悪人を糾弾する資格
「クロード殿、お話があります」
学年の渡り廊下。
クロードが一人で歩いているところ、ゼニファーに声をかけられた。
「ゼニファー王子! 兄に用事ですか? 今呼んできます」
「いえ、その必要はありません。貴方個人に用があります」
「え。おれに……?」
「こちらにいらして下さい」
クロードはゼニファーに連れられ、立派な扉の前に来る。
扉の横にある表札には『応接室』と書かれている。
──学園の応接室なんて初めて入る……。
クロードはそう思いつつ、応接室の中に入った。
ソファにかけるように言われ、クロードはソファに腰をかけた。
その後、ゼニファーも椅子に座る。
ゼニファーは徐に大きな封筒を取り出すと、クロードに差し出した。
「……これは?」
「報告書です。アナスタシア嬢がレンコ嬢に嫌がらせをしていたのかどうか」
「調査をしていたんですか……!? 結果は!?」
「アナスタシア嬢は潔白でした。レンコ嬢に嫌がらせなどしていなかった」
〝アナスタシア〟の冤罪が証明された。
クロードは体に血が行き渡るのを感じた。
「申し訳ありません」
ゼニファーは頭を下げた。
「私はアナスタシア嬢を無実の罪で糾弾した……。謝っても許されないとわかってはいます。それでも、謝らせて下さい……」
ゼニファーは体を震わせて何度も何度も謝罪した。
「もう良いんです。わかって貰えたなら……」
クロードは背もたれに凭れかかり、脱力した。
ゼニファーはもう一度謝ると、頭を上げた。
「レンコ嬢は目撃証言を捏造していたようです」
「……やっぱり」
嫌がらせが目撃された時間帯、アナスタシオスはトイレに行っていたのだ。
別の場所で目撃されるなんてあり得ない。
「しかし、嘘の証言をしていた人達は公の場での証言を拒んでいます。アナスタシア嬢の潔白を証明するには、信用性が足りないかもしれません」
「そう……ですか」
そう言われて、クロードは表情を暗くする。
「この報告書はクロード殿が持っていて下さい」
「こ、これをおれに渡してどうするつもりで……?」
ゼニファーは視線を下げ、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
「……私には、【博愛の聖女】レンコを糾弾する資格がありません。レンコ嬢の言うことを信じ、アナスタシア嬢を貶めるのに、一躍買っていましたから」
ゼニファーは封筒をクロードの手に押し付けた。
「しかし、アナスタシア嬢を最後まで信じていた貴方になら、その資格がある。この証拠を貴方に託します。煮るなり焼くなり、お好きにして下さい。……我々ごとでも構いません」
クロードは封筒を受け取る。
「……わかりました。これは兄にも見せます。それからどうするか、二人で決めます」
「しかし、シオ殿は何も知らないのでしょう」
「し、知らせるのは卒業間近にします。兄には学園生活を楽しんで貰いたいですから」
「……貴方の判断に任せます。よろしくお願いします」
ゼニファーは小さく礼をした。
レンコの糾弾は任せると。
「……実は、おれ達も独自にレンコ嬢のことを調べています。その中で、一つ気になることがあって……」
「気になること、ですか?」
「おれ達にはその調査能力がありません。なので、ゼニファー王子に協力して頂きたいのです」
「何なりと申して下さい。貴方方への協力は惜しみません」
「この、偽の証言をした人達の出身国を調べて欲しいんです。出来れば、全員」
「出身国が何か関係あるんですか?」
「……おれ達の推測が正しければ、かなり重要です」
ゼニファーは頷いた。
「……わかりました。こちらで調べてみましょう」
「お願いします」
クロードはホッと息をついた。
□
その晩、秘密のお茶会。
クロードは早速、アナスタシオスにゼニファーから貰った報告書を手渡した。
「おーおー。ちゃんと調べてんじゃん。やるじゃん、ゼニファー」
アナスタシオスはニヤニヤ笑いながら、報告書に目を通してる。
「なんだろう……。ゼニファーに申し訳ない気持ちが……。あんなに気を遣って貰ったのに、嘘をついて、即刻兄さんへ報告書を見せている……」
「散々無実の俺を責め立てたんだ。あいつに罪悪感なんか感じる必要ねえよ」
アナスタシオスはへっ、と鼻で笑った。
「上々だな。シュラルドとゼニファーはレンコに不信感を抱いている。いずれ、アデヤの野郎も目を覚ますだろうが……まだ夢を見ていて貰わねえとなァ?」
「あとはゼニファーに頼んだ調査の結果がどうなるかだけど……」
「それは、結果が出てから考えようぜ。つか、よくゼニファーに調査を頼んだよな」
「おれ達が調べるとなると、目撃者の洗い出しからになる。知ってるゼニファーに頼んだ方が良いと思って」
「人を利用するようになって……悪い子だな、クロード」
「誰のせいだろうな」
「マジかよ。メイばあや、腹黒だな」
「ばあやのせいにするな」
クロードは呆れた。
「俺自らが動かなくても、復讐の準備は着々と進んでるなァ」
アナスタシオスは「関心関心」と頷く。
「やり過ぎるなよ、兄さん」
「そりゃあ、男共次第じゃねえかぁ?」
アナスタシオスはけらけら笑う。
「ま、ちゃんとバランスは取るようにすらあ。やり過ぎはしねえ。やり過ぎたら、俺も悪くなっちまう。あいつらには真っ当な罰しか与えねえ。俺は悪役じゃねえからな」
そう言いながら、アナスタシオスは悪どい笑みを浮かべた。
──兄さんだけは敵に回したくないな……。
クロードは自分が兄の味方で良かったと思った。
「兄さんがレンコと仲良くするのも計画の内ってのはわかってるんだが……大丈夫そうか?」
「今んところは問題なし」
「レンコに気をつけろよ。レンコには〝主人公補正〟があるんだからな」
「自分を陥れた人間を好きになる訳ねえだろ」
「兄さんが隠しキャラってことは、結ばれるシナリオがあるってことなんだぞ」
「その世界線と俺達の世界線は全く違う。シナリオ通りに行く訳ねえ」
「レンコはそう思ってないけどな」
「そ。レンコが考え方を改めねえ限り、俺の心が揺らぐことはねえ……」
「だと、良いけど……」
クロードは浮かない顔をする。
「あまりのめり込み過ぎるなよ」
「わかってるって。ったく、クロードは心配性だな」
「兄さんは自信家過ぎるんだ」
「俺が復讐を遂げる、少しの間だけ辛抱してくれ」
アナスタシオスはがたり、と音を立てて立ち上がる。
椅子に片足で椅子を踏みつけ、天を指差した。
「復讐の大舞台は……ズバリ、年度末の学園パーティー! そこでレンコとアデヤの野郎をズタズタのボロボロにしてやる……ひひひ」
アナスタシオスは悪人顔を披露する。
「兄さん……」
クロードは呆れた顔をする。
「見てろよ、我が弟。俺が最高に輝く瞬間、特等席で魅せてやる」
アナスタシオスの笑顔はこれ以上なく輝いていた。




