復讐の狼煙
「本当に良いのか?」
クロードはアナスタシオスに何度目かの確認をした。
「だから、良いっつってんだろ。何度も言わせんな」
アナスタシオスはため息混じりに言う。
「折角綺麗なのに……」
クロードは嗚咽を漏らす。
「思いっきり頼むぜ、クロード」
アナスタシオスはそう言って、口角を上げた。
クロードは覚悟を決め、鋏を力一杯握った。
美しい銀糸の髪が宙を舞う──。
□
アナスタシア断罪から数週間後、キュリオ学園にて。
新学年になり、学園内には初々しさが溢れている。
そんな中、三年生になったアデヤは浮かない顔をしていた。
「……アナスタシアは今日も来ないんだろうか」
アデヤは友人のゼニファーにそう言った。
学園のパーティーで断罪されて以来、アナスタシアは学園に来ていない。
弟のクロードも。
アデヤはアナスタシアの罪を公にし、婚約破棄を宣言した張本人だ。
だと言うのに、アナスタシアのことをアデヤは気にしているようだ。
「レンコ嬢への嫌がらせを暴露された手前、学園に来づらいのでしょう」
ゼニファーがアデヤを慰めた。
「アナスタシアはそんなことを気にする人だったか? 悪い噂だって、放置していたくらいだ。罪を暴かれたくらいで、学園に来なくなるものか?」
「アデヤ様が気にすることはありません。貴方は〝正しいこと〟をしたのですから」
「そう……だな」
校門の前に一台の馬車が止まった。
「足元に気をつけて」
「ありがとう、クロード」
馬車から降りてきた人物に、人々は騒つく。
それに気づいたアデヤとゼニファーはその人を見た。
「アナスタシア……?」
サファイアとアメジストの珍しい瞳と、整った目鼻立ちは間違いなく、アナスタシアだった。
しかし、様子がおかしい。
長く美しかった銀色の髪は、肩くらいまでの長さになっている。
そして何故か、男性用の制服を着ているではないか。
アデヤとゼニファーは慌てて駆け寄る。
「どうしたんだ、その格好……。男性用の制服じゃないか」
アデヤが話しかけると、アナスタシアはきょとんとした顔をした。
「ええと……?」
アナスタシアは困ったような顔をして、横にいる弟のクロードに目を向ける。
クロードは兄と打ち合わせした通りに答えた。
「こちらはアデヤ王子です。《《お姉様の婚約者だった》》」
「……え?」
クロードの思ってもない言葉に、アデヤとゼニファーは素っ頓狂な声を上げる。
「ああ!」
アナスタシアは思い出したような声を上げ、アデヤに向かってニッコリと微笑んだ。
「貴方がアデヤ王子ですか! 《《姉》》から聞いています!」
「あ、姉……?」
「あ、そうですよね。自己紹介をしなければ」
アナスタシアはぴんと背筋を伸ばす。
「お初にお目にかかります。僕はアナスタシアの《《双子の弟》》、アナスタシオスと申します!」
アナスタシオスは無邪気に笑って見せた。
お淑やかに笑うアナスタシアとは明らかに別人だ。
「ふ、双子の弟? そんなの聞いてないぞ……。弟は一人だけのはずだろう!」
その言葉を聞いて、アナスタシオスは儚げに笑う。
「僕は生まれつき身体が弱くて……成人まで生きるのが不可能だと言われていたのです。ですから、今まで、『居ないもの』として扱われてきました」
「え……」
「それが、先日急激に体調が良くなりまして、こうして、姉や弟と同じ学園に通えることになりました!」
アナスタシオスは明るく言った。
「そ、そうか」
アデヤはそれは良かった、とうんうん頷く。
「それで、アナスタシアは今どうしているんだ?」
アナスタシアのことを聞かれて、明るく笑っていたアナスタシオスの顔が強張った。
悲しげに目を伏せ、重く口を開く。
「姉は……アナスタシアは、先週亡くなりました」
