終わりの日の佐美(サミ) 11 再びの浮動要塞都市へ
クワイト=ソージュヤントでの小規模な衝突は、対立していた2つの勢力の争いを、当事者の頭であるエネとヤッハをして止めさせたことで、静かになった。
しかし、クワイト=ソージュヤント以外では、帆船が暗殺されたという知らせが広まったことをきっかけにして、サン派とヴェッシェン派が激しい争いを展開し始めた。各地で始まった争いは、両方とも「救い主の代理人」がいなくなったはずなのに、拡大する一方だった。
サン派とヴェッシェン派の争いは、救い主やその代理人を問題にした者ではもはやなくなって、自分たちの正統性をかけた戦いに変質していた。彼らは、自分たちが正統に引き継いだのであり、相手は誤った引継ぎをして正統性を失った集団だと、互いに互いを責め立てていた。どの町や村の対立を見ても、それが争いの始まりであると思われた。そして、争いが本格的な戦闘に発展している状況は、争っている者たちがもはや啓典の教えに論理的に従うことを忘れており、明らかに悪霊たちによって両方の民たちの心の中に少しずつ悪意が持ち込まれているに違いなかった。
「エネ、そしてヤッハ...各地の争いの始まりには、あなた方や上に立つサンやヴェッシェンに責任があります...そして、すでに各地の争いは、リーダーの統率を欠いた無秩序なものにさえなっています.......こうなったからには、あなた方は、各地の争いを止める責任があります」
佐美はそう言って、彼女に従ったエネとヤッハとに、各地の争いを鎮めることを求めた。エネとヤッハは、佐美の命令でもあったので、いやいやながら佐美に同行することとなった。
彼ら二人を、ポンコツとはいえ、従者にできたことは、佐美にとって幸いだった。救世主を詐称した彼らの罪の意識と経験が、彼女の悪霊退治に役に立つだろうと思われたからだ。
悪霊たちは、ペルシャ以西のこの地にも、徐々に浸透しつつあった。襲いくる悪霊達を聖地であるペルシャ以西に来させてはならなかった。彼らが少しでもこの地に根を張ることがあっては、彼らにとっての兵站、つまり、人間達犠牲者の魂を彼らが容易に得られるようになるからだった。その後に、悪霊たちの何らかの軍団が押し寄せてくることは、容易に想像できた。
今は、幸いにも、まだ彼らは組織化されていなかった。それゆえ、今は、各地に飛んできた争いの促進者たちすなわち先遣隊の悪霊達を、丁寧に抜き取っていくことが必要だった。
「まずは、ヤッハ、貴方はどこから派遣されて来たのですか?」
佐美は、エネとヤッハの二人の考え方を、佐美と心底から合致させる必要を感じていた。それゆえに、彼らの行動の原点を振り返らせるための質問をすることにした。
「佐美様、俺は偉大なる神職帆船様の弟子として、彼女のおひざ元から派遣されました」
「...一番弟子として?」
佐美のこの指摘は、強烈な皮肉だった。ヤッハはすらりとした長身に負けぬ美貌の顔を真っ赤にしながら注意深く言い直した。
「あっ、そ、それは俺が末弟子であるため、この町に派遣されたのです……おそらく、ヴェッシェンたちから見て、俺は不要な弟子であるとでも判断されたのでしょうかね?」
「そう、貴方は今も彼等からあまり顧みられていないのね……」
佐美のこの言葉には、少しばかりの憐みが含まれていた。ヤッハは敏感にその配慮をかぎ取っていた。
「今、俺は、佐美様の下に居りますので、何も不満を感じておりません」
「そ、そうね」
佐美は、ヤッハの素直な返事に少しばかり意外に感じた。
「では、エネ、貴方はどこから派遣されたのですか?」
佐美は、巨体の男を見上げながらも、臆することなく訊ねた。男はすでに佐美に心理的に負けていたこともあって、素直な態度を示した。
「佐美様、俺は偉大なる神職帆船の一子エネとして、ここに来ました」
「エネ、なぜ息子の中で一番若いあなたが派遣されたのですか?」
佐美は、エネに対してまだわだかまりを持っていたのか、皮肉を響かせながら質問をつづけた。エネは、それに応じないように意識しながら答えた。
「それは、母の帆船から見ても、兄のサンから見ても、俺が出来の悪い息子だったからで......」
