ヒロインと元悪役令嬢と元婚約者と
「レンコ! こっちだよ!」
アデヤが笑いながらレンコの手を引く。
「ま、待って下さいよぉ! アデヤ王子!」
レンコは困ったように笑い、手を引かれるまま歩く。
仲睦まじい風景だ。
何も知らない人から見たら、二人は恋人同士で、デート中だと思うだろう。
だが、これはデートではない。
「二人はとても仲良しなんですね」
アナスタシオスは二人に向かって微笑む。
俺もいるのを忘れんじゃねえぞ、と心の中で毒づきながら。
「ああ。君よりもずっと仲良しなのだ」
アデヤはアナスタシオスを睨みつける。
アナスタシオスは急に敵意を向けられ、困ったように眉を下げる。
「そ、そうでもないですよぉ! ただの同級生ですから!」
レンコは慌てて否定する。
ただの同級生と言われたアデヤはムッとした。
「……もしお邪魔なら、僕はお暇するけど……」
アナスタシオスはそう提案する。
すると、レンコはぶんぶんと首を横に振った。
「全然お邪魔じゃないですよぉ! まだ一緒に街を回りましょ! ね! ね!?」
レンコはアナスタシオスの腕にしがみつき、
必死で引き留めた。
「でも、アデヤ殿下が楽しくなさそうだし……」
「楽しいに決まってますよう! ムスッとしてるのは気のせい!」
「……そう? レンコさんがそう言うなら……」
レンコが元彼と今彼の間で板挟みにされているのを見て、アナスタシオスは、
──クッソ面白れぇ〜!
心の中で大爆笑していた。
身から出た錆。
自業自得で慌てている人間の顔を見るのは最高に愉悦である。
──つってもこの状況、長くは続かねえ。この三人の誰かが我慢の限界を迎えたら、解散になっちまう。その前にさっさと〝バクダン〟を爆発させねえとな。
アナスタシオスはクロードから好感度システムの話を聞いていた。
攻略対象と頻繁に会うと好感度が上がる。
しかし、暫く会わずにいると、その攻略対象はバクダンを抱えるのだという。
バクダンを抱えた状態が続くと、爆発し、好感度がグンと下がってしまう。
その影響は一人だけに留まらず、他の攻略対象にも影響が及び、好感度が下がってしまうのだそうだ。
これを利用しない手はない。
──バクダンの正体は嫉妬だろう。バクダンというわかりやすく危険だという名前がつけられただけで。
アデヤはおそらく、バクダンを抱えている状態だ。
上手くバクダンを爆発させれば、アデヤはレンコに不信感を抱く。
学園内でレンコの味方をする攻略対象は消え、孤立するだろう。
──さて、どうやってバクダンを爆発させるかだが……。
アナスタシオスは目線をレンコ達に戻す。
アデヤとレンコは飴細工の屋台に入っていく。
アナスタシオスは後ろからついていった。
「飴細工は、今美国で流行っているんだよ」
アデヤは兎の形をした桃色の飴細工を注文した。
店員から受け取ると、飴細工をレンコに手渡した。
「どうぞ」
「ありがとうございます、アデヤ王子!」
レンコはそれを受け取った。
「凄く可愛いですぅ」
レンコは笑う。
アデヤは愛おしそうに目を細めた。
「……ああ。やはり、美しいね。レンコには何でも似合う」
「そ、そうですかぁ? あはは……」
レンコは困ったように笑う。
「レンコさんは桃色が似合うね」
アナスタシオスが話に割って入る。
アデヤはムムッと口を閉じた。
「そうですかぁ? 嬉しい!」
レンコはアデヤの様子に気づかず、純粋に褒められて嬉しそうにした。
アデヤは恨めしそうにアナスタシオスを見つめて言う。
「レンコとよく仲良く出来るな。君の姉のアナスタシアがレンコにあんなことをしたんだぞ……」
「……あんなこと?」
アナスタシオスはきょとんとする。
あんなこと、とはレンコへの嫌がらせのことだろう。
今の〝シオ〟は知らされていない、という設定故、アナスタシオスは知らないふりをした。
