プロローグ 士師(しし)佐美(サミ)の国
夜の帳を、優しい風が撫でる。そんなひとときに、外の星を眺めながら若い女がため息をついていた。そんな孫の様子を見た老人が声をかけた。
「寝られないのかね」
「ええ」
「何か、気になることでもあるのかね」
「そう、私の未来はどうなるのかな、と考えてしまって......」
「誰も分からない未来のことを、あれこれ考えても仕方のないことなのだが....。それでも気になるのだろうね」
「不安で眠れなくなっているんです」
「わが若人よ、未来のこと、明日のことは全て天の父、啓典の主に任せることを、そろそろ覚えた方がいいね」
「明日のことを一切任せるの?」
「そう......見てごらんよ、満月の下の湖水と、月明かりに輝くフィレモンの峰を」
「あの風景はここでは一番の眺めよね」
「ここが他の地域にあらわになってから、この大地とこの星は、この地域から出発した兄弟姉妹たちによって、新たな所となった。そして、今ではこの大地から、この星から他の星へ、さらには遠くの銀河へと人々が旅立っている……これらは全て啓典の主に任せて生きることを意識している者たちによって、積み重ねられ、歴史が築かれてきた結果なのだよ」
「そうなの? だから私も明日のことを天の父に任せることを意識しないといけないのね」
「ああ、天の父が最も大切にされていることは、他の者への憐みだ....それはどんな弱者であっても彼らの社会参画と自立した行動とを後押しし、自由を与える根源になる。だからこそ、今の皆は、天の父から受ける愛を、他者への愛へとつなぐ社会になっているんだ」
「へえ、『今』がそうなら、昔は違っていたの?」
「そうだったらしいね......佐美様、そして先人たちがこの村を中心にして世界中を巡って今の世界に繋がっているんだ......眠れないのなら、安心して眠れるように、その昔話をしてあげよう」
こうして、老人は孫におもむろに話をし始めたのだった・・・