佐美は、二人の従者がともに態度を改めて素直に佐美に従っていることを確認した。この和解の経験は、二人の従者によって各地の対立を治めることにつながるだろうと思われた。また、同時に二人の従者が、本当に各地の町や村における本格的な戦闘を鎮められるのかという不安が立った。いずれにしても、これから佐美たちが各地の街や村を訪ね歩き、丁寧に互いの話を聞いて説得することだけで、たとえ戦闘が続いている状態でも、悪霊たちを引き抜き追い出すことができるだろうと考えていた。結局、佐美はこの段階でも人間たちがそれなりに多く救われるであろう、と甘く考えていた。
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最初に三人が行き着いた町は、ユーフラテスを少し遡った街だった。佐美が滞在していた町よりも小さく、二つの勢力の対立は鋭く激しかったものの、戦端はまだ開かれてはいなかった。佐美たちは、対立と争いが具体的にどのようなレベルになっているのかをまず探ることにした。
「帆船様の一番弟子 ヴェッシェン様は、私たちに伝言でおっしゃってくださった。神職帆船様の教えと薫陶を、最も詳しく教えられ最も深く理解なさっていた。ゆえに、ヴェッシェン様こそが、あの偉大な神職絵里様の正統な後継ぎさ......だから、『救い主の代理人』も
我らの集団から輩出されるはずだ」
「単なる弟子たちが、後継ぎになれるはずがない……帆船様の最も愛したお子様サン様こそが、生まれてから成人なさるまでのすべての歳月を、教えと精神、そして薫陶をも、深く長く詳しく受け継いだ......サン様こそが、あの偉大な神職絵里様の正統な後継ぎさ……だから、『救い主の代理人』も我らの集団から輩出されるはずだ......お前たちやヴェッシェンは、サン様から、いや神職帆船様から正統な地位を盗んだんだ」
「俺たちのヴェッシェン先生を盗人呼ばわりするのか!」
「お前たちは、サン様の血のつながりを軽視しているんだな」
「お前たちのサンなにがしは、単に血がつながっているだけで、正統性なんてないね」
「お前たちは、背教者だ.......死刑だ」
「お前たちこそ、死刑だ」
彼らはそう言い合い、見解をぶつけ、双方とも正統性について引き下がる気配はなく、この小さな町でも戦端がいつでも開かれかねない対立になっていた。
佐美はこのやり取りを、広場の隅で聞いていた。エネとヤッハもまた、佐美の後ろに控え、このやり取りを聞きながら、互いに顔を見合わせていた。
「佐美様、ヴェッシェン側もサン側も互いを責め、自分たちの正統性を前面に出しています」
「彼らのいずれにも、正統性がないのに......」
二人の男はそう言いながら、黙って争いを見つめている佐美を見つめた。エネとヤッハは、まだ自らが属していたサン側とヴェッシェン側とに佐美がどう動くのかが心配だった。
サン側とヴェッシェン側とのあいだの長い争いを、佐美は観察し続けた。二つの勢力がついに武器をもってにらみ合いを始めた時、佐美は動いた。
「二人とも、協力して!」
佐美はエネとヤッハに声をかけると、そのまま争いの真ん中に走りこんだ。
「あなたたち、この不毛な戦いを止めるべきです...あなたたちはなぜ対立しているのですか? どちらかが正しいというのですか? 互いの知識を持ちあって補完し合うことをしないのですか?」
若い娘がエネとヤッハとを従えて駆け込んできた姿に、双方の民衆たちは一瞬驚き、佐美の指摘していることに驚いた。
「お、お前たち、ヴェッシェン側の奴らと俺たちとが、相互に教えを補完し合えというのか?」
「俺たちだけが正統なのだから、なぜサン側と補完し合うなどということが必要なのか?」
彼らは互いに正統性のみを言い合い、補完はおろか相手の教えや存在さえ尊重し合うつもりはなさそうだった。仕方なく、佐美は従者二人に目配せをした。二人はそれぞれの集団に説得のために向かった。
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彼ら、ヴェッシェン側とサン側、二つのグループは様々なことを主張した。ヤッハとエネは彼らの首長の共通点を簡単に見つけることができた。いや、彼らの違いは、つまるところ、単にどちらが正統な神職を受け継いだ跡継ぎを有しているのか、ということだけだった。だが、その点に関する彼らの議論は結論が出なかった。ついには、ヤッハとエネさえ対立しかねない論争になっていた。
「ヤッハ、エネ、あんたたちは忘れているみたいね」
