行われてようとしていた。

______________________________________


「私たちがここにきて、もう三年半になるのね」

 出発式が行われる日の朝、マリが海岸を見ながらそう言った。三人は、村の一角の彼らの住居が共有する中庭で、朝食をとっているところだった。

「『その日』と言われたときに、外の世界は激変したらしいね」

 ケンがそう言うと、ジャスミンが続けた。

「それでも、ほんの少しだけど、この村のような祈りの群(群れ)が残されているらしい」

「だが、今問題になっているのは、そうではないところにも人間たちがまだ多く生き残っているということなんだ」

 マリが何かを村の中心から聞いてきたらしく、重い口調になった。ジャスミンがそれに応じた。

「え?。じゃあ、その人たちを助けなければならないということ?」

「半分は当たっているね。いま、どんな状態の人間たちが残っているかは、想像もつかない。それは預言されたことらしく、彼らに対して我々が救われている証しを示して、回心を呼び掛ける時が来ているというんだ」

 マリはそう答え、ケンとジャスミンを見つめた。ジャスミンは意外だという表情を浮かべて疑問を口にした。

「呼びかける? 救うんでしょ?」

「いや、呼びかけるだけらしい」

 マリは、重く答えた。ジャスミンは不審そうな調子でさらに問いただした。

「それなら、何で出かけていくの?」

「それは、救いと回心を伝えるべきだという預言があるからだね」

 ケンが口を開いた。彼はマリの話から何かを察したようだった。

「多分、それは黙示録にある『二人の証人』のことだろうね。ところでマリ、あなたの口調が重いのは、『呼びかけ』と『救い』の違いがあるからなのか? それとも別の理由からなのか?」

 ケンの鋭い問いかけがマリに突き刺さったようだった。その様子にジャスミンも黙ってマリを見つめた。しばらくして、マリは二人を見つめて用心深く語り始めた。

「実は、ケンとジャスミン、あなたたちが証人二人として選ばれた......」

 マリの言葉に、すぐケンとジャスミンは反発した。

「そんなあ!」

「なぜ私たちが?」

「それはわからない」

 二人の疑問に、マリは答えられなかった。そして、派遣される二人の困惑に、思わず口を継いでしまった。

「だから、私も一緒に行くよ」

 そう言うことになった。

______________________________________


 派遣されるのは、三人となった。そして、今、三人の派遣のための出発式が行われていた。

 当然ながら、三人は不安でいっぱいだった。それは、今まで保護されていた村から、いまや異世界となった外界大地へと出ていくためだけではなかった。もう一つの大きな理由が、彼らの背中を押そうとしている村責任者の神職(アミール)があまりに若いというより幼く見えたからだった。


 実際、神職(アミール)の任にある佐美(サミ)は、たしかにまだ十七歳になったばかりだった。だが、彼女が語り始めた時、会場の雰囲気は一変した。彼女の語りは、一度捨てられながらもこの村に集められた者たちへの慰めであり励ましのメッセージだった。


「今、各地の人間たちを襲う大戦や災害は、あまりにむごい。しかも、それが人間によって平然と行われている。もう今では止める勢力、仲介する勢力はいない。無力な私たちに何ができるだろうか。何かをせよと言われるなら、私たちならではということを考えましょう。

 今、私たちは様々な所からここに連れて来られ、この村で守られている。それは私たちがよい人間であるからではないのです。ある人たちは酷い仕打ちのうちにここに導かれました。ある人たちは、無力のままでも力を尽くそうとした時に、此処に導かれました。他の方々も......選びにあった方々はここに連れて来られたのです。それは、『主が心惹かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民より数が多かったからではない。あなたたちはほかのどの民よりも貧弱であった』と預言されている通り、「小さくされた」人々であったからです。

