無口な男の後悔
──アナスタシア嬢が死んだ……。
シュラルドルフは遠くからアデヤとアナスタシオスとの話を聞いていた。
アナスタシアと瓜二つの双子の弟、アナスタシオス。
そんな人物がいたことも驚きだが、アナスタシアが亡くなったことも衝撃的だった。
軍国は死の絶えない国だった。
父の思想教育の中で、死についてのものがあった。
「戦士として、情は捨てよ。死に嘆くは戦士の恥」
決闘で命を落とすことなど日常茶飯事で、人の死に対して、悲しいとも悔しいとも思わなかった。
ただ、死んだのか、とぼんやり思うだけだった。
そのはずだったのに、アナスタシアが亡くなったと聞かされたとき、心が空っぽになっていくのを感じた。
もう二度と、彼女の笑顔を見ることも、言葉を交わすことも、触れることも出来ない。
──これが、死。
アナスタシアがレンコを虐めるようになって、人が変わったと思った。
一時の感情で、気の迷いを起こしただけだろう。
悪いことだと教えれば、いつかは心を入れ替えてくれると、信じていた。
その矢先だった。
アナスタシアの訃報を聞いたのは。
事実を飲み込めなくて、シュラルドルフは中庭のベンチで項垂れていた。
そんな彼に、近寄る影が一つ。
「シュラルドルフ王子、ですよね」
声をかけられて、シュラルドルフは顔を上げる。
そこにはアナスタシアと同じ顔があった。
「お前はアナスタシア嬢の……」
「双子の弟、アナスタシオスです」
アナスタシオスは微笑む。
見れば見るほど、アナスタシアの生き写しだった。
「お隣、失礼しても?」
「……好きにすると良い」
「お邪魔します!」
アナスタシオスはシュラルドルフの隣にちょこんと座った。
「赤い髪に、橙色の瞳! 一目見て、シュラルドルフ王子だってわかりましたよ!」
アナスタシオスはふふ、と笑う。
「アナスタシアと仲良くしてくれてたんですよね。話に聞いてました!」
「……話」
「はい! 僕が病床に伏しているとき、アナスタシアはしょっちゅう手紙をくれていたんです。学園での話とか、たくさん聞かせてくれて……」
「……病気」
「はい。療養のために、姉弟とは離れて暮らしてました」
アナスタシオスは頷いた。
「アナスタシアはクロードを特別可愛がっていたでしょう? 仕方ないんです。アナスタシアがクロードに与える愛情は、《《二人分》》だったんだから」
病床に伏せ、長くは生きられないと言われていた双子の弟。
寂しさを埋めるように、クロードへ愛情を注いだ。
「では、夜な夜な寝室で密会していたというのは……」
「……アナスタシアは兄弟と話をすることが大好きでしたから。僕への手紙も、途絶えることはありませんでした」
アナスタシオスはそう言って肯定した。
「アナスタシアの手紙には、シュラルドルフ王子の名前もよく出ていたんです」
──恨んでいるだろうか。
六年前、剣術大会で暴走して襲いかかったこと。
アデヤに一生の傷を負わせたこと。
それから、距離を取るようになったこと。
そして、アナスタシアから離れたこと。
「アナスタシアと仲良くしてくれてたみたいですね。僕もいつかお話ししたいと思ってたんです」
「俺と話しても、楽しくはないと思うが」
「知ってます! シュラルドルフ王子は話下手だって」
アナスタシオスはニコニコと笑って言った。
「でもそれは、誰かを傷つけることがないように、言葉を選んでるから。優しい人だからなんだって」
「優しい……」
「だから、言葉を待ってあげるんだって。きっと、優しい言葉をくれるだろうから……」
「アナスタシア嬢が……そんなことを……」
──俺は優しくなんてない。
アデヤ達を避け、口を噤んだ。
自分がこれ以上傷つかないように。
──何処までも臆病で、情けない男なんだ……。
六年前の剣術大会。
シュラルドルフは暴走し、ゼニファーやアデヤに襲いかかった。
正気を取り戻したとき、シュラルドルフとゼニファーの間に溝が生まれた。
ゼニファーはシュラルドルフの弁明を待たずして、その場を去ろうとした。
「シュラルドルフ王子の言葉に耳を傾けてあげて下さい。彼はのんびり屋さんですから、直ぐに言葉は出て来ないかもしれませんけれど」
アナスタシアにそう言われて、ゼニファーはシュラルドルフの弁明を聞いてくれた。
──アナスタシアはあのときから何も変わっていなかったのだ。
彼女はシュラルドルフの言葉をずっと待っていた。
優しい言葉を。
──しかし、俺は……何も言わなかった。何も……。
シュラルドルフは下を向く。
アナスタシオスはニヤリと笑った。
──そう。そうやって、後悔しろ。〝アナスタシア〟は死んだ。もう謝れない。ならば、俺の思ったように動け。
「アナスタシオス」
シュラルドルフは顔を上げる。
「何でしょう、シュラルドルフ王子」
アナスタシオスは表情を戻す。
ニコニコと、無害そうな笑みを顔に貼り付ける。
「すまなかった」
シュラルドルフは頭を下げた。
「ど、どうしたんですか、いきなり。僕、何かしちゃいましたか?」
「何かしたのは俺の方だ──いや、俺は、何もしなかったんだ」
アナスタシオスに謝っても、意味がないのはシュラルドルフもわかっている。
しかし、けじめとして、謝っておきたかった。
──お前の姉には酷いことをした。
「……ええと。よくわからないけど、お話を聞きますよ。僕、待ちますから」
ね、とアナスタシオスは優しく笑いかけた。
「……お前は最近のアナスタシア嬢の状況を何処まで知っている?」
「え? アデヤ様達と楽しく学園に通っていたと聞いていますが……」
どうやら、アナスタシオスは最近のアナスタシアの状況を知らないらしい。
病床に伏せていた彼に心労をかけさせないように、隠していたのだろう。
アナスタシアはそんな女性だ。
──知っていたはずなのにな……。
「『シュラルド』と呼んでくれないか」
「え?」
「アナスタシア嬢も、そう呼んでくれていた。同じように呼んで欲しい、アナスタシオス」
アナスタシオスとアナスタシアを重ねるなんて、馬鹿げている。
それでも、彼を守ることがアナスタシアへの贖罪になるのなら、いくらでも。
「わかりました! では、僕のことも『シオ』と呼んで下さい!」
「『シオ』?」
「アナスタ〝シオ〟スだからです。アナスタシアからもそう呼ばれていて……。あ、アナスタシアのこと、僕は『シア』って呼んでたんです。アナスタ〝シア〟だから。まあ、昔の話なんですけどね……」
アナスタシオスは困ったように笑った。
「わかった。そう呼ばせても貰う。……シオ」
「はい! 何でしょう」
「困ったことがあれば、言ってくれ。俺が力になろう」
アナスタシオスはぱあ、と表情を明るくさせた。
「ありがとう、シュラルド!」
──まずは、一人目。
アナスタシオスはほくそ笑んだ。