あまりの対立に、ヤッハとエネの二人の対立を心配した佐美は、二人に大声で呼びかけた。すると、二人ははっとしたように、佐美を振り返った。だが、二つの対立し続ける集団は、再び力にものを言わせようと、武力を準備し始めた。それを見たヤッハとエネは慌ててそれぞれの味方に呼びかけた。
「兄弟たち、もう、これ以上はやめよう」
「兄弟たち、これは、正義の戦いじゃないぞ...単に「正統」だと主張するために、邪魔な反対者を消すためだけの戦いになり下がっているぞ」
だが、ヴェッシェン側もサン側も、ヤッハやエネの最も嫌がることを言い始めた。
「貴方は帆船ホフネ様のご子息エネ様だろ? 学びの出来が良ければこんなところにはいないはずだろ」
「貴方は帆船ホフネ様の一番弟子のはずがないと思ったのですが、いつ一番弟子になられたのですか」
ヤッハやエネは、彼らの仲間からこう言われて、非常に戸惑い赤面した。
もともとヤッハもエネも、指揮者として仲間たちを率いてクワイト=ソージュヤントに調査に来ていたはずだった。それが今や、仲間たちにそれぞれの権威が通じないことが分かり、衝撃を受けていた。
佐美は、従者となった二人が衝撃を受けて呆然としている姿を見て、憐れみを感じた。そして、同時に目の前のヴェッシェン側とサン側、二つの集団に対して静かな怒りを表わし始めていた。
「ヤッハ、エネ、それで十分よ......よく働いてくれましたね......もうこちらに帰ってきて......さて、あんたたちに伝えておくわ.....あんたたちがあんたたちのそれぞれの同胞ににかけた憐みを、同胞たちは無視したわね......」
佐美のこの言葉に、二つの集団の男女たちはあざ笑い始めた。
「なんだい、この小娘は」
「こいつ、怖いもの知らずだぞ」
「ヤッハは本来イケメンのはずなのだが…この娘の色気に迷っているんだぜ」
「エネは、大男なのだが、女に弱いんだな」
これらのいわれように、佐美は怒りを顔に表した。
「そう、ヴェッシェン側もサン側も......あなた方は憐れみを拒み、傲慢な姿勢を改めなかった......これが最後の呼びかけなんだけど......」
これを聞いたヤッハとエネは、佐美の許を離れて再び彼らの同胞の下に走った。
「兄弟たち、あの娘のいうことは素直に聞いたほうがいい。彼女はあの偉大な神職絵里様から直接に神職を受け継いだ方だ」
彼らは懸命にそう説得を続けた。だが、二つの集団の男女たちは、脱落して逃げ去った者たち数人を除き、聞く耳を持たなかった。
「ヤッハ、エネ、もう十分よ......機会は与えられたわ」
佐美はそう言うと、ヴェッシェン側とサン側の二つの集団に背を向けた。彼らはそれを機に、戦いを始めてしまった......それも、今までの戦いよりもずっと激しい殺し合いを......そして、争いが乱戦となり、相手を殺戮し尽くすまで戦い続ける殲滅戦に行き着いた。鬨の声と雄たけび、怒号と悲鳴とが治まった時、そこには、死者が死者の上に重なりった廃墟、墓標のない広大な墓地、けが人を助ける者もない戦場となったその街に、まともな状態で残った者はいなかった。
やがて、戦場を見渡す高台に逃れていた佐美や脱落者のところへ、ロバたちが数頭現れた。そこに現われたロバは、数名の脱落者の人数に見合った頭数だった。
「さあ、ロバさんたち、彼らを乗せていきなさい......もう、ここで生き残っている多くの者たちの中には、救うべき者はもういないわ」
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佐美たちは町から町へと進み、そこで展開されていた戦いの中から救うべき者たちを見出しては、ロバたちに乗せてアドナーンの村へと送り出していた。こうして、彼らは帆船たちが本拠地にしていた浮動要塞都市に達した。
浮動要塞都市では、すでに帆船は亡き者にされた後だった。そればかりではなかった。鬨の声と雄たけび、怒号と悲鳴とはすでに治まっていた。そこには、死者が死者の上に重なりった廃墟、墓標のない広大な墓地、けが人を助ける者もない戦場だけが残されていた。
浮動都市に一気に増えた墓標の数。その下に確かにあるれるほどの人が埋められていた。佐美たちが祈りを捧げようと近づくと、それらは墓標ではなく、埋められていた人々は決して埋葬されたのではないことが見てとれた。それは、墓標のように見えた廃墟だった。かつては、建物の壁、屋根、塀、石垣、柱であったはずの大きな破片にすぎなかった。