 そして、今、私たちは励まされています。すなわち、この言葉を心に刻んでください。

『恐れるな。もはや恥を受けることはない。

 うろたえるな。もはや辱められることはない。

 若いときの恥を忘れよ。やもめの時の屈辱を再び思い出すな。

 あなたの創造主があなたの夫となられる。

 その名は万軍の主、あなたを贖う方。全地の神と呼ばれる方。

 捨てられて、苦悩の中の妻を呼ぶように、主はあなたを呼ぶ。

 若い時の妻を見放せようか、と。

 わずかの間、私はあなたを捨てたが、

 深い憐みをもって私はあなたを引き寄せる。

 あの時近い、今また私は誓う

 再びあなたを怒り、攻めることはない、と。

 山が移り、丘が揺らぐこともあろう。

 しかし、私の慈しみはあなたから移らず

 私の結ぶ平和の契約が揺らぐことはない、と

 あなたを憐れむ主は言われる』

 ....」

______________________________________


 以前から、ケンとジャスミンの二人はそれぞれに同じ幻を見ていた。その幻、それは彼らが世界を巡り歩くことだった。彼らが証人として、人々に世界の終わりを示しつつ回心を呼び掛けることだった。二人は、彼等だけが与えられた使命に、以前から気付いていた。それゆえ、彼らは村から送り出されることが必要だった。だが、マリはそうではなかった。ただ、証人とされた二人が厳しくつらい旅をこれから始めなければならないことは知っていた。それゆえ、ケンとジャスミンが証人とされたことを、彼ら二人に伝えた時に、同情と共感とがあったこともあって、思わずどうこうすると言ってしまった。そして、誰もそれに反対しなかったことによって、マリばかりでなくケンとジャスミンも、また送り出す佐美(サミ)も、後々その付けを払うことになるのだった。


 彼らはロバたちに載せられて西へ向かった。アジアから中東、さらに地中海沿いに、いずれも砂漠のような荒野を長い日数を費やして移動した。

 ......世界大戦はまだ続いていた。各地の荒野はその大戦の結果だった。彼らは、荒野を抜ける長い旅路の途中で、様々な荒野の風景を見た。様々な廃墟や散乱した瓦礫、戦闘の跡、また爆発後のクレータ、大きく広がった焼け野原、ほとんど残っていない植生、それらの光景から、各地のそれぞれの場所で何が起きたのかは想像できた......


 ......荒らす憎むべきものが神殿の丘に立つ………古代から続いていた小競り合いが、預言された「荒らす憎むべき者」が間もなく到来することを予感させるほどになり、その戦いは世界大戦へとつながった。

 周囲の小競り合いの情勢に不利を感じたユーラシアの大国は、コロンビアの相手を牽制するために大規模な核攻撃を行った。すぐさま、報復が報復を呼んだ。降り注いだ火、それは互いに相手へ注ぎ合った怒りの火だった。すでに、大規模な核戦争となっていた。

 核戦争は火山活動を誘発し、短い間に地上の三分の一を焼き、森林の三分の一は山火事となり、草原は全てが焼き払われてしまった。さらに、大陸の海岸地方をことごとく破壊し、漁業や海運を壊滅させた。特に、ユーラシアの大地では戦略核の攻撃によってすべての水が汚染された。瞬く間に地上の空を煙が覆い尽くした。一気に寒冷化した荒野のうえで、まだまだむごい殺戮が行われた。多くの国々は滅亡し、多くの大地はほとんどが荒野になっていた。......生き残った者たちには苦難が続くこととなった。生き残った者たちは、都市廃墟に集まり群がって生きることしか道はなかった。彼らは文明の残り火の中でやっと生活しているありさまだった......

 

 その荒野を過ぎ、その末にマリたちが降ろされたのは、暗く荒れ果てた荒野の一部だった。彼らは、ある港湾都市の廃墟に入って行った。そこは、対岸も見える海峡に面したところで、昔は人々が多く集うところだった。今では、わずかばかりの人間たちが廃墟の中に残って、ほとんどとれない海産物やわずかばかりのオリーブや畑から食べ物を探し続けていた。


「おい、おまえたち。どこから来た? その恰好はまるでどこかの首長様のご一行だな」

「私たちのことか?」

 ちょうど、マリたち三人が海峡の海の寒々とした色を見ていた時だった。白いベールと白いトーブまたはアバーヤをつけたマリたち三人は、彼らの目には豊かなよそ者に見えたらしい。ケンは、後ろのマリやジャスミンをかばうようにして、廃墟から出てきた男たちの前に立った。彼の目の前の男たちは、明らかに何らかの目的でケンたちを襲う意思を秘めているようだった。

「私たちを襲うのはやめた方がいい」

 こう言ったのは、ケンの後ろにいたジャスミンだった。その口調は挑発するような雰囲気を持ってはいなかった。しかし、目の前の男たちにはマスマックをかぶった女が警告をすること自体が挑戦のように感じたらしかった。