「あ、アデヤ王子! こっちの鳥の飴細工も可愛くないですかぁ!?」
レンコは慌てて話を逸らす。
アナスタシアのことを話されたくないのだろう。
「ああ、可愛いね」
アデヤはニコリと笑って答える。
その顔の裏には怒りが見える。
「あの、あんなこととは何ですか?」
アナスタシオスは敢えて空気を読まずに聞いた。
レンコの顔が引き攣った。
「アデヤ殿下はそのことで怒ってるんですよね。アナスタシアは一体、レンコさんに何を……」
「そんなこと、どうだって良いじゃないですか! そうだ! 次はドレス見に行きません? アナスタシオス様の好みが知りたいなあー!」
「何か誤解があるんだと思います」
アナスタシオスはレンコのことを無視して続けた。
「アナスタシアはきっと、悪気があった訳じゃないんですよ」
アナスタシオスはとびっきりの笑顔を貼り付ける。
「仲良くしましょう? 疑ってばかりじゃいけませんよ」
そう、アナスタシアと同じ言葉を吐いた。
アデヤは顔を真っ赤にした後、急にすっと表情を消した。
「アナスタシオス・フィラウティア、レンコには金輪際近づくな」
「えっ……」
「レンコを傷つけるために近づいたんだろう。君達姉弟は、見目さえ美しいが、腹の中が醜いことを知っている」
「そ、そんなことは……。僕はただ単純に、レンコさんと仲良く出来たらと思って……」
アナスタシオスは目に涙を溜める。
勿論、嘘泣きだ。
アデヤはそれを見て、目を釣り上げる。
「……君達は本当に演技が得意だな……! 全く、忌々しい!」
アデヤはアナスタシオスの方をドン、と押した。
「二度とレンコに近づくな! 美国の王子たる僕の命令だ!」
「はあああああ!? 勝手なこと言わないでよ!」
アデヤのあまりの身勝手さに、レンコの怒りが爆発した。
甘ったるい声は失せ、地声が響き渡る。
「美しいとか醜いとか、あんたに言われる筋合いないんだけど! 本っ当! 男の嫉妬ってのは醜いったらありゃしないわね!」
「レンコ! 僕は君のためを思って言ってるんだ! 君はこの男に騙されているんだよ!」
「余計なお世話よ! 何かあったら、王族の命だとか何とか言って、親に頼って! 情けない男!」
アデヤはレンコに図星を突かれて、バツの悪そうな顔をした。
レンコは「フンッ」と鼻を鳴らした。
「折角のデートだったのに、あんたのせいで台無し! 行きましょ! アナスタシオス様!」
レンコはアナスタシオスの手を掴み、その場を離れた。
アナスタシオスはほくそ笑む。
──バクダン、爆発したな。……レンコの。
これはこれで構わない。
さっきのレンコを見て、幻滅しない男はいないだろう。
「レンコさん」
怒りに任せて歩くレンコに、アナスタシオスは声をかける。
「アナスタシアは君に取り返しのつかないことをしてしまったのか……? なら、僕はアデヤ殿下の言う通り、レンコさんに会うのは止めるよ」
アナスタシオスは眉を下げて言う。
「アナスタシアと僕は同じ顔だ。僕の顔見る度、嫌なことを思い出してしまうなら……会わない方が良いだろう」
「あ、アナスタシアさんとは何もないですよ〜! 彼女とはちょこっとだけ、いざこざがあっただけでぇ〜」
レンコは鳥肌の立つ猫撫で声に戻っていた。
──いざこざ、ねえ? アナスタシアを冤罪で苦しめた癖に、そんな言葉で片付ける訳ね。
アナスタシオスは非常に面白くなかった。
「アデヤ王子は私に片思いしてて、ただ嫉妬してるだけなんですぅ! 気にしなくて良いですよぉ!」
「……そうかい?」
「そうですよぉ! だから、その会わないなんて言わないで下さい! ね!?」
レンコはアナスタシオスの手を握り、指ですりすりと撫でた。
「私、アナスタシオス様ともぉっと仲良くなりたいですからぁ」
レンコは熱に浮かされたよう顔でアナスタシオスを見る。
「……うん。ありがとう。仲良くしよう」
アナスタシオスは微笑みを返した。