もう、浮動要塞都市やほかの町・村には、まともに残った者はいなかった。それは、ヤッハたちとエネたちとが、ともに根拠地とした浮動要塞都市でさえ、以前にあった墓標にさらに加速度的に新しい墓標を幾重にも積み重ねていく事態、つまりすでに人間同士が互いを殺戮し尽くすまで戦い続ける殲滅戦の最期の場面に行き着いていたことを意味していた。果たして、この都市をはじめとした帆船に続いた者たちが残っているのか、さらには救うべき者たちが残っているのか。佐美は絶望的な気持ちのままヤッハとエネを連れ、すっかり静まった廃墟の中を進んでいった。
すでに、この浮動要塞都市にも、大勢の悪霊たちが入り込んでいるに違いなかった。それでも、救うべき者たちがいる可能性がある限り、佐美たちは進む覚悟をしていた。彼らは、そのまま帆船の居城、帆船が暗殺された寺院へとたどり着いた。
そこは、浮動要塞都市で佐美たちが有効に活動させまいと邪魔をする悪霊の先兵たちで、既に溢れつつあった。案の定、浮動要塞都市に入り込んだ後に、一部の廃屋で佐美が見た悪夢は、誰かなじみがあるような声だった。
「佐美、佐美!」
「誰なの? その声は......まさか、康煕なの?」
「俺だ、俺だ」
その問いかけは、佐美に働きかけている悪霊にヒントを与えた。佐美に響く声はいつの間にか康煕によく似た声に微妙に変化した。
「そうだ、そうだよ。俺だ、康煕だ」
問いかけてきた声のこのフレーズは、問いかけられた者をいとも簡単に罠に深く落とし込んでいった。そして、普段、孤独に浸りきっていた佐美は、この種の問いかけが来ることを十分予測していたにもかかわらず、とても弱かった。悪霊は、その直後佐美が手を伸ばした反応を見逃さなかった。
「そうだ、その手で俺の手を、俺の顔を感じ取れるだろう? そうだ、俺だ、俺だ」
「でも、康煕、貴方は死んだはずではなかったの?」
しかし、佐美は、あるはずのない彼の優しい抱擁と愛撫を拒めなかった。それが波のように繰り返されたとき、突然冷や水を背中にかけられたような衝撃とともに、目が覚めた。そして、目の前には佐美から静かに離れて逃げ出そうとする、何かの気配があった。
「逃がさない、私の康煕を、私の大切な思い出を汚すなんて!」
佐美は悪夢を見せた悪霊をはっきり捉えた。
佐美が捕捉した悪霊は、インキュバスだった。彼は、佐美が彼の手から逃れて逆襲しようとした時、脱出しつつあった。この時、彼は、横で集中していたもう一人の悪霊に声をかけた。それが、彼の逃げ去る機会を永遠に失わせた。
それは女の姿をした悪霊サキュバスだった。彼女は佐美を一瞥すると、悪態をついた。
「あんた、こんな生娘から逃げ出そうとするのかい? この女を金縛りにすればいいじゃないの!」
「え? あっ、そうか!」
インキュバスは、仲間のサキュバスに窘められると、佐美へふり返って金縛り術を発した。佐美は彼らが何をしようとしているのかを観察しようと考え、敢えて術を受け入れて動かなくなった。
サキュバスは、佐美の両側に従えていたヤッハとエネを捕らえていた。彼ら二人を何らかの術で目覚めさせ、誘惑をさらに深く濃くしていた。そして、二人は突然佐美の前に起き上がり、佐美に襲い掛かった。明らかに殺意を持った攻撃だった。この術は、以前、ヴェッシェン側とサン側のそれぞれの男たちを誘惑して、そのまま帆船を舐り、殺させた術に違いなかった。
それを悟った佐美は、突然に金縛りを解き、目の前のインキュバスの意識を奪った。サキュバスは、これに対抗するために、精神拝していたヤッハとエネをして、佐美の動きを封じた。インキュバスが佐美に圧倒されたことを知ったサキュバスは、インキュバスの空っぽになった霊体を用いて、佐美に再び康煕の夢を見せた。佐美は再び金縛りとなって再び悪夢を見せられた。それは、二人の康煕が背後のサキュバスに腕を掴まれたまま立ち上がり、そのまま二人掛で佐美を優しく抱擁し始めた光景だった。
佐美は、ふたたび悲鳴を上げた。このとき、ヤッハとエネはこの時サキュバスによって、ヤッハがサキュバスを相手にし、エネが佐美を相手にするように操られていた。
この時、サキュバスは、エネとヤッハの目を覚醒させ、彼らが実際に抱いている女の本当の姿を現した。ヤッハが抱いていたのがサキュバスの忌むべき姿であり、エネが抱いていたのが彼らの崇敬すべき佐美の姿だった。それは、二人に絶望を覚えさせ、エネとヤッハは自らの命を断とうとした。この瞬間、サキュバスたちは脱出していった。
「待って、二人とも」
佐美は、サキュバスたちを追って飛び出そうとした彼らを止めた。そして、今さっき感じられた絶望の原因について、分析させ見つめさせた。それは、決して彼らが原因ではなく、悪霊たちが深く攻め込んできていることの証だった。それを彼ら二人にわからせると、三人は悪霊たちが深く入り込んでいる寺院から彼らを駆逐し、生き残っている者たちを探し始めた。
佐美たちは、サキュバスを追っていった。彼らを神殿の奥へ追い込んだと思った時、奥に控えていた悪霊は佐美たいに、瀕死の子供を抱える母親の姿をしめした。それは死にゆく幼児であり、無力のまま涙も枯れ果てた姿だつまた。そしてしばらくすると、子も母も息をしていなかった。
「お、おれの仲間が...こんな仕打ちをしたのか」
「俺の仲間、俺と同じ仲間が? 俺たちが......」
エネとヤッハはそう悲鳴を上げた。佐美は独り言のようにつぶやいた。
「そうね、確かになされた過去の話ね」
佐美がそう言ったとたん、悪霊たちがあざ笑うように指摘した。
「なんだと? 指摘をしてやるが、これは君たちの仲間が、相手側にいた無力な多くの者たちに与えた仕打ちだ」
佐美は平然とした表情を取り戻し、新たな指摘をした。
「私には、この映像が私たちにとって無害であることが分かったわ」
「なんだと? 佐美、お前には憎しみはわかないのか? 復讐しようと思わないのか」
「これは幻ね......私たちの最も奥深いところで、憎しみと復讐心に火をつけようとしているのね」
「なんだと」
悪霊は、この指摘に驚いた。今まで、幻影から目が覚める者があっても、幻影のさなかで幻影であることを指摘した者はいなかったからだった。
「驚いているようね......なぜ、幻影であるとかわかったか? 教えてあげる そう、これは聖徒たちにはもう無力な術よ あなたたちは私たちが決して許されない存在だと指摘したいのよね...でもね単に幻影に惑わされるだけでは罪の意識でつぶされることは、もはやないのよ......なぜなら、聖徒たちはすでに罪許されていることを確信していたから、罪の意識を抱かなかった......それが答えよ」
佐美のこの指摘で、エネもヤッハも幻影を振り払うように目を開けた。それと同時に、周囲にかけられていた術が崩壊し、消え去った。
彼らは、目覚めた。そして、彼らの身体は廃墟の破片と灰と砂に薄汚れ、口の中まで砂だらけだった。
その後、三人は廃墟から飛び出し、浮遊都市から脱した。この都市には、一切救われるべき者たちはいなかった。
その後、悪霊たちは最小限の働き掛けで済ますようになった。なぜならば、悪霊たちの本当のターゲットである「救われるべき者」が、悪霊たちの幻影術で惑わせることができないことが分かったからだった。
その後、彼ら三人は悪霊たちがくるであろう町や村を見当をつけつつ探す旅に出た。
彼らは死海にそのヒントを見た。即ち、湧き水が注ぎ込むごく一部の領域では、他の死海とは異なって魚が生息することができていた。それを見つめているうちに、彼らは、救われるべきもの達が残る町の見分け方がわかった。それは、放射能を含まない水、神の泉によって祈りが豊かにされた者が存在したはずの町もしくは村だった。
その直後、彼らが訪れたヨルダン川沿いの廃墟に至った時、目の前にロバが佇んでいた。どうやら町に入ることができずに、佐美たちを待っていたようだった。
「わかったわ、あの町の廃墟の中に誰かがいるのね」
佐美たちは、用心深く入って行った。
ヨルダン川を越え、丘を越えてはるかヘルモンの麓へと登りゆく途中、佐美たちはいくつもの廃墟を訪ねた。ここまで訪ね歩いた廃墟たちの惨状から佐美が悟ったことは、一度は帆船の教えが広まったこの一帯で、ごく少数残された「救われるべき者」以外は、二つの勢力の争いのゆえに、サン派やヴェッシェン派ばかりでなく、無関係な人々までが逃げ惑い彷徨う事態となっていたことだった。それでは、帆船と袂を断った陽菜葉の周囲はどうなっているのだろうか.......
こうして、佐美には、陽菜葉たちが占領している神殿の丘を訪ねなければならない理由が生じた。今、神職絵里から神職を受け継いだはずの帆船が亡きものとされ、二つの分派のいずれもが消えたことがはっきりしつつあった。そうであれば、帆船と同様に、神職絵里から神職を受け継いだと言われていたもう一人、陽奈葉の真実を確認しなければならなかった。