「へえ、お前たちは平気なのか? 俺たちのこの人数から逃げられると思っているのか? ましてや俺たちに対抗できると思っているのか?」

「そんなこと、何も考えていないわ」

 そう答えたのは、マリだった。そう言いつつ彼女は静かに逃げ道を探った。それを男たちはわかっていたようで、じりじり囲みを閉じようとしていた。

「逃げたいのか? それならあんたたちの持っているものを俺たちに渡せ」

「私たちには金や銀はない。だが、持っているものを上げようか。素直に受け取るつもりがあるなら......」

「よし、それを渡せ」

 男たちはそう言って武器を構えながら近づいてきた。ジャスミンはその男たちを見つめ、ケンを一瞥すると、祈りながら言葉を継いだ。

「あなたたちに祝福があるように」

 この言葉を語ると、ジャスミンは目を天に真っ直ぐに向けて見上げた。この時、彼女はすべてを自らは何をも動かそうとしなかった。

 男たちはジャスミンから始めて、ケンやマリたち三人の懐を探った。そして、マリとジャスミンが男たちの手に拒否感を示して叫ぼうとした時 また、ケンが彼女たちの貞操に危険を感じて動こうとした時、男たちの手が離れた。

「お前たち、本当に何も持っていないんだな」

 男たちの口調が急に変わった。

「そんな恰好でうろついているから、いいカモに見られるんだぜ」

「私たちは、何も持っていない。ただ、天を見上げて祈ることだけ。必要なものはいつも与えられるから」

 ジャスミンの返事に、男たちはあきれたように彼女たちを眺めた。

「お前たちが言う『持っているもの』とは、何だ?」 

「救いを信じること」

「信じるって? 今時そんなわけのわからないものを...。それで何か食べられるのか? 何かを支配できるのか? 奇跡を起こせるのか? 気の毒な奴らだな」

 結局、マリたちには、目の前の男たちが殺人を犯さなくとも、金目のものにしか関心がないことが分かった。

「お前たち、もう行けよ。ここにいても食べ物はないぜ」

「待って、私たちの話をもう少し......」

 マリは、先ほどのジャスミンの態度と、急に態度を変えた男たちを思い出して、もう一度男たちに話しかけようとした。だが、男たちは何かを悟ったのか、これ以上の話をしようとはしなかった。

「いや、ここから出て行ってくれ。お前たちがいると心がざわつく」

 彼等もまた、滅ぼされる者たちであることを、マリたちは悟った。


 海峡の地を超えて、三人は再び旅に出た。歩きだした。

「ジャスミン、あんた、なぜあんなことを言えたの?」

 マリは不思議そうにジャスミンに聞いた。

「あんなことって?」

「脅されたとき、あんたは天を真っ直ぐに見上げて......まるで何も怖くないような、まるで遠いところから自分の身体を操作しているような......それで、全てを天に任せきって......あれは勇気を出したから言えた言葉なのかしら? 『あなたたちに祝福があるように』なんて......」

 そう言いつつ、マリはジャスミンの回答を待ち、ケンの反応もうかがった。その時だった、


「マリ、危い!」

 ケンはとっさにマリの豊かな体を支えた。マリは少しばかり彼の腕を強く抱いた。この時、彼女は彼が彼女の心の中に棲み始めていることを感じていた。だが、それもほんの一瞬だけ。すぐにマリは体勢を立て直して立ち上がった。

「ケン、ありがとうね」

「あ、ああ。なんだよ。いつもと違うなあ。なんだよ、感謝をわざわざ態度を改めて言うほどのことじゃないよ。こんな程度のこと、我々の中ではいつものことじゃないか」

 ケンは妙に鋭かった。ケンの視線を外しながら、マリは返事をした。

「そうね」

 マリは、自分の心のわだかまりを力づくで鎮めた。ただ、ジャスミンがケンを一瞥してから動いたことは、いつまでも心の片隅に引っかかったままだった。

______________________________________

 

 彼らは、海沿いを南へ歩き始めた。途中、放棄された家屋の廃墟、小さな町や村の廃墟などがあったものの、人影は一切なかった。今歩いている地は、雪こそないものの、乾燥した寒冷地だった。おそらく以前は熱砂漠だったのだろう。小川や泉はおろか、植物は一切見られなかった。

 南へ下っていくにつれて、左手の地平線にはいつの間にかホレブの山と見まごう大きな砂嵐が迫って来ていた。その時だったろうか、彼らの背後にロバ三頭が居るのに気づいた。それらはかつて彼らを運んだロバたちだった。彼らがロバにまたがった時、ドッと砂嵐が襲い来た。三人は吹き荒れる冷たい砂嵐にさらされて目の前が見えないのだが、ロバたちは平気な顔をして歩き始めた。三人も冷たいはずの砂嵐の中で守られていた。不思議な感覚だった。

 こうして、彼らは再びロバに揺られての長い旅をつづけた。凍てつく荒野を過ぎ、何度も迫り来る砂嵐を越えると、大西洋に面した別の街が見えた。

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