一瞬、時が止まったかのように静まり返る。
「亡く……なった……?」
「体調を崩して、そのまま……」
「き、聞いてないぞ!? 葬儀にだって呼ばれてない!」
「葬儀は《《家族だけ》》でひっそりと行いました。アナスタシアたっての希望で……」
アデヤはショックを受けているようだった。
家族でひっそりと。
その家族の中にアデヤは入っていない。
だって、婚約破棄をしたのだから。
「僕の体調は急激に良くなったのは、アナスタシアが亡くなってからなんです。きっとアナスタシアが悪いものを全て引き受けてくれたのでしょう……」
「そ、そんな馬鹿な! だって、アナスタシアはこの間まであんなに……!」
「殿下はご存じなかったのですか? アナスタシアも病気がちだったんです。僕ほど酷くはなかったのですが……。度々、体調を悪くして、休憩していたはずです」
「休憩だなんてそんなこと、一度だって──!」
アデヤはハッとした。
「ま、まさか……! 弟と度々教室を抜け出してたのは……!」
──レンコへの嫌がらせをしていたのではなくて、体調を悪くして、休んでいた?
アデヤは弟のクロードを見る。
「何故、私に言わなかったんだ!?」
クロードは眉に皺を寄せて言った。
「……お姉様が殿下には黙ってるようにと」
「だが……!」
「言ったら、お姉様を信じてくれましたか?」
アデヤとゼニファーは罰の悪そうな顔をする。
「それは……」
「アリバイがないのは事実です。お姉様は誰にも見られないようにしていましたから」
『どうせ、信じて貰えないのなら、余計な心配はかけさせないようにしましょう』
「お姉様はそう言っていました」
「わ、私達のために……?」
アデヤは顔を青くさせて項垂れる。
「も、申し訳ありません。僕、余計なことを言ってしまいました……?」
アナスタシオスは慌てて言う。
──『しめしめ、罪悪感に駆られてらあ……』と心の中では笑ってるんだろうなあ……。本当、とんでもない人だ。
「……いや、君が謝ることではない。謝るべきなのは──」
「アナスタシオス様!」
一際大きな声で名前を呼ばれて、アナスタシオスは驚く。
目を向ければ、〝アナスタシア〟を陥れた【博愛の聖女】レンコが、笑顔で駆け寄って来ていた。
アナスタシオスはげっ、と思いながらも、顔には出さない。
〝アナスタシアの双子の弟アナスタシオス〟はレンコとも初対面だ。
「ええと、貴女は……?」
アナスタシオスが尋ねる。
「【博愛の聖女】レンコでーす! やーっと会えましたねっ!」
「『やっと会えた』……?」
クロードは首を傾げた。
──レンコは兄さんのことを知っている……?
「私ね、ずーっと待ってたんですっ。アナスタシオス様にお会いするのっ!」
レンコはアナスタシオスの腕に絡みついた。
「れ、レンコ嬢、何をしてるんです!?」
クロードは咄嗟に声を上げる。
「何って?」
「レンコ嬢はアデヤ殿下の婚約者でしょう!? 婚約者の前で別の男になんて……!」
「私とアデヤ王子は婚約なんてしてないけど?」
「え……」
「えっ?」
レンコの言葉に、アデヤも驚いている。
それもそうだ。
〝アナスタシア〟とアデヤを婚約破棄させたのは、レンコがアデヤと婚約したいからだと思っていたのだから。
「アナスタシオス様? このご姉弟に何を言われても信じないで下さいね? あの人、私に嫉妬してただけだから!」
「……え、えーと。レンコ嬢?」
「なぁに? アナスタシオス様?」
「とりあえず、離れてくれませんか? ちょっと、その……困ります」
「照れちゃってるんですかぁ? そういうところも可愛いんだから!」
レンコの変わりように、その場にいた全員が驚きを隠せなかった。




