表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/79

おれ達の小さな復讐

 アデヤは時折、婚約者の〝アナスタシア〟にお忍びで会いに来る。

〝アナスタシア〟の屋敷にいる者ならば知っていることだ。

 しかし、約束の時刻より早めに来ることは、対応した者しか知らない……。


「アデヤ殿下! こんにちは!」


 アデヤの到着をメイばあやから聞いたクロードは、いち早く玄関に来た。


「君は……誰だっけ?」

「アナスタシアの弟のクロードです」

「……ああ、弟君!」


 アデヤはそう言いつつも、ピンときてない様子だった。

──美しくない顔は覚えないってか。ゲームと同じだな。

 クロードは呆れながら、出来るだけ笑顔で対応する。


「ええと。姉は今ダンスレッスン中でして……」

「ああ、知ってるさ。いつも通り、庭で待たせて貰うよ」

「あ! お待ち下さい、殿下!」


 庭に向かおうとするアデヤをクロードは呼び止めた。


「お姉様、ダンスが上達したんですよ! 踊る姿はまるで天からの使いのようで……!」

「ウム。当然だ。アナスタシアは美しい! その美しいアナスタシアがダンスをしたのなら、美しくない訳がないだろう……」

「はい! 凄く素敵なんです! お姉様が美し過ぎて、周りに羽が舞っているように見えるんですよ!」


 これは大嘘である。

 ダンスレッスン室にアデヤを導くために、話をこれでもかと盛ったのだ。

──まあ、兄さんに羽が生えたら素敵だろうけど。


「なんと、羽が! そこまで言われたら、アナスタシアのダンスを見てみたくなったな。弟君、アナスタシアのところに案内してくれたまえ」

「はい! こちらです! 殿下!」


 クロードが先頭に立ち、ダンスレッスン室に急いで向かう。

 目的地の近くまで来ると、スピードを落とした。


「どうしたんだ、弟君? 急に足取りが重くなったようだが」

「す、すみません。少し迷ってしまいまして」


──兄さん、アデヤを連れてきたぞ。上手くやってくれよ……。

 そう願いながら、クロードはアナスタシオスの言っていた合図を待った。


──バチン!


 何か叩れた音が廊下に響き渡る。

 これが、アナスタシオスの言っていた合図だ。


「なんだ、この美しくない音は……?」


 アデヤが首を傾げる。

 クロードはすかさず言った。


「ダンスレッスン室から聞こえてきたような。覗いてみましょう」


 クロードは扉を少し開けて、中を覗き見た。


「ええっ。そんな……」


 クロードはわざとらしく、驚いた様子を見せた。


「どうした?」


 そうしたら、気になったアデヤが続いて中を覗き見る。


「この田舎者! 何度も言ったらわかるの!」

「申し訳ありません! 申し訳ありません!」


 アナスタシオスは頭を床に擦り付けて謝る。

 ダンス教師はアナスタシオスの背を、手に持っている扇子で何度も打っていた。

──兄さん……!

 クロードは今にでも飛び出したい気持ちを抑える。

 一番に飛び出すのは、自分ではない。


「何をしている?」


 アデヤが扉を開けて、ダンスレッスン室の中に入った。


「えっ。アデヤ殿下……!?」


 ダンス教師はアデヤを見て、目を見開く。

 アナスタシオスも目を見開き、驚いたふりをしていた。


「僕の美しいアナスタシアに何をしていると聞いているんだ」


 アデヤは眉間に皺を寄せて、怒りを露わにする。

 ダンス教師がアデヤの前に出る。


「で、殿下! これはレッスンのためで……」

「なんて醜い顔だ……」


 アデヤはまるでゴミでも見るかのような目で、ダンス教師を見た。


「美しいものを慈しめない君には失望した。王家に仕える資格はない。父に報告させて貰う」

「そ、そんな……!」


 ダンス教師は顔を青くさせ、その場に崩れ落ちた。

 続いて、アデヤは控えていたメイド達に目を向けた。


「君達もだ」


 メイド達がどよめく。


「美しいものが穢されるさまを黙って見ていられるだなんて、美国の民として恥ずかしい限りだ。処分は追って連絡する」


 そう言い終えると、ダンス教師とメイド達に背を向け、アナスタシオスに近づいた。


「アナスタシア、立てるかい」


 アデヤは優しくそう言い、アナスタシオスに手を差し伸べる。


「は、はい……」


 アナスタシオスは戸惑いながらその手を取る。


「ああ、アナスタシアの美しい顔が……。額に擦り傷もあるなんて! 直ぐに綺麗にしよう」


 アデヤはアナスタシオスの手を引いて、ダンスレッスン室を後にした。

 アナスタシオスはアデヤが見ていないところで、小さく笑みを浮かべた。

 全て、彼の思惑通りだった。


 □


 その夜。

 アナスタシオスの寝室で、再び秘密のお茶会が開かれた。

 そのお茶会は優雅なものではなく、祝勝会といった様子だった。


「滅茶苦茶上手くいったなー! ざまあみろ、クソ女教師とクソメイド共!」


 ぎゃはは、とアナスタシオスは下品に大笑いする。


「小さな勝利を祝して、乾杯ー!」


 アナスタシオスとクロードは、紅茶の入ったティーカップを上に掲げて乾杯をした。

 浮かれ気味のアナスタシオスに対して、クロードは浮かない様子だった。


「どうした? クロード。腹でも空いたか?」

「いや、アデヤ殿下の美への執着心は凄いもんだったなって」

「まあ、確かに? 全員クビにするなんて、思い切ったことするよな。あのファザコン」

「……あれじゃあ、まるで独裁者じゃないか」


──あの強引さ……。兄さんに向けられたら……。

 婚約破棄からの国外追放、そして最終的には……。

 クロードは恐怖で体を震わせる。


「クロードの言う通り、俺にベタ惚れだったなあ、あいつ。もっと我儘言っても聞いてくれっかも……」

「だ、駄目だ!」


──死亡フラグへの第一歩になってしまう!

 そう思って、クロードは力強く否定した。


「お、おう……。急にどうしたよ。いつもなら、『兄さんの美貌なら何でも聞いちゃうなあ!』って言うのによ……」


──前世の記憶取り戻す前の俺~! 面食い過ぎだろ!

 クロードは過去の自分を殴りたくなった。


「で、殿下を敵に回したら大変なことになるだろ? ご機嫌は取っておいた方が良いと思うなぁ〜?」

「あー、確かに。一理ある」


 アナスタシオスは「はー」とため息をついた。


「次に来る教師は、教え上手で美人の姉ちゃんにして貰おうと思ったんだけどなあ」

「兄さんより美人な人は来ないと思う……」


 クロードは呆れて、ため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