裏切りの裏側
「みすちー、レンコの接触しろ」
シルフィトによる監禁騒動の直後、アナスタシオスはミステールにそう言った。
「……はい?」
ミステールは思わず聞き返す。
「僕の聞き間違いですかね? 僕が? レンコと? 接触?」
「おう。ちゃんと聞き取れてんじゃねえか」
「ご冗談を」
ミステールは顔に貼り付けたような笑みを浮かべる。
「お前がレンコの懐に入り込み、情報を横流しすんだ」
「つまり、スパイをしろと」
「理解が早いな。流石、みすちー」
「しかし、レンコには主人公補正があるんですよ? 僕がレンコに取り入れられ、ナーシャ坊ちゃん達を裏切るかもしれません」
「そんときは全部バラせ。〝アナスタシア〟が男であることも。弟のクロードが前世の記憶持ちってこともな」
「良いんですか?」
「そんくらいの覚悟で言ってんだ。お前が裏切っても、別の計画を立てるだけ。だから、安心して行って来い」
正直、ミステールはアナスタシオスの心配をしていない。
アナスタシオスは「何とかする」と言ったら、本当に何とかする男だ。
心配なのは、もう一人の主人の方……。
「クロードくんは?」
「頃合いを見て、俺から伝えとくわ。あいつ、隠し事向いてねえからな」
「ですよねえ……。ナーシャ坊ちゃんがクロードくんに許可取ってる訳ないですよね。こんな危険なこと、クロードくんだったら絶対認めないですよね」
クロードならば、ミステールが一人でレンコへ接触することに反対してくれるに違いない。
だから、アナスタシオスはクロードには内緒にしているのだろう。
「お前は今、俺の専属執事だ。クロードの許可なんて必要ねえ」
とんだ暴君に仕えてしまった、とミステールは自分を呪った。
「クロードくんに頼まれなきゃ、ナーシャ坊ちゃんの専属執事になんてならなかったのに……」
「断れなかったのがお前の運のツキ」
アナスタシオスはへらへらと笑う。
「坊ちゃんが知らせない内は、僕がクロードくんを裏切ったように見えるのか……。メイさんにもそのことで説教されるんだろうなあ」
「敵を騙すにはまず味方から、って言うだろ」
「そうですが……。はあああああ……」
ミステールはその場に蹲り、深いため息をついた。
「嫌だなあ。行きたくない」
──例えふりだとしても、クロードくんを裏切りたくない。
ミステールの本心を見透かしたように、アナスタシオスは目を細めて笑う。
「その気持ち、忘れんじゃねえぞ」
アナスタシオスはドン、とミステールの胸を力強く叩いた。
「信じてるぜ、みすちー」
「……そう言われたら、頑張るしかないじゃないですか」
「狡い人ですね」とミステールは笑うしかなかった。
□
ミステールはクロード達を裏切ってなどいなかった。
アナスタシオスに命令され、レンコの懐に入り込み、レンコの内情を探っていたのだ。
──おれに黙って……。いや、今回は早めに教えて貰えたけどさ!
クロードがミステールのスパイ活動について教えて貰えたのは、断罪イベントの直前だった。
「ミステールは真実を探ろうとしていた。……真実が明らかになる前に、アナスタシアはこの世を去ってしまったけど……」
アナスタシオスは悲しげに目を伏せた。
「アナスタシアが主催したお茶会で、レンコさんにだけ、渋い紅茶が淹れられたのは事実だね」
「じ、事実よ。ゼニファー王子も確認したわ!」
「ミステールは君に指示され、レンコさんの紅茶だけを渋くしたと証言している」
「なんで私がそんなことするのよ!」
「あの場には、アナスタシアの婚約者と、その友人が呼ばれていた」
婚約者のアデヤ。
そして、友人のシュラルド、ゼニファー、シルフィト。
「彼らに、レンコさんがアナスタシアに嫌がらせをされているところを見せたかったんだろう。アナスタシアを失墜させるために」
「ミステールが嘘をついているのよ! 本当はあの女がミステールに命令したの! その証言だって、あの女に言わされたの! そうでしょう!? ミステール!」
「どうなんだ、ミステール」
レンコとアナスタシオスはミステールに詰め寄る。
ミステールは二人に向かって微笑む。
「はい。全て、アナスタシアお嬢様に指示され──レンコ嬢の指示に従っていました」
「あんた……!」
レンコは怒りで顔を真っ赤にさせた。
「ちょっとミステール! あんたは私の惚れてたんじゃないの!?」
「だから、何度も言っているでしょう? 僕が仕えているのはフィラウティア兄弟。貴女だったことなど、一度もない」
ミステールは目を見開き、レンコを威圧する。
レンコは何かを言おうと口をパクパクさせるが、声が出ていない。
「レンコ嬢の信頼を得るためとはいえ、主人を陥れるようなことしてしまい、非常に心苦しく思っていました。まさか、良い報告を出来ないままになってしまうとは……」
ミステールは目頭を抑えて、俯く。
クロードからは彼の口元がにやにやと笑っているのが見えた。
「ミステールには可哀想な役回りをさせてしまったね。アナスタシアに代わって、謝罪をするよ」
「いいえ、アナスタシオス坊ちゃんのせいではありません。悪いのは全て、アナスタシアお嬢様を陥れた人間です」
──とんだ茶番だな……。
全てを知るクロードは二人の演技に呆れた。
「なんっでっ……! シナリオ通りに行かないのよぉっ!」
レンコはテーブルに置かれたグラスを手に取り、床に叩きつけた。
グラスが砕ける不快な音がホール内に響き渡る。
その後、レンコはアナスタシオス達を睨み、指を突きつけた。
「あんた達はキャラクターなのよ! みんなが私を好きになるの! 好きになって当然なの! 私の好きに動きなさいよお!」
ホール内が騒然となる。
アナスタシオスはぎりり、と歯噛みする。
「さっきから聞いていれば……訳のわからないことを……」
「……シオ殿?」
ゼニファーの不安な声を無視して、アナスタシオスはレンコの前に出た。
「俺達は物語のキャラクターなんかじゃねえ! 血の通った、ちゃんとした人間だ!」
アナスタシオスは胸に手を当て、怒りを露わにした。
「俺達をただの操り人形のように扱うお前に……舞台装置のように扱うお前に! 恋なんかする訳ねえだろうが!